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79.防爆壁の向こう側
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武道場に乙女たちの咆哮が響く。
「てやぁぁぁ!」
ナターシャ・ラヴィエスがその剣を持ってユウラに切りかかると、
ユウラがそれを受けとめる。
激しく切り結んだ剣が火花を散らし、そして飛びのく。
「まだまだっ!」
そしてユウラが疾風のようにナターシャに切り込んでいく。
「ふむ。基本は出来てきたんじゃないの?」
二人の動きを見つめていたルークが、微かに目を細めて呟いた。
「そろそろシェバリエに乗ってみる?」
ルークにそう言われた赤服の乙女たちが破顔する。
武道場の隣にあるエレベーターを降りると、
工場区の防爆扉の前に通じており、ルークがその場所に静かに佇んだ。
外気とは異なる少し湿り気を帯びた冷気が漂う。
「この扉を開く前に、君たちに聞いておきたいことがある」
ルークの顔からすっと笑みが消えると、乙女たちにも緊張が走る。
「ここから先はお遊びや、綺麗ごとでは済まされない、
命のやり取りをする場所となる。
各々がレッドロラインを想い、軍に志願し、
ユウラを慕い、この場所に集まってくれたことには感謝する。
しかしこの扉を開く前に今もう一度自分の胸に問うて欲しい。
たった一つしかない自分の命を懸けて、この剣をとる覚悟があるのかを」
ルークの瞳に暗い焔が揺れる。
それは戦場を知る者の瞳だ。
母国を守る志しを抱いて散った数多の仲間の死、
そして対峙する無数の敵の死。
宇宙にある深淵は、そんな命を呑み込んで輝く。
青く、白く、あるいは燦然と。
そこに戦場を知る戦士としての視点と、
手塩にかけた愛弟子を戦地に送る
アカデミーの教官としての視点が複雑に入り混じる。
何せ扉の向こうには、綺麗ごとではない現実が待ち受けているのだ。
無責任に戦意高揚を掲げて、
この若い士官候補たちを煽っていい局面ではないとルークは思う。
せいぜい自分にできるささやかな、彼女たちへの思いやりと言えば、
この扉を開く前に、『死ぬ覚悟があるのか』と問うてやることくらいなのだ。
ルークのなかにやるせない思いが満ちた。
そんなルークを見透かしたかのようにエマが微笑みかけた。
「ここは宇宙という閉鎖空間なんです。
コロニーが攻撃を受ければ、どのみち私たちに生き残る術はない。
ならばせめて、生き残るために剣をとって、生き残るための戦いをしたいと
そう思ったまでのことです。
綺麗であろうが、綺麗でなかろうが、それが現実なのだから、
仕方がないでしょう?
この剣をとるということは、私たちにとって
『生きてやる』という最大限の意思表示なんです。
それだけのことです」
そう言って真っすぐにルークを見つめたエマの瞳が、
とても美しいとルークは思った。
透き通ったアクアブルーの瞳は、空の色を連想させる。
見たことはないが、人類が発祥したとされる青き故郷には、
人工調整ではない空が広がっているのだという。
しかしルークは確信している。
ときに荒れ狂い、時に涙のような雨を降らすその空の色は、
きっとこの日のエマの瞳のように生命に溢れて透き通っているに違いない。
宇宙の闇と死を見つめるその瞳が、
命を求めてこんなにも鮮やかに輝いているのだから。
その生命を精一杯に燃やして、闇の夜に輝く星々の様に、
エマはその瞳を濡らしている。
ルークの胸が熱くなった。
ルークは自身を制するために、小さく深呼吸し、
その視線をエドガーに移す。
「エドガー様、どうかあなたには
この光景をその脳裏に焼き付けておいて欲しいのです。
国のために、命を懸ける者たちのその眼差しを」
ルークの言葉に、エドガーの瞳が曇った。
痛みに耐えるかのように、歯を食い縛る。
「いずれ王位を継ぐ時には、この者たちの思いを、
心意気を、どうか汲んでくださいますように」
そう言ってルークがエドガーに一礼した。
「エドガー様には、ここで失礼を致します」
ルークは軍靴を鳴らし、敬礼した。
そしてモニターに軍の認証コードを翳す。
「レッドロライン軍上級大将ルーク・レイランド、
アカデミーの士官候補生4名を連れてきた。
解錠せよ」
ルークがモニター越しにそう命じると、
「認識番号を確認しました。お入りください」
兵卒が緊張した面持ちでルークに敬礼した。
低く唸るような音を立てて、扉が開かれる。
赤服の乙女たちが、エドガーを見つめた。
そしてエマが、エドガーに微笑みかける。
「さようなら、エドガー様」
そして背を向けて、
少女たちは扉の向こうへと歩みだす。
分厚い防爆扉の向こう側へと。
「ふんっ! 大層な扉だな」
エドガーが気に入らなさげにそう言った。
「何? レッドロラインはそんなに弱いのか?
コロニーが攻撃されたら生きる術は無いだと?
神に選ばれし、ノアの一族の英知を舐めるな。
その能力を侮るな!」
少女たちの背中に向かってエドガーが叫んだ。
少女たちは振り返らない。
行くべき場所を一点にみつめて、歩みをやめない。
エドガーは拳をきつく握りしめた。
本当は足が少し震えていた。
心臓の音が聞こえる。
しかし気が付いたら、その足が扉の向こうへと歩みを進めていた。
「おいっ! 小娘どもっ!
お前たちを盾にするほど、レッドロラインは落ちぶれてはいないぞ!」
エドガーは走り、少女たちの前に回り込んだ。
「エドガー様?」
ルークが驚きにその瞳を見開いた。
「ふんっ! 貴様ら小娘は、この私がまとめて守ってやる!」
「てやぁぁぁ!」
ナターシャ・ラヴィエスがその剣を持ってユウラに切りかかると、
ユウラがそれを受けとめる。
激しく切り結んだ剣が火花を散らし、そして飛びのく。
「まだまだっ!」
そしてユウラが疾風のようにナターシャに切り込んでいく。
「ふむ。基本は出来てきたんじゃないの?」
二人の動きを見つめていたルークが、微かに目を細めて呟いた。
「そろそろシェバリエに乗ってみる?」
ルークにそう言われた赤服の乙女たちが破顔する。
武道場の隣にあるエレベーターを降りると、
工場区の防爆扉の前に通じており、ルークがその場所に静かに佇んだ。
外気とは異なる少し湿り気を帯びた冷気が漂う。
「この扉を開く前に、君たちに聞いておきたいことがある」
ルークの顔からすっと笑みが消えると、乙女たちにも緊張が走る。
「ここから先はお遊びや、綺麗ごとでは済まされない、
命のやり取りをする場所となる。
各々がレッドロラインを想い、軍に志願し、
ユウラを慕い、この場所に集まってくれたことには感謝する。
しかしこの扉を開く前に今もう一度自分の胸に問うて欲しい。
たった一つしかない自分の命を懸けて、この剣をとる覚悟があるのかを」
ルークの瞳に暗い焔が揺れる。
それは戦場を知る者の瞳だ。
母国を守る志しを抱いて散った数多の仲間の死、
そして対峙する無数の敵の死。
宇宙にある深淵は、そんな命を呑み込んで輝く。
青く、白く、あるいは燦然と。
そこに戦場を知る戦士としての視点と、
手塩にかけた愛弟子を戦地に送る
アカデミーの教官としての視点が複雑に入り混じる。
何せ扉の向こうには、綺麗ごとではない現実が待ち受けているのだ。
無責任に戦意高揚を掲げて、
この若い士官候補たちを煽っていい局面ではないとルークは思う。
せいぜい自分にできるささやかな、彼女たちへの思いやりと言えば、
この扉を開く前に、『死ぬ覚悟があるのか』と問うてやることくらいなのだ。
ルークのなかにやるせない思いが満ちた。
そんなルークを見透かしたかのようにエマが微笑みかけた。
「ここは宇宙という閉鎖空間なんです。
コロニーが攻撃を受ければ、どのみち私たちに生き残る術はない。
ならばせめて、生き残るために剣をとって、生き残るための戦いをしたいと
そう思ったまでのことです。
綺麗であろうが、綺麗でなかろうが、それが現実なのだから、
仕方がないでしょう?
この剣をとるということは、私たちにとって
『生きてやる』という最大限の意思表示なんです。
それだけのことです」
そう言って真っすぐにルークを見つめたエマの瞳が、
とても美しいとルークは思った。
透き通ったアクアブルーの瞳は、空の色を連想させる。
見たことはないが、人類が発祥したとされる青き故郷には、
人工調整ではない空が広がっているのだという。
しかしルークは確信している。
ときに荒れ狂い、時に涙のような雨を降らすその空の色は、
きっとこの日のエマの瞳のように生命に溢れて透き通っているに違いない。
宇宙の闇と死を見つめるその瞳が、
命を求めてこんなにも鮮やかに輝いているのだから。
その生命を精一杯に燃やして、闇の夜に輝く星々の様に、
エマはその瞳を濡らしている。
ルークの胸が熱くなった。
ルークは自身を制するために、小さく深呼吸し、
その視線をエドガーに移す。
「エドガー様、どうかあなたには
この光景をその脳裏に焼き付けておいて欲しいのです。
国のために、命を懸ける者たちのその眼差しを」
ルークの言葉に、エドガーの瞳が曇った。
痛みに耐えるかのように、歯を食い縛る。
「いずれ王位を継ぐ時には、この者たちの思いを、
心意気を、どうか汲んでくださいますように」
そう言ってルークがエドガーに一礼した。
「エドガー様には、ここで失礼を致します」
ルークは軍靴を鳴らし、敬礼した。
そしてモニターに軍の認証コードを翳す。
「レッドロライン軍上級大将ルーク・レイランド、
アカデミーの士官候補生4名を連れてきた。
解錠せよ」
ルークがモニター越しにそう命じると、
「認識番号を確認しました。お入りください」
兵卒が緊張した面持ちでルークに敬礼した。
低く唸るような音を立てて、扉が開かれる。
赤服の乙女たちが、エドガーを見つめた。
そしてエマが、エドガーに微笑みかける。
「さようなら、エドガー様」
そして背を向けて、
少女たちは扉の向こうへと歩みだす。
分厚い防爆扉の向こう側へと。
「ふんっ! 大層な扉だな」
エドガーが気に入らなさげにそう言った。
「何? レッドロラインはそんなに弱いのか?
コロニーが攻撃されたら生きる術は無いだと?
神に選ばれし、ノアの一族の英知を舐めるな。
その能力を侮るな!」
少女たちの背中に向かってエドガーが叫んだ。
少女たちは振り返らない。
行くべき場所を一点にみつめて、歩みをやめない。
エドガーは拳をきつく握りしめた。
本当は足が少し震えていた。
心臓の音が聞こえる。
しかし気が付いたら、その足が扉の向こうへと歩みを進めていた。
「おいっ! 小娘どもっ!
お前たちを盾にするほど、レッドロラインは落ちぶれてはいないぞ!」
エドガーは走り、少女たちの前に回り込んだ。
「エドガー様?」
ルークが驚きにその瞳を見開いた。
「ふんっ! 貴様ら小娘は、この私がまとめて守ってやる!」
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