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第三十二話イリオス①『純潔の白き薔薇』
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「イリオス、お帰り。よく戻ったね」
遠征を終えて屋敷に戻ったイリオスを、ハリスがギュッと抱きしめた。
「は……恥ずかしいです。義父上
やめてください」
イリオスは赤面する。
血縁上、イリオスはハリスの息子ではない。
イリオスは、ハリスの年の離れた異母弟に当たる。
今から12年前、生まれたばかりのイリオスは、
男子に恵まれなかったハリスの養子となった。
血縁上の父はエルダートン、そして母親は知れない。
幼い頃からハリスは、イリオスを可愛がった。
しかしあるとき、イリオスはハリスのアクアブルーの瞳が、
決して自分を映しているのではないことに気が付いてしまった。
(ハリスは自分の中にある、誰かの面影を、愛して……いるのか?)
イリオスはふとした瞬間に、敏感にハリスの心の機微を感じ取ってしまった。
そしてそこに思いを馳せる。
(いや、それはもっと愛に似て異なるもののように感じる)
もともと愛というものとは、縁遠いところで育ったイリオスだ。
ある種そういうものが麻痺している部分と、
餓えた分だけ、心の機微を敏感に感じ取ってしまう部分がある。
ハリスがイリオスに注ぐ感情の根底にあるもの。
それは哀れみ、悲しみ、後悔、懺悔……。
そういった、誰かを亡くしてしまったことに対して生じる感情のような気がした。
ハリスはかつて誰かに届けることのできなかった温もりを、
その人の代わりに自分の中に注いでくれているのではないのかと
イリオスは思うときがある。
その眼差しはおそらく、見も知らぬ
自分の母という存在へと続くのではあるまいか……。
イリオスはハリスの腕の中で目を閉じた。
愛に似て、異なるもの。
触れるほどに近くに居ながら、
薄紙一枚の隔たりが確かに自分たちを別つ。
そんな自分たちの関係をもどかしいと思ったことも過去にはあった。
しかしそれは結局のところ宿命というものなのだと、イリオスは思う。
それはエルダートンの血を引く我らの宿命、そして業か……。
「ごめん、ごめん! 恥ずかしかった?
イリオスもいつの間にかそんな年頃になっちゃったんだなぁ」
イリオスを腕に抱くハリスが、
感慨深げにそういって少し寂しそうな顔をした。
イリオスは返答に困る。
ハリスが嫌いなわけではない。
ハリスは高潔な人物であり、信頼に足りる。
しかしその眼差しは自分ではなく、エリオットでもなく、
ただ一人の人物に注がれている。
「何はともあれお疲れ様。今夜はゆっくり休みなさい」
ハリスはそう言って腕をほどき、ひらひらと手を振った。
イリオスはその背中を見つめる。
「もう日も暮れましたのに、どちらにお出かけになられるのですか? 義父上」
外套を羽織り、玄関の前に立つハリスに、イリオスが問うた。
「ああ、これからロザリアの帰還パーティーがあるんだ。
非公式なものだけど、仲間内で集まって
ワイワイやろうかという話になっている」
ハリスの機嫌はすこぶる良い。
そんなハリスを、イリオスは少し寂し気に見つめた。
『ライネル公国の白き薔薇』ハリスにはそんな通り名がある。
そしてその純潔は聖母マリアではなく、女王ロザリアに捧げられたものである。
「あらお父様、お待ちになって」
エリオットが花束を抱えて、二階から降りてきた。
「これは見事だ」
ハリスが花束を覗き込み、感嘆の声を上げる。
「純潔の白き薔薇、アイスバーグはお父様の花よ」
そういってエリオットはハリスに微笑む。
「女王陛下にお捧げになって」
ハリスは少し複雑な表情を浮かべ、花束を受け取った。
「ありがとう、エリオット」
そう言ってハリスは、屋敷を後にした。
ハリスの背中を見送ったエリオットが、しばしその場に立ち尽くす。
イリオスはそんなエリオットを背後から抱きしめ、その顔を片手で覆ってやる。
「泣くな、エリオット……」
無言のままに、エリオットは立ち尽くす。
◇◇◇
国王の住まう紫宸殿の一角に、コートロッジと呼ばれる洋館がある。
国王のごく私的な建物で、ロザリアはよくそこに気の置けない友人たちを招く。
車止めにはロザリア自らが立ち、ホスト役を務めている。
アイスブルーのオフショルダードレスにコートを羽織るロザリアは、
遠目にも雪の精かと見紛うほどに美しい。
ハリスは車の後部座席から、そんなロザリアに視線を向ける。
この国の女王であり、自身の上司でもあり、共に育った幼馴染でもある従妹。
そんな彼女に、ハリスは口にすることさえ決して許されはしない、黙し続けた想いがある。
そんなロザリアの横には、タキシードを着たミシェルと、ゼノアが立つ。
夜会用に髪型も整えられた二人の少年は、普段より少し大人びて見える。
ロザリアの横につき、ホスト役をしっかりとサポートしている。
二人がそれぞれにゲストを案内して建物の中に入っていったのを目で追いながら、
ハリスはロザリアの前に立った。
「女王陛下のご帰還のお祝いに、これを」
そう言ってハリスはロザリアの細い腰を抱き、その頬に口付けた。
「まあ、素敵な白薔薇。ありがとう、ハリス」
花束を受け取り、幸せそうに笑うロザリアを、少し遠目からアレックが一瞥した。
遠征を終えて屋敷に戻ったイリオスを、ハリスがギュッと抱きしめた。
「は……恥ずかしいです。義父上
やめてください」
イリオスは赤面する。
血縁上、イリオスはハリスの息子ではない。
イリオスは、ハリスの年の離れた異母弟に当たる。
今から12年前、生まれたばかりのイリオスは、
男子に恵まれなかったハリスの養子となった。
血縁上の父はエルダートン、そして母親は知れない。
幼い頃からハリスは、イリオスを可愛がった。
しかしあるとき、イリオスはハリスのアクアブルーの瞳が、
決して自分を映しているのではないことに気が付いてしまった。
(ハリスは自分の中にある、誰かの面影を、愛して……いるのか?)
イリオスはふとした瞬間に、敏感にハリスの心の機微を感じ取ってしまった。
そしてそこに思いを馳せる。
(いや、それはもっと愛に似て異なるもののように感じる)
もともと愛というものとは、縁遠いところで育ったイリオスだ。
ある種そういうものが麻痺している部分と、
餓えた分だけ、心の機微を敏感に感じ取ってしまう部分がある。
ハリスがイリオスに注ぐ感情の根底にあるもの。
それは哀れみ、悲しみ、後悔、懺悔……。
そういった、誰かを亡くしてしまったことに対して生じる感情のような気がした。
ハリスはかつて誰かに届けることのできなかった温もりを、
その人の代わりに自分の中に注いでくれているのではないのかと
イリオスは思うときがある。
その眼差しはおそらく、見も知らぬ
自分の母という存在へと続くのではあるまいか……。
イリオスはハリスの腕の中で目を閉じた。
愛に似て、異なるもの。
触れるほどに近くに居ながら、
薄紙一枚の隔たりが確かに自分たちを別つ。
そんな自分たちの関係をもどかしいと思ったことも過去にはあった。
しかしそれは結局のところ宿命というものなのだと、イリオスは思う。
それはエルダートンの血を引く我らの宿命、そして業か……。
「ごめん、ごめん! 恥ずかしかった?
イリオスもいつの間にかそんな年頃になっちゃったんだなぁ」
イリオスを腕に抱くハリスが、
感慨深げにそういって少し寂しそうな顔をした。
イリオスは返答に困る。
ハリスが嫌いなわけではない。
ハリスは高潔な人物であり、信頼に足りる。
しかしその眼差しは自分ではなく、エリオットでもなく、
ただ一人の人物に注がれている。
「何はともあれお疲れ様。今夜はゆっくり休みなさい」
ハリスはそう言って腕をほどき、ひらひらと手を振った。
イリオスはその背中を見つめる。
「もう日も暮れましたのに、どちらにお出かけになられるのですか? 義父上」
外套を羽織り、玄関の前に立つハリスに、イリオスが問うた。
「ああ、これからロザリアの帰還パーティーがあるんだ。
非公式なものだけど、仲間内で集まって
ワイワイやろうかという話になっている」
ハリスの機嫌はすこぶる良い。
そんなハリスを、イリオスは少し寂し気に見つめた。
『ライネル公国の白き薔薇』ハリスにはそんな通り名がある。
そしてその純潔は聖母マリアではなく、女王ロザリアに捧げられたものである。
「あらお父様、お待ちになって」
エリオットが花束を抱えて、二階から降りてきた。
「これは見事だ」
ハリスが花束を覗き込み、感嘆の声を上げる。
「純潔の白き薔薇、アイスバーグはお父様の花よ」
そういってエリオットはハリスに微笑む。
「女王陛下にお捧げになって」
ハリスは少し複雑な表情を浮かべ、花束を受け取った。
「ありがとう、エリオット」
そう言ってハリスは、屋敷を後にした。
ハリスの背中を見送ったエリオットが、しばしその場に立ち尽くす。
イリオスはそんなエリオットを背後から抱きしめ、その顔を片手で覆ってやる。
「泣くな、エリオット……」
無言のままに、エリオットは立ち尽くす。
◇◇◇
国王の住まう紫宸殿の一角に、コートロッジと呼ばれる洋館がある。
国王のごく私的な建物で、ロザリアはよくそこに気の置けない友人たちを招く。
車止めにはロザリア自らが立ち、ホスト役を務めている。
アイスブルーのオフショルダードレスにコートを羽織るロザリアは、
遠目にも雪の精かと見紛うほどに美しい。
ハリスは車の後部座席から、そんなロザリアに視線を向ける。
この国の女王であり、自身の上司でもあり、共に育った幼馴染でもある従妹。
そんな彼女に、ハリスは口にすることさえ決して許されはしない、黙し続けた想いがある。
そんなロザリアの横には、タキシードを着たミシェルと、ゼノアが立つ。
夜会用に髪型も整えられた二人の少年は、普段より少し大人びて見える。
ロザリアの横につき、ホスト役をしっかりとサポートしている。
二人がそれぞれにゲストを案内して建物の中に入っていったのを目で追いながら、
ハリスはロザリアの前に立った。
「女王陛下のご帰還のお祝いに、これを」
そう言ってハリスはロザリアの細い腰を抱き、その頬に口付けた。
「まあ、素敵な白薔薇。ありがとう、ハリス」
花束を受け取り、幸せそうに笑うロザリアを、少し遠目からアレックが一瞥した。
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