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第二十八話女王ロザリアの帰還③

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トントントントントン……。

夢の中でロザリアは、その子気味良い音を聞いた。

(なんだろう、この音)

意識はまだはっきりとは覚醒していない。
だが音ともに、いい匂いがしてくると
食欲中枢がやたらと刺激される。

(お腹空いたぁ)

そして思い出す。
そういえば、昨日の夜はハードだったなと。

(コンチクショー 体中のあちこちが痛い)

ロザリアは少し涙目になる。

ラスボスと化したアレックを鎮めるのに
全てのHPを使い切ってしまったロザリアは、
暫し眠気と空腹の狭間で葛藤する。

そして気付く。
人間は空腹だと目が覚めるということに。

匂いに導かれ、キッチンにたどり着いたロザリアは、
その光景を目にした。
そして目を擦る。

(あれ? 湯気の向こうに昭和のお母さんが見えるんだけど、
 気のせいかしら……?)

確かにいる。
割烹着に三角巾をつけたお母さんが。
そして優しい味噌汁の匂いがする。

「おや? 目が覚めたようですね、ロザリア」
「ひっ……」

ロザリアがその姿を見て固まった。

お玉をもって振り返えったのは、
お母さんではなく魔王……。

いや、閃光の騎士、無敵の剣豪アレック・ブライアンだった。

(寝起きにキっツイわ。このビジュアル……)

ロザリアが目を瞬かせた。

「ほうら、たんとお食べ」

昭和の母と化した魔王……アレックが、
おかん口調で勧めてくれた。

テーブルに並べられたのは、鮭定食だ。
味噌汁、ごはんに卵焼きと、ひじきの煮物、漬物が並ぶ。

「いただきます」

ロザリアは味噌汁を啜った。

「信じられないくらいに優しい味がする」

ロザリアはご飯を頬張りながら感涙した。

「ぐすっ……えっぐ……ぐすん」

臓腑に優しさが染み渡る。

「うまいか?」

満足気にアレックがその様子を眺めている。

昨夜はドSモードで苛め抜かれ、
今朝はおかんモードでこの優しさ。

ロザリアは改めてこの男を鬼畜だと実感した。

ギャップが凄すぎる.

この優しさがあるから、離れられないのだ。
しかも徹底的に相手を弱らせておいてからの、飴だ。
相手の向こう側に、うっかり幻を見てしまっても不思議はない。

アレックは涙ぐむロザリアの隣に座り

「だいぶ疲れているようだな」

そういってロザリアの頭をポンポンする。

(どこで仕入れた? そんな必殺技)

そんな突っ込みを心のなかで入れつつ、
ロザリアは盛大に幻の鼻血を吹く。

昨日とはまた違った方向で、完全にノックアウトだ。

そのとき東宮殿からの電話が鳴った。
モニターにミシェルが映し出されると、ロザリアの心臓が跳ねた。

「どうした? ミシェル」

アレックが対応する。

それは父としての顔だ。

ロザリアが知っている戦士として、
男としてのアレックではなく、
一人の父親として慈愛に満ちたその眼差しを、
ロザリアは眩しいと思った。

「父さんこそ、どうしたの? 早くこっちに来てよ。
見せたいものがあるんだ。コイツがさあ……」

そう言ってミシェルが悪戯っぽい眼差しを、隣のゼノアに向けた。

「あっああああーーーーー言わないでくださいっ! 
 ミシェル様の意地悪っ!」

それは仲の良い友人同士の他愛ない慣れ合いの光景だった。
そして不自然にぶちっと通信が切れた。

さては何事かに照れたゼノアが、通信を切ったに違いない。

ロザリアは泣きながら鮭を頬張った。
そして噛みしめる。

「あの子、あなたが父親だと知ったのね」

死んだ目をしていたミシェルが、笑った。
年相応の少年の様に、希望に溢れ、生命に溢れ、笑っていたのだ。

ロザリアは泣きながら、それでも箸を休めない。

「ミシェルを変えたのは、隣にいたあの子ね。
ゼノア君だっけ?」

ロザリアは涙を拭い、姿勢を正してアレックに向き直った。

そのことについてロザリアはアレックから報告は受けていたが、
公務に追われていて状況把握が曖昧なところがあるのと、
アレックの意向を聞いておきたかったのだ。

「ああ、そうだ」

アレックが頷いた。

「入国の初日に挨拶に来てくれたけど、
 ほんと可愛い子よね」

ロザリアは女王であると同時に、
現役のモデル兼ファッションデザイナーでもある。
素材を見抜く目は確かだ。

「ミシェルが首ったけだ」

そう言ってアレックが微笑むと、
ロザリアがぷっと噴出した。

「あの子ってばゼノア君が男だと思っているくせに、
 好きなんだよね」

ロザリアが感慨深げに言った。
ミシェルの成長が嬉しくもあり、また少し寂しくもある。

「あの子の本当の名前は、セシリアというんだ」

アレックの眼差しに親友への懐かしさが滲む。

「美しい名前ね」

ロザリアは微笑んだ。
セシリアとは薄紅の薔薇の名だ。
色づき始めた初々しさが、その姿と重なる。

「セシリア・サイファリアは
 王太子の双子の妹で、
 彼女を預かるときにエリックから親書を貰った」

この地方では友好の条件に人質を差し出すことを『証』と呼ぶ。
『証』は通常王族であれば男女を問わない。

サイファリアからの『証』に女性が立てられた前例もある。
なのになぜサイファリアは、わざわざセシリアを王太子に仕立て、
男装までさせて、こちらに送り込んだのか。

真実としては、ライネル公国が自発的に王太子を求めたわけではない。
サイファリアの働きかけによって、そういう体をとったのだ。

セシリアの美しさを隠し、男装させる。
ロザリアにはそれは酷く残酷なことのように思えた。

「どうしてエリック王は自分の娘に男装なんかさせたの? 
王太子でなくても王族ならば人質として足りるわ。前例もあるでしょうに」

アレックに疑問をぶつけてみた。

「彼の妹のことがある。サナ姫を知っているか?」

もちろん知っている。
エリック王の妹、サナ姫はそれは評判の美姫だった。
漆黒の髪の女神と言われ、社交界の華だった。
誰もが彼女に憧れ、熱心に求婚したものだ。

「ええ、父の御代のときに証を務めた人よね。
とても綺麗な人だったと記憶しているけど」

証の期間を終えた後、彼女がどうなったのかについては記憶が曖昧だ。

「エルダートンが彼女を見初め、辱めた」

アレック言葉にロザリアの目が見開かれる。

「なんですって?」

初めて聞いた。
なぜそのことが自分の耳に入っていない?
ロザリアは自身の情報網を疑った。

「サナ姫はエルダートンに犯され、子を孕み、その子が生まれた後に身を投げた。
この件はエルダートンの圧力によって秘密裏に葬られたが、
まあ、よくある話だ。
弱小国家の王族の姫など、政略結婚の道具にされるか、
人質にされて有力貴族の手付けとなるかのどちらかだ。
セシリアもあの美貌だ。
貞操を護らせるためにエリックはそういう決断をしたのだろう。
親書にはセシリアの『証』の期間が終わる16歳には、彼女を女に戻して、
決してサイファリアには返さずに、私がその後見となって
然るべきところに嫁がせてくれと書いてある」

ロザリアは自身の至らなさを責めた。

(何をやっているのだ、私は)

そんな卑劣極まりない行為が、自分の国内で起きているにも関わらず、
その情報すらもつかんでいないなんて。

「それであなたはセシリアを
 ミシェルの妃にするつもりなの?」

これがロザリアが、アレックに問いたかったことだ。

「今はまだわからない。
 ミシェルはセシリアを好きなのはわかるが、
 セシリアの気持ちはまだわからないからな」

アレックは言葉を濁すけれど、
アレックの中ではそれは決定事項なのだろうな
とロザリアは思った。

「嘘よ、わざわざ東宮殿の東宮妃の部屋に住まわせるということは、
 あなたもそのつもりなんでしょう?
 それでセシリアはあなたの目に叶ったの?」

セシリアがミシェルを変えた。

それは紛れもない事実だ。

闇の中でうずくまるミシェルを
セシリアが光の中に連れ出したのだ。

「確かにあの子はいい子だ、
 セシリアが望むなら是非ミシェルの妃に迎えたい」

はっきりとそう言い切ったアレックに、ロザリアが頷いた。

「わかりました。だったらその手筈を整えるわね」

アレックがそう決断したのなら、それは間違いじゃない。
その決断に任せようとロザリアは思った。

「ただ、サイファリアは情勢が不安定で、
 いつ政変が起こってもおかしくないそうだ。
 セシリアを妃に迎える場合、
 戦火の火の粉がライネル公国にも降りかかりかねない。
 だからあくまで然るべきところに内々に嫁がせて欲しいのだと、
 エリックが言っている」

アレックの言葉に、ロザリアは暫し目を閉じた。

「やり方は色々あるわね。今はまだ時ではないけれど」
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