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第三十八話わがまま王子の奮闘記⑬『友達以上恋人未満』
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ミシェルは控室のパイプ椅子に腰かけて、ショートした思考回路をなんとか立て直す。
(この唇に、ゼノアの唇が……触れた)
たったそれだけのことなのに、身体が震えている。
「ミシェル様、指、消毒しますね」
自分がこれだけ動揺しているというのに、ゼノアは全く気にした様子がないままに
テキパキとミシェルの怪我の手当ての準備をしている。
薬箱からマキュロンを取り出すと、脱脂綿を当てて傷口に注いだ。
「沁みますか?」
そう言ってゼノアがミシェルの指先に軟膏を塗って、絆創膏を貼った。
「これで良し……と」
「良しじゃねぇ」
薬箱を持って立ち上がろうとしたゼノアの手を、ミシェルが掴んだ。
「何?」
ゼノアが驚いたように、ミシェルを見た。
「なんでキスした?」
ミシェルの問いに、ゼノアがばつの悪そうな顔をした。
「なんでと言われましても……」
ゼノアが口ごもった。
「じゃあ、なんでミシェル様はあの場で私を煽ったんですか?」
ゼノアが冷静にミシェルを見返した。
咎めるような響きがそこにある。
きっかけを作ったのは確かに自分だ。
ミシェルは自身に問う。
なぜ自分はゼノアを煽ったのか。
「お……お前が困ってオロオロすると思ったからだ」
ミシェルが赤面し、そっぽを向いた。
(ゼノアが真っ赤になって、オロオロとしたところで、助け船を出そうとしたんだ)
煽ったところでコイツがキスをすることは、完全に想定外だった。
これではまるで……。
いや、待て、それは妄想だ。
ミシェルは自身の心に浮かんだその答えを封印した。
「ふ~ん」
ゼノアは薬箱を片付けるために立ち上がった。
「座興ですよ、座興……。
やだなあ、ミシェル様ったら。
男にキスされて気持ち悪かったんですか?
だったら謝ります。
そこにうがい薬がありますから、
なんなら消毒しときます?」
そういってゼノアは、洗面台にあったうがい薬をミシェルのもとに持ってきた。
「そういうことを言っているんじゃない。
これは私のファーストキスだったんだぞ!」
ミシェルが少しきつい眼差しを、ゼノアに向けた。
「やだな~、ミシェル様ったら……。
男同士で、しかも座興の席の単なるおフザケなんですから、
こんなのカウントしなければいいじゃないですか。
犬にでも噛まれたと思って、きれいさっぱり忘れちゃってくださいよ」
そういってゼノアは何でもないことのように笑う。
いくらその手のことに疎い私でもわかる。
こいつの声が少し震えていることくらい。
自分はてっきり片思いなのだとばかり思っていた。
だけどそれは違う。
いくら妄想癖のある私とはいえ、妄想を差し引いても
これは違う。
こいつは好きでもない奴に、座興でキスできるような奴ではない。
本音はいつも決まって道化の中に隠していやがる。
微かに震えているコイツが真実なんだ。
ミシェルはゼノアを真っすぐに見据えた。
「言っておくがな、私は忘れない。絶対に忘れてなんかやらない。
これはれっきとした私のファーストキスだ。
そして私のファーストキスを奪ったのは、他の誰でもないお前だ。
だからお前も忘れるな。
その意味合いの深さをちゃんと理解しろ。
私はお前のように座興だなんだと心をごまかしはしない。
お前のことを犬だとも思っていない。
お前に伝えたいことが、私にもある。
だが、それは今じゃない。
私にも男としての矜持というものがある。
だから私がお前に剣術で勝つことができたなら、
そのとき私はきちんとけじめをつけて
お前にそのことを堂々と伝えようと思っている。
だからお前も覚悟を決めろ! ゼノア。
それとその時まではセカンドキスはお預けだ。
私に対してもだが、(ほっぺは許す。私の場合のみな!)
特に他の誰か対しては絶対にしてはいけません!」
ミシェルは、ゼノアの目の前に人差し指を突き付けた。
ゼノアが気に入らなさげに、鼻の頭に皺を寄せた。
「言ってることの意味が分かりません。
これは座興で、おふざけだと……!」
刹那、ミシェルはゼノアを抱きすくめた。
「お前は私のものだ。
準備が整うまで待ってってこと……」
ゼノアの手が宙を掻く。
「お前の気持ちは良くわかった。
私もそこまで鈍くはない。侮るな。
お前にそこまで思いつめさせてしまったのは、私も悪い。
責任はすべてこの私が取る。
だから何も心配するな。
二人の将来のためには法律改正も辞さない覚悟だ」
ミシェルの言葉に、ゼノアが目を瞬かせる。
そしてミシェルの腕から逃れて、ポカンとした表情でミシェルを覗き込んだ。
「はい? ほうりつかいせい? なんのことです?」
「何を言っている? お前は剣術バカなのか?
最近の先進諸国では、同性婚が認められていると、
この間家庭教師に習っただろう。
だから我が国でも同性婚を認めれば、
私とお前の結婚になんの障りがある?」
ミシェルがごく当たり前のごとくに言う。
「いや……だから結婚って……何の話ですか?
何がどうなったらそういう話になるのかがわかりません」
ゼノアがまるで宇宙人と遭遇したかのような反応を見せる。
そんなゼノアにミシェルがニヤリと勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「お前、私のことが好きなんだろう?」
その言葉にゼノアが、赤面し、過剰に反応する。
「は……はあ? 何言ってんですか? そそそそそんなわけないじゃないですか。
うぬ、自惚れるなって、話ですよ」
ゼノアはそういって、すごい勢いで後ずさり、ロッカーで後頭をぶつけた。
「痛ったーい」
「何をやっているんだ、お前は」
小さくため息をつき、
ミシェルは痛みに涙目になるゼノアの手を取って、立たせてやる。
「このままお前を抱きしめて、
今すぐにでも私のものとしてしまいたい気持ちはある。
だが私にも男としてのけじめがある。
だからそのときまでは、この想いは封印することにする。
そういうわけで、それまでは一応友達というスタンスで……あっ、いや……」
ミシェルは言葉を切って、ゼノアの耳元で甘く囁いた。
「友達以上恋人未満ということでお願いします」
(この唇に、ゼノアの唇が……触れた)
たったそれだけのことなのに、身体が震えている。
「ミシェル様、指、消毒しますね」
自分がこれだけ動揺しているというのに、ゼノアは全く気にした様子がないままに
テキパキとミシェルの怪我の手当ての準備をしている。
薬箱からマキュロンを取り出すと、脱脂綿を当てて傷口に注いだ。
「沁みますか?」
そう言ってゼノアがミシェルの指先に軟膏を塗って、絆創膏を貼った。
「これで良し……と」
「良しじゃねぇ」
薬箱を持って立ち上がろうとしたゼノアの手を、ミシェルが掴んだ。
「何?」
ゼノアが驚いたように、ミシェルを見た。
「なんでキスした?」
ミシェルの問いに、ゼノアがばつの悪そうな顔をした。
「なんでと言われましても……」
ゼノアが口ごもった。
「じゃあ、なんでミシェル様はあの場で私を煽ったんですか?」
ゼノアが冷静にミシェルを見返した。
咎めるような響きがそこにある。
きっかけを作ったのは確かに自分だ。
ミシェルは自身に問う。
なぜ自分はゼノアを煽ったのか。
「お……お前が困ってオロオロすると思ったからだ」
ミシェルが赤面し、そっぽを向いた。
(ゼノアが真っ赤になって、オロオロとしたところで、助け船を出そうとしたんだ)
煽ったところでコイツがキスをすることは、完全に想定外だった。
これではまるで……。
いや、待て、それは妄想だ。
ミシェルは自身の心に浮かんだその答えを封印した。
「ふ~ん」
ゼノアは薬箱を片付けるために立ち上がった。
「座興ですよ、座興……。
やだなあ、ミシェル様ったら。
男にキスされて気持ち悪かったんですか?
だったら謝ります。
そこにうがい薬がありますから、
なんなら消毒しときます?」
そういってゼノアは、洗面台にあったうがい薬をミシェルのもとに持ってきた。
「そういうことを言っているんじゃない。
これは私のファーストキスだったんだぞ!」
ミシェルが少しきつい眼差しを、ゼノアに向けた。
「やだな~、ミシェル様ったら……。
男同士で、しかも座興の席の単なるおフザケなんですから、
こんなのカウントしなければいいじゃないですか。
犬にでも噛まれたと思って、きれいさっぱり忘れちゃってくださいよ」
そういってゼノアは何でもないことのように笑う。
いくらその手のことに疎い私でもわかる。
こいつの声が少し震えていることくらい。
自分はてっきり片思いなのだとばかり思っていた。
だけどそれは違う。
いくら妄想癖のある私とはいえ、妄想を差し引いても
これは違う。
こいつは好きでもない奴に、座興でキスできるような奴ではない。
本音はいつも決まって道化の中に隠していやがる。
微かに震えているコイツが真実なんだ。
ミシェルはゼノアを真っすぐに見据えた。
「言っておくがな、私は忘れない。絶対に忘れてなんかやらない。
これはれっきとした私のファーストキスだ。
そして私のファーストキスを奪ったのは、他の誰でもないお前だ。
だからお前も忘れるな。
その意味合いの深さをちゃんと理解しろ。
私はお前のように座興だなんだと心をごまかしはしない。
お前のことを犬だとも思っていない。
お前に伝えたいことが、私にもある。
だが、それは今じゃない。
私にも男としての矜持というものがある。
だから私がお前に剣術で勝つことができたなら、
そのとき私はきちんとけじめをつけて
お前にそのことを堂々と伝えようと思っている。
だからお前も覚悟を決めろ! ゼノア。
それとその時まではセカンドキスはお預けだ。
私に対してもだが、(ほっぺは許す。私の場合のみな!)
特に他の誰か対しては絶対にしてはいけません!」
ミシェルは、ゼノアの目の前に人差し指を突き付けた。
ゼノアが気に入らなさげに、鼻の頭に皺を寄せた。
「言ってることの意味が分かりません。
これは座興で、おふざけだと……!」
刹那、ミシェルはゼノアを抱きすくめた。
「お前は私のものだ。
準備が整うまで待ってってこと……」
ゼノアの手が宙を掻く。
「お前の気持ちは良くわかった。
私もそこまで鈍くはない。侮るな。
お前にそこまで思いつめさせてしまったのは、私も悪い。
責任はすべてこの私が取る。
だから何も心配するな。
二人の将来のためには法律改正も辞さない覚悟だ」
ミシェルの言葉に、ゼノアが目を瞬かせる。
そしてミシェルの腕から逃れて、ポカンとした表情でミシェルを覗き込んだ。
「はい? ほうりつかいせい? なんのことです?」
「何を言っている? お前は剣術バカなのか?
最近の先進諸国では、同性婚が認められていると、
この間家庭教師に習っただろう。
だから我が国でも同性婚を認めれば、
私とお前の結婚になんの障りがある?」
ミシェルがごく当たり前のごとくに言う。
「いや……だから結婚って……何の話ですか?
何がどうなったらそういう話になるのかがわかりません」
ゼノアがまるで宇宙人と遭遇したかのような反応を見せる。
そんなゼノアにミシェルがニヤリと勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「お前、私のことが好きなんだろう?」
その言葉にゼノアが、赤面し、過剰に反応する。
「は……はあ? 何言ってんですか? そそそそそんなわけないじゃないですか。
うぬ、自惚れるなって、話ですよ」
ゼノアはそういって、すごい勢いで後ずさり、ロッカーで後頭をぶつけた。
「痛ったーい」
「何をやっているんだ、お前は」
小さくため息をつき、
ミシェルは痛みに涙目になるゼノアの手を取って、立たせてやる。
「このままお前を抱きしめて、
今すぐにでも私のものとしてしまいたい気持ちはある。
だが私にも男としてのけじめがある。
だからそのときまでは、この想いは封印することにする。
そういうわけで、それまでは一応友達というスタンスで……あっ、いや……」
ミシェルは言葉を切って、ゼノアの耳元で甘く囁いた。
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