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第六話 西枝くんが眼鏡をはずすとき

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「ふごっ……ふごごごごごっ???」

東雲唯人に唇を塞がれた西枝時宗は、
手足をばたつかせて、必死の抵抗を試みる。

「いきなりごめんね……西枝くん、
これが犯罪行為だということは、
一応俺も理解しているんだ」

東雲唯人は西枝時宗がから手を離し、しょんぼりと肩を落とした。

(僕のファーストキスが……)

西枝時宗は軽く放心状態に陥っている。

(ベロチューだった……)

西枝時宗の思考回路は停止し、

(ごめんねという割に、東雲くんてば、とんでもなく濃厚に
舌をからめてきたよね)

ただ激しく瞬きを繰り返す。

(引き寄せられて腰に感じたあの感触は……。あの感触は……)

そしてそのリアルな感覚を思い出して、
西枝時宗は激しく赤面する。

「破廉恥だっ! 東雲くん、こんなのっ!、こんなのっ!
いけないことなんだからなっ! うわ~ん」

そう言って西枝時宗は、泣きながら東雲唯人の前から、
脱兎のごとく走り去った。

(俺……今だったら、軽く死ねる)

そう呟いて、真っ白に燃え尽きた東雲唯人が
一人いつまでもその場に立ちつくしていたのだった。

◇◇◇

翌日の土曜日、
学校は休みである。

「いっ……痛い……初めてなの。
お願い、優しくして」

塾の月例テストの後で、
西枝時宗は眼科を訪れた。

西枝時宗の潤んだ斜め四十五度の上目遣いに、

「コ……コンタクトレンズのフィッティングで、
そんな色っぽい声を出さないでください。
君にそんな顔で言われちゃったら、
お姉さんなんだか犯罪に走ってしまいそうだわ」

眼科の年の若い看護師さんが撃沈する。

「ごめんなさい。だけどコンタクトレンズは初めてで、
まだ慣れていなくて……」

西枝時宗が、はにかんだように下を向いた。

「ねぇ、それにしても綺麗な子よねぇ」

事務のお姉さんたちが、
西枝時宗にチラチラと視線を送っては、

その様子を伺う。

眼鏡をはずした西枝時宗は完璧な儚げ系美少年である。

「大丈夫よ、すぐに慣れるから。
この後レンズをつけた状態で、もう一度先生に
診てもらったら、それで終わりよ」

看護師のお姉さんが励ますように
西枝時宗の背中をポンと叩いた。

そしてその日、西枝時宗は美容院に行って髪を整え、
ブティックに行って、服を揃えた。

「えっ? 誰? あの美少年、
ひょっとして芸能人?」

すれ違う女子たちが、こぞって西枝時宗を振り返る。

◇◇◇

「しくしくしくしくしくしく……」

撮影の控室で東雲唯人が巨大なナメクジと化している。

「いい加減にしろや、唯人、
仕事にならねぇだろうがよ」

専属カメラマンの扇田が、
この惨状にほとほと困り果てたように、
頭を掻いた。

「そ……そんなこと言ったって……、
ぐすっ、うぇっ……」

東雲唯人は尚も泣きじゃくる。

「いや、待て、これはこれでいいかもしれん。
唯人、ちょっと来い!」

そう言って扇田は、東雲唯人の手を取って、
スタジオに連れて行く。

「よし、唯人、そこで思いっきり、
失恋した相手を想い出して切ない表情をしてみろ!」

東雲唯人は扇田の言う通り、
ポージングとともに、様々な悲しみの表情を作ってみせる。

「いい、いいぞ、唯人、
次号のキュンキュンの表紙は、これで決まりだな。
失恋男子特集、
タイトルは、『僕は君を想って、夜も眠れない』っていうのはどうだろう」

扇田は、溢れ出る閃きとともに、シャッターを切り続ける。

◇◇◇

「はぁ~、軽く死にたい」

撮影を終えて帰宅した東雲唯人は、
重い身体をベッドに沈めて、

今日何度目だかわからない、ため息を吐いた。

「俺……なんであんなことしちゃったんだろ……」

東雲唯人は頭を抱える。

感情が溢れてしまったんだ。
西枝くんのことを好きだという感情が。

あの日、俺は西枝くんの声が聞きたくて、死にそうになってた。
西枝くんに会って、触れたくて……抱きしめたくて……。

東雲唯人は頼りなげに、自身の膝を抱いてベッドに蹲る。

だけどそれはあくまで西枝くんに恋をしている
俺の感情であって、

西枝くんはそうじゃない。

『なにか辛いことがあった? なんでも話してよ。
僕たち友達だろ?』

あのキスの直前、
西枝くんはそう言って俺を励まそうとしてくれた。

西枝くんは俺のことを、
友達としてとても大切に思ってくれていたんだ。

俺はそんな西枝くんの純粋な気持ちを、
踏みにじってしまったんだ。

友達としか思ってない奴に、無理やりキスをされて、

『破廉恥だっ! 東雲くん、こんなのっ!、こんなのっ!
いけないことなんだからなっ! うわ~ん』

そう言って、西枝くんは泣きながら走っていった。

「そりゃあ、そうだよな……。西枝くんにしてみれば、
そういう反応になるわな……だけど、破廉恥って……」

その言葉を思い出して、東雲唯人はさらにへこむ。

「俺、好きな人に破廉恥って言われちゃったよ。
だけどさ、恋人同士でやることなんて、大体破廉恥なんだよ?
ねぇ、知ってる? 西枝くん……」

そして東雲唯人は再び涙ぐむ。

そのときスマホの着信音が鳴った。

「ちょっ……ちょっ、ちょっ、ええ? 発信者西枝くん???」

スマホを握る東雲唯人の手が震えた。

「もしもし?」

出来る限りの平静を装って、東雲唯人が声を出す。

「えっと……あの……東雲くん?」

スマホから聞こえてきた、西枝時宗の声に、

「う……ん」

東雲唯人が声を詰まらせる。

「ひょっとして……また泣いているの? 東雲くん」

西枝時宗の声に心配が滲む。

「そう……だね、今日も撮影あったけど、ずっと泣いてた。
そしたら次に出る雑誌の特集を『失恋男子』にしようって、
スタッフにいわれちゃって……ハハッ……おかしい……だろ?」

東雲唯人は自虐ネタを晒し、
何とか明るく振舞おうとしたのだが、

どうやら失敗したらしい。

もう、どうにもならない沈黙が二人の間に流れる。

「ごめんね、東雲くん」

(そこで謝らないでくれる? ねえ西枝くん、ねえってばっ!)

だが、スーパーメンズモデルの悲痛な心の叫びを
西枝胸時は知るよしもない。

「僕は東雲くんにひどいことを言って、君を傷つけてしまった。
ごめんなさい」

東雲唯人は西枝時宗の真摯な謝罪に、

「いいんだ。俺は男だし、
今は死ぬほど悲しいけど、必ず乗り越えて見せるよ」

やっぱり声を詰まらせる。

「だけど東雲くん、僕だって男だ」

(知ってるよっ! だからややこしいんだよ)

東雲唯人はスマホの向こうで頭を抱えた。

「君の愛の告白について、月曜日にきちんと面と向かって
君に返答をしたいと思う」

(なんですか、それはっ! 
死刑宣告ですか! 西枝くんっ!!!)

メンズスーパーモデルの、恐怖に満ちた心の叫びを、
西枝時宗は知るよしもない。










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