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第九話わがまま王子の奮闘記④『懸念』
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「もういってしまうの? まだ朝にはならないわ。
啼いているのはナイチンゲール ひばりではないわ」
ミシェルは胸の前で手を組んで、乙女のごとく眼差しを潤ませる。
「あれはひばりだ。
朝をもたらす使者、
ほら東の空をごらん、雲が朝日を浴びて輝き始めた」
ミシェルは今度は反対側の位置に立って、
少し低い声色を使ってロミオになりきる。
自室に戻ったミシェルがロミオとジュリエットの後朝の一幕を
一人二役で器用に演じながら夜明けのコーヒーならぬ、ヤクルトを飲んでいる。
パソコンを立ち上げて、
密かにプロテインの注文を確定したことは、アレックには内緒だ。
私は今、満ち足りている。
なぜなら愛しい人と一夜を共にしたのだから。
ミシェルは、ぱあああっ! と後光がさすかのような
輝かしい顔をしている。
どうやらこの一カ月で、死んでいた表情筋も見事な復活を遂げたようだ。
まあ、私ほどの恋愛の達人となれば、
乳母が起こしにくるまで長居をするような無粋な真似はしない。
つうか、一カ月ほど前までは万年恋愛氷河期だったんだがな。
そこまで思って、ミシェルは少し遠い目をした。
「う~ん、朝日が眩しい。実に清々しい朝だ。よし走ろう」
ミシェルはジャージに着替え、首にタオルを巻いてランニングに出た。
ミシェルには密やかな計画がある。
それは自身の病弱設定とは、きれいさっぱりとおさらばし、
ムッキムキのマッチョマンになることだった。
ふんっ、ゼノアよ、今に見ていろ!
この私が密やかな特訓の結果、筋肉ムッキムキのマッチョマンに
見事な変貌を遂げたなら、ひれ伏して言うがいい。
「きゃー、ミシェル様、かっこいい♡」
とな!
そうなったら、もう一層のこと、室伏ミシェルに改名するか?
なんだかすんごい勢いでハンマーを投げられるようになりそうな気がするなぁ。
もう、もやしだの、貧弱などとは絶対に言わせない!
既にジャパネット高田でプロテインも注文してしまったからなっ!
適当に書いているけど、ジャパネットで実際にプロテインが販売されているかは
各自自己責任でよろしく、だ。
ふっふっふ。
ミシェルは上機嫌で妄想に耽る。
今は丁度夜明けの時間帯で、漆黒の闇からコバルトに
徐々に色を映してゆくマジックアワーだ。
その輪郭をおぼろげに映し出して、太陽が昇る。
中庭にはどうやら先着がいたようだ。
ミシェルは目を凝らした。
男というにはあまりにも華奢な体躯、
金の髪に翡翠色の瞳を持つ少年。
ゼノアだ。
ゼノアは藍染の剣道衣を着て、素足で地面に立っている。
そこには犯しがたい、静謐さが漂う。
手に持っているのは、日本刀か?
ゼノアは鞘を封する綾ひもを、口で解き、
静かにその抜き身を構えた。
丁度朝日が昇るタイミングで、鮮やかな緋色をその刃に移す。
それは人の流す血の色のようにも見え、また情熱を宿す炎の色にも見える。
藁の人型を前に真剣を握り、気を練ると、
「はぁっ!」
掛け声とともに地を蹴り上げて、一気に藁で作った人型を切り裂いた。
鈍い音とともに、藁が地面に落ちた。
きれいな切り口だ。
自分の学んだ西洋剣術とはまた違った剣の道ではあるが、
それが達人の域であるということは、ミシェルにも理解できる。
「よ……よう!」
ミシェルは少し気後れがしてしまう。
剣術の技量もそうなのだが、
それよりもむしろ剣道着がエロいとは言えなかった。
華奢な項とか、ちらりと見える二の腕とか……。
『裸足に萌えます』という感性はすでにちょっと
変態の域だという事はミシェルも理解している。
そういう感じでいつもと違うゼノアの姿にドギマギとしてしまうのだ。
「ああ、おはようございます。ミシェル様」
ゼノアがキラキラとした笑顔でかえした。
(眩しっ! むしろ朝日よりも無垢なお前の笑顔が、眩しくって泣けてくる)
ミシェルは心の中で涙ぐんだ。
「昨夜はありがとうございました」
ゼノアは照れもなくサラッと言った。
「お恥ずかしいところをお見せしてしまいました。
己の弱さを恥じて、心身ともに鍛えなおそうと思っています」
いや、むしろもうちょっと弱って、休んでてくれないかな。
とは言えなかった。
そして、こいつの容姿からして大体予想はしていたものの、
恐れていた事がついに現実となってしまったのである。
「キャー! ゼノア様、カッコいい♡」
見習い女官やら、何やらが、ゼノアに黄色い声を上げている。
どさくさに紛れてタオルを渡そうとしている奴がいるなあ。
王太子権限で地方勤務に左遷するぞ?
わかってはいたよ?
わかっては。
しかし胸中は複雑だ。
嫉妬とか不安とか寂しさとか?
だけど全然こいつに追いつけていない私は、
今だスタートラインにすら立ってはいない。
「じゃあな」
そう返してミシェルは黙々とランニングを続けた。
さっきまで感じていた充足感なんて、あっという間に吹き飛んでしまった。
千里の道も一歩からだ。
挫けるな! 自分っ!
ミシェルは己を叱咤する。
しかし事態は思っていたよりも深刻で、もはや一刻の猶予もない。
「うおおおおおおお!」
ミシェルは闇雲に雄たけびを上げる。
「ゼノアに余計な害虫がつかぬよう、私はあらゆる手段を駆使するぞっ!」
こうしてミシェル・ライネルの筋トレ生活は続いていくのであった。
啼いているのはナイチンゲール ひばりではないわ」
ミシェルは胸の前で手を組んで、乙女のごとく眼差しを潤ませる。
「あれはひばりだ。
朝をもたらす使者、
ほら東の空をごらん、雲が朝日を浴びて輝き始めた」
ミシェルは今度は反対側の位置に立って、
少し低い声色を使ってロミオになりきる。
自室に戻ったミシェルがロミオとジュリエットの後朝の一幕を
一人二役で器用に演じながら夜明けのコーヒーならぬ、ヤクルトを飲んでいる。
パソコンを立ち上げて、
密かにプロテインの注文を確定したことは、アレックには内緒だ。
私は今、満ち足りている。
なぜなら愛しい人と一夜を共にしたのだから。
ミシェルは、ぱあああっ! と後光がさすかのような
輝かしい顔をしている。
どうやらこの一カ月で、死んでいた表情筋も見事な復活を遂げたようだ。
まあ、私ほどの恋愛の達人となれば、
乳母が起こしにくるまで長居をするような無粋な真似はしない。
つうか、一カ月ほど前までは万年恋愛氷河期だったんだがな。
そこまで思って、ミシェルは少し遠い目をした。
「う~ん、朝日が眩しい。実に清々しい朝だ。よし走ろう」
ミシェルはジャージに着替え、首にタオルを巻いてランニングに出た。
ミシェルには密やかな計画がある。
それは自身の病弱設定とは、きれいさっぱりとおさらばし、
ムッキムキのマッチョマンになることだった。
ふんっ、ゼノアよ、今に見ていろ!
この私が密やかな特訓の結果、筋肉ムッキムキのマッチョマンに
見事な変貌を遂げたなら、ひれ伏して言うがいい。
「きゃー、ミシェル様、かっこいい♡」
とな!
そうなったら、もう一層のこと、室伏ミシェルに改名するか?
なんだかすんごい勢いでハンマーを投げられるようになりそうな気がするなぁ。
もう、もやしだの、貧弱などとは絶対に言わせない!
既にジャパネット高田でプロテインも注文してしまったからなっ!
適当に書いているけど、ジャパネットで実際にプロテインが販売されているかは
各自自己責任でよろしく、だ。
ふっふっふ。
ミシェルは上機嫌で妄想に耽る。
今は丁度夜明けの時間帯で、漆黒の闇からコバルトに
徐々に色を映してゆくマジックアワーだ。
その輪郭をおぼろげに映し出して、太陽が昇る。
中庭にはどうやら先着がいたようだ。
ミシェルは目を凝らした。
男というにはあまりにも華奢な体躯、
金の髪に翡翠色の瞳を持つ少年。
ゼノアだ。
ゼノアは藍染の剣道衣を着て、素足で地面に立っている。
そこには犯しがたい、静謐さが漂う。
手に持っているのは、日本刀か?
ゼノアは鞘を封する綾ひもを、口で解き、
静かにその抜き身を構えた。
丁度朝日が昇るタイミングで、鮮やかな緋色をその刃に移す。
それは人の流す血の色のようにも見え、また情熱を宿す炎の色にも見える。
藁の人型を前に真剣を握り、気を練ると、
「はぁっ!」
掛け声とともに地を蹴り上げて、一気に藁で作った人型を切り裂いた。
鈍い音とともに、藁が地面に落ちた。
きれいな切り口だ。
自分の学んだ西洋剣術とはまた違った剣の道ではあるが、
それが達人の域であるということは、ミシェルにも理解できる。
「よ……よう!」
ミシェルは少し気後れがしてしまう。
剣術の技量もそうなのだが、
それよりもむしろ剣道着がエロいとは言えなかった。
華奢な項とか、ちらりと見える二の腕とか……。
『裸足に萌えます』という感性はすでにちょっと
変態の域だという事はミシェルも理解している。
そういう感じでいつもと違うゼノアの姿にドギマギとしてしまうのだ。
「ああ、おはようございます。ミシェル様」
ゼノアがキラキラとした笑顔でかえした。
(眩しっ! むしろ朝日よりも無垢なお前の笑顔が、眩しくって泣けてくる)
ミシェルは心の中で涙ぐんだ。
「昨夜はありがとうございました」
ゼノアは照れもなくサラッと言った。
「お恥ずかしいところをお見せしてしまいました。
己の弱さを恥じて、心身ともに鍛えなおそうと思っています」
いや、むしろもうちょっと弱って、休んでてくれないかな。
とは言えなかった。
そして、こいつの容姿からして大体予想はしていたものの、
恐れていた事がついに現実となってしまったのである。
「キャー! ゼノア様、カッコいい♡」
見習い女官やら、何やらが、ゼノアに黄色い声を上げている。
どさくさに紛れてタオルを渡そうとしている奴がいるなあ。
王太子権限で地方勤務に左遷するぞ?
わかってはいたよ?
わかっては。
しかし胸中は複雑だ。
嫉妬とか不安とか寂しさとか?
だけど全然こいつに追いつけていない私は、
今だスタートラインにすら立ってはいない。
「じゃあな」
そう返してミシェルは黙々とランニングを続けた。
さっきまで感じていた充足感なんて、あっという間に吹き飛んでしまった。
千里の道も一歩からだ。
挫けるな! 自分っ!
ミシェルは己を叱咤する。
しかし事態は思っていたよりも深刻で、もはや一刻の猶予もない。
「うおおおおおおお!」
ミシェルは闇雲に雄たけびを上げる。
「ゼノアに余計な害虫がつかぬよう、私はあらゆる手段を駆使するぞっ!」
こうしてミシェル・ライネルの筋トレ生活は続いていくのであった。
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