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110.微睡

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「カルシア・ハイデンバーグとハイネス・エーデンは、
 無事にリアン国に入国したそうだ」

アーザス国王ミハイル・アーザスは、
厳しい眼差しをその娘であるフレイア・アーザスに向けた。

「先のL4宙域での戦闘行為により、我が国はすでに師団クラスの戦闘人員を失い、 
 そしてこの度もまた戦闘行為こそはなかったものの、その喉元の危ういところに、
 剣を突き付けられる形となった」

フレイアは父王の言葉に、悔し気に唇を噛み締めた。

フレイアは先のL4宙域での戦闘行為の損失により謹慎の身となり、
今回の遠征に赴くことは許されなかった。

ゆえにこの度の戦いのアーザス・リアンの連合の総司令官をつとめたのは、
フレイアではなく、ハワード・タイラーなのである。

「ふんっ! なによ、そんなの。
 ハワードが無能なのだわ」

フレイアはふんっと顔を横に背けた。

「責任を転嫁し、鼻で嗤うだけなら阿呆でもできる」

ミハイルは眉間に皺を寄せる。

「まあ、お父様ったら、おっしゃるのね」

フレイアは小さく肩を竦めて見せた。

どうやら父は相当に機嫌が悪いらしい。

フレイアは微かに目を細める。

今国家元首たるこの男の機嫌を損ねるわけにはいかない。

(さて、この男の望むものは何か?)

フレイアは相手の様子を窺い、短く思考を巡らせる。

「わたくしなら、もっと上手にできてよ? お父様」

フレイアは甘えるようにしなを作って、父王を見つめると、
父王が微かに眉根をピクリと動かした。

「ああそうだな。
 私の可愛いフレイアなら、きっと上手にできるはずだ」

そして満足気な微笑みを見せる。

「フレイアよ。お前は早急にレッドロラインに嫁げ」

父王の言葉にフレイアが、甲高い笑い声を上げた。

「まあ、お父様ったら。
 それでわたくしはレッドロラインのどなたに嫁げばよろしいのかしら?
 もしかして今回の厄介者のカルシア王妃のお産みになった、
 能無しと名高いエドガー・レッドロラインというのではないでしょうね。
 冗談はおよしになって」

父王はそんなフレイアを冷めた眼差しで見つめる。

「お前の目には、私はそのように無能者に映っておるのか?」

父王の言葉にフレイアは口を噤む。

「お前が嫁ぐのは、これからこの場所に和平交渉にやってくる
 ウォルフ・フォン・アルフォードという男だ」

フレイアは信じられないというように、顔色を変えた。

「フォンですって? お父様はこのわたくしに
 格下の一貴族に嫁げと、そうおっしゃるの?」

フレイアが噛みつくと、今度は父王が低く笑い声を立てた。

「ただの貴族ではない。アレにはからくりがある」

◇◇◇

戦艦『Black Princess』の艦長席にて、

「ウォルフ?」

名前を呼ばれて、ハッと顔を上げると、

「大丈夫? 少し仮眠をとったらどう?」

ルークが心配げに自分を見つめている。

「すまない……大丈夫だ」

ウォルフはなんとか笑みを取り繕うが、

「いや、あの……全然大丈夫な顔じゃないよ?」

ルークが目を瞬かせている。
そんなルークにウォルフは盛大なため息を吐いた。

「そりゃあ、大丈夫なわけがないだろう。
 全然眠れねぇし、ちょっと寝たら悪夢を見てだなぁ、そりゃあ地獄だぞ。
 こちとら元帥やってるから、メソメソ泣くわけにもいかず、
 精神の崩壊の一歩手前だっちゅうの」

そう言ってウォルフは心底疲れた顔をして下を向いた。

「お前はさあ、セナのとき……どうやって乗り越えた?」

ウォルフの問いに、ルークは小さく肩を竦めて見せる。

「乗り越えることなんてできないよ。
 ただ延々と精神的にメソメソしてたかな。
 それでも日は昇るし、やらなきゃいけないことはたくさんあるし、
 そんな感じでなんとか一日を必死で生きてきた感じかな」

ルークはウォルフにユウラの生存の可能性を告げてはいない。
実際にその確証を現段階では得ることが出来ておらず、
希望的な憶測では、かえってウォルフのことを
傷つけてしまうことになりかねないからだ。

そしてセナのことも、ユウラの帰らぬ今はまだ、
告げるべきではないと思っている。

ただ、ルーク自身はユウラの生存を微塵も疑ってはいない。

「ところで、お前はちゃんと眠れているのか?」

ウォルフがルークを気遣うと、

「おかげ様でちゃんと寝てるし、ちゃんと食べてるよ。
 じゃないと君のことも守れないじゃない?
 これ以上大切なものを奪われるのは、僕だってもうまっぴらごめんなんだ。
 だからウォルフも少し眠って。僕が傍にいるから、うなされたら起こしてあげるし、
 僕の前でだったら、泣いても別に構わないよ」

ルークがウォルフを伴い、仮眠室に付き添った。

「情けねぇ元帥だよな。惚れた女一人守ることができなくて、
 メソメソ、メソメソ……。挙句の果てに親友に泣きついて。
 こんなんじゃきっと、ユウラにも愛想尽かされるわな」

ベッドに身を横たえたウォルフが、ルークに背を向けて自嘲する。

「そうかな? 完全無欠の英雄然としているよりも、
 人間味があっていいんじゃないの?」

ルークが小さく丸めたウォルフの背中を優しく撫でてやると、
やがてウォルフが薄い微睡に落ちてゆく。

苦しげに眉間に皺を寄せて、その頬に涙が伝い落ちるのを、
ルークが黙って拭ってやる。






 
 






 




 



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