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第十話陰武者の言い分⑥『強くなりたい』

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わたしには、毎夜見る夢があります。
それは決まって、炎の放たれた故郷の城へと駆けていく夢なのです。

累々と築かれた屍を越えて、私はひたすらに走ります。
血塗られた手に剣を構え、私は一体どこへ向かっているのでしょうか。

「泣いているのか?」

夢見心地のなかで、確かにその声を聞いて、
誰かに抱き寄せられた気がしました。
父でも母でも、兄でもない。
だけどそれはとても優しい声で、なぜだかひどく安心するのです。

「大丈夫だ、大丈夫。
私がお前を守るから」

心臓の鼓動が聞こえて
それは温かで、その温もりの中で自分の抱える冷たい闇が、
少しずつ溶けていくのを感じました。

『キスが降りてくる』と思いました。
やわらかな感触。
額に、瞼に、鼻先に、頬に……。

あれ? 変だな。
私は目を閉じているのに、なんでこれがキスだと分かるんだろう?

キスは頭にも降りてきて、
その後で何度も繰り返して頭を撫でてくれる、この優しい手は誰?

私は私を抱く何かに手を伸ばして、その胸に顔を埋めました。

胸? 
え? 胸?

覚醒しきらない意識の中ではありましたが、
そのワードが妙に頭に引っかかります。

目を開けますと、ぼんやりとした視界の中に、
美形王太子のドアップが飛び込んできました。

「おはよ」

美形王子のドアップが、私を見つめています。
私はその胸に抱かれたまま、激しく瞬きを繰り返します。
そして急速に意識が覚醒しました。

「おは……おはよう……ございます。
そういえば昨夜、添い寝してもらったんでしたね」

ぎこちなく微笑んでみました。
さすがに今の私には、無難な外交スマイルのスキルは使えません。

「あの……私……何か変なこと、ありませんでしたか?」

姿勢を正して聞いてみると、

「気になるか?」

ミシェル様は意地悪そうな笑みを浮かべ、


「教えない」

そういってベッドを降りました。

「またな」

振り返りざまにニヤリと笑って、部屋へ戻って行かれました。

◇◇◇

駄目だ、駄目だ、駄目だ、駄目だ、駄目だーーーーーー!

ミシェル様が帰ってしまった寝室で、私は正座しました。

ここは私にとって戦場です。
弱気になっていては、生き残ることはできません。

ミシェル様の優しさはありがたいけど、
ちゃんと自分で自分を律する者にならなければなりませんね。

「よし、強くなろう」

そう決心し、私は剣道着に着替えて、剣を取りました。
早朝の空気は清々しく、朝焼けが眩しいです。
城内の訓練場で素振りを行い、藁の人型を相手に剣技を振るいます。

鈍い音とともに、束が地面に落ちて、藁屑が空を舞います。
剣は嘘をつきません。
切り口が少し乱れてしまいました。

「はぁ~」

ため息がでます。
こんな私を、兄のゼノアが見たらどういうでしょうね。

『未熟者っ!』

とかいって、竹刀が飛んできそうです。
兄のゼノアは双子なのでもちろん同い年なのですが、彼の剣技は別格で、
私なんかよりも遥かに強いです。
齢12歳にして、すでにサイファリアの剣豪十指に名を連ね、
部隊を率いて『請け』を行っています。

『請け』というのはつまり闇のお仕事です。
サイファリアとは、表向きには資源の豊富な弱小国家を謳っていますが、
裏では『請け』という闇の仕事を請け負うことによって、
近隣諸国との微妙な関係を維持し、時には滅ぼして生き残ってきた国です。
生き血をすする蜘蛛、なんて通り名もあるくらいのヤバい国です。

そういうわけで物心ついたときから、まず剣を握らされましたね。
そういう国の王族である限り、いわゆる非常事態はいつでも起こりえるもので、
己を守る術をもたなければ、生き残ることはできないという、
結構シビアな世界を生きなければならなかったので。

美しいドレスを身にまとい、優雅に微笑む外交と、
生き抜くために剣を振るう剣術と、
それは政治においては両輪なのだと諭されて両方身につけました。

おや、ミシェル様もジャージを着用して朝から走っておられますね。

「よ……よう!」

秘密のトレーニングを他人に見られたのが恥ずかしいのでしょうか、
少しぎこちないです。

「ああ、おはようございます。ミシェル様」

ミシェル様のおかげでなんだか色々と吹っ切ることができました。
おかげでとても気分が爽快です。

「昨夜はありがとうございました」

ミシェル様なりの優しさが嬉しかったのです。

「お恥ずかしいところをお見せしてしまいました。
己の弱さを恥じて、心身ともに鍛えなおそうと思っています」

ミシェル様、私、強くなります。
自分のことも、そして家族と国家を守れるくらいに。
そう決心して、ミシェル様に向き合いました。

病弱であったミシェル様が、食事を完食なさるようになり、
ランニングをなさるまでに回復されて本当に良かった。

ミシェル様のわがまま王子の仮面の下は、優しい心と不憫な不器用さで構成されている
とてもわかりにくいけど、良い人でした。

冷たい強さよりも、私はこの人の温かな優しさが好きです。
この人の持つ白銀の焔が、確かに私の中の何かを変えようとしている。

少なくとも、私の剣が乱れるほどに。
そんな予感をひしひしと感じる朝でした。


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