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77.線香花火
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山荘の駐車場の一角に、急遽バーベキュースペースが設けられ、
エドガーが苦戦しながらも、
なんとか薪に火をつけることに成功した頃には、
日の入りの時間帯を迎え、
辺りはラベンダー色から、徐々に闇の色を深めていく。
時折蛙の泣き声が、
遠くの方から、細く、太く、聞こえてくる。
エマは暫しその音色に耳を傾けて、
空を見上げた。
一番星、二番星が煌めいて、
顔を出した宵の月が、優しい光を放っている。
エマは視線をルークに移す。
ルークは皆とは少し離れた場所で、
電話で何事かの指示を飛ばしているらしかった。
「エマちゃん、お肉が焼けたのだ」
そう言ってナターシャが、
エマの前に肉と大量のピーマンが乗った皿を差し出した。
「ひっ!」
エマの顔が引きつる。
「どうしたのだ? エマちゃん。
食べないのかな?」
ナターシャが小首を傾げる。
「あっ……ありがとう、ナターシャ。
いただくわね」
エマが若干涙目になりながら、皿を受け取ると、
「もーらいっ!」
エドガーが後ろから、ひょいとその皿を取り上げた。
エマをからかう風を装いながら、
別の皿をエマに手渡してやる。
「お前はそっちを食べろ。ピーマン苦手なんだろ?」
視線を外して、小声でエマに囁いて寄越す。
エマは手渡された皿に目を落とした。
肉とピーマン以外の野菜が、色とりどりに盛られている。
エマはそれを見て、目を瞬かせた。
◇◇◇
バーベキューが終わると、花火をすることになった。
ホームセンターで売られていた、手持ちの簡易なものだが。
少し離れた場所では、エドガーとエマがまた何事かを言い合って、
じゃれている。
ユウラが花火を手に取った。
「なんだかんだ言いながら、結構仲いいよね、
あの二人はさ」
ユウラの横で手持ち花火を見つめながら、
ルークがそう言った。
「それでお兄様は、それでよろしいの?」
ユウラも視線を花火に移す。
缶の中に揺らめく蝋燭の火に、花火の芯を翳すと、
ジジジと少し湿った音を立てて火の粉が散った。
「良いも悪いも……。
どうしてそんなことを聞くの?」
ルークがユウラの隣にしゃがみ込んだ。
「エマさんはずっとお兄様の事がお好きでしたでしょう?
このままでは、他の男性に取られてしまってよ?」
ユウラの言葉に、ルークは曖昧な笑みを浮かべる。
「実はね、僕が好きだったのは、
彼女の姉だったんだよ」
花火は色を変えて、勢いを増していく。
「ええ……ウォルフから伺いました。
ですが二年前の戦争で……」
赤い炎が噴き出して、ユウラとルークの顔を照らす。
「そうだね……。だけど頭では分かっていても、
未だに心がついていかなくて。
自分でもこの感情を持て余している」
ルークが下を向いた。
「なまじセナとエマはよく似ているから、
エマの中にセナの面影を重ねてしまうことが、
内心本当はひどく恐ろしかった。
そうしてしまうと、きっと自分で自分を許せなくなりそうだったから」
ユウラの手に持っていた花火の芯が燃え尽きて、
ポタリと地面に落ちた。
炎は止まり、白い煙が燻り立っている。
ルークが立ち上がった。
「だから当分の間は、もう誰も好きにならないつもりなんだ」
そう言ってルークは寂し気な笑みを浮かべて
その場を立ち去った。
ユウラはもう一本の花火に火をつける。
先ほどのような勢いの良い手持ち花火ではなく、
糸のように細いその先に、僅かな火薬が仕込まれているものだ。
線香花火というのだそうだ。
蝋燭の火を孕んだ小さな火の玉が輝いて、
ちりちりと火花を飛ばす。
それは人の命のように、あまりにも儚い。
落とさないように、火を消さないようにと、
いくら大切に手の中に握っていても、やがてその火の玉は地に落ちて、
光を消すのだ。
それでも闇の中に、精一杯火の玉は自分自身を輝かせている。
それがまるでありったけの命を燃やしているかのようで、
ユウラの胸を切なく締め付けていく。
その花火の向こうに、
ユウラは戦場に命を散らした兄の想い人を重ねた。
彼女と直接会ったことはない。
しかし彼女は、今もまだ兄の心の中で
生き続けている。
そしてウォルフの心にも。
一瞬、ユウラの脳裏にウォルフの面影が過ると、
ユウラの眼差しに切なさが滲み、下を向く。
(今、この場所にウォルフがいない)
そう思うと、一瞬泣きそうになった。
「まあ、線香花火ね、ユウラ」
その声に、ユウラがハッと顔を上げる。
その拍子に手が揺れて、
線香花火の光の玉が地に落ちた。
「オリビア……様?」
自分の隣に、いつの間にかオリビア皇女が座っている。
「残念ながら、今回も立体映像だがな」
そう言ってオリビアがため息を吐く。
オリビアを見つめるユウラの目に、
涙が盛り上がる。
◇◇◇
「赤髪が泣いている」
少し距離を置いているエドガーが、
立体映像のオリビアの横で泣きじゃくるユウラを
目敏く見つけた。
そんなユウラを立体映像のオリビアが、
少し困ったように見つめている。
「アイツは本当に姉上のことが好きなのだなあ」
そう言って優しい笑みを浮かべるエドガーを
エマがじっと見つめた。
「そして姉上も、心底赤髪を大切に思っておられる」
そう言ってエドガーが切なげに下を向く。
「あなたは……それでよろしいの?」
エマがエドガーを真っすぐに見つめる。
エドガーが苦戦しながらも、
なんとか薪に火をつけることに成功した頃には、
日の入りの時間帯を迎え、
辺りはラベンダー色から、徐々に闇の色を深めていく。
時折蛙の泣き声が、
遠くの方から、細く、太く、聞こえてくる。
エマは暫しその音色に耳を傾けて、
空を見上げた。
一番星、二番星が煌めいて、
顔を出した宵の月が、優しい光を放っている。
エマは視線をルークに移す。
ルークは皆とは少し離れた場所で、
電話で何事かの指示を飛ばしているらしかった。
「エマちゃん、お肉が焼けたのだ」
そう言ってナターシャが、
エマの前に肉と大量のピーマンが乗った皿を差し出した。
「ひっ!」
エマの顔が引きつる。
「どうしたのだ? エマちゃん。
食べないのかな?」
ナターシャが小首を傾げる。
「あっ……ありがとう、ナターシャ。
いただくわね」
エマが若干涙目になりながら、皿を受け取ると、
「もーらいっ!」
エドガーが後ろから、ひょいとその皿を取り上げた。
エマをからかう風を装いながら、
別の皿をエマに手渡してやる。
「お前はそっちを食べろ。ピーマン苦手なんだろ?」
視線を外して、小声でエマに囁いて寄越す。
エマは手渡された皿に目を落とした。
肉とピーマン以外の野菜が、色とりどりに盛られている。
エマはそれを見て、目を瞬かせた。
◇◇◇
バーベキューが終わると、花火をすることになった。
ホームセンターで売られていた、手持ちの簡易なものだが。
少し離れた場所では、エドガーとエマがまた何事かを言い合って、
じゃれている。
ユウラが花火を手に取った。
「なんだかんだ言いながら、結構仲いいよね、
あの二人はさ」
ユウラの横で手持ち花火を見つめながら、
ルークがそう言った。
「それでお兄様は、それでよろしいの?」
ユウラも視線を花火に移す。
缶の中に揺らめく蝋燭の火に、花火の芯を翳すと、
ジジジと少し湿った音を立てて火の粉が散った。
「良いも悪いも……。
どうしてそんなことを聞くの?」
ルークがユウラの隣にしゃがみ込んだ。
「エマさんはずっとお兄様の事がお好きでしたでしょう?
このままでは、他の男性に取られてしまってよ?」
ユウラの言葉に、ルークは曖昧な笑みを浮かべる。
「実はね、僕が好きだったのは、
彼女の姉だったんだよ」
花火は色を変えて、勢いを増していく。
「ええ……ウォルフから伺いました。
ですが二年前の戦争で……」
赤い炎が噴き出して、ユウラとルークの顔を照らす。
「そうだね……。だけど頭では分かっていても、
未だに心がついていかなくて。
自分でもこの感情を持て余している」
ルークが下を向いた。
「なまじセナとエマはよく似ているから、
エマの中にセナの面影を重ねてしまうことが、
内心本当はひどく恐ろしかった。
そうしてしまうと、きっと自分で自分を許せなくなりそうだったから」
ユウラの手に持っていた花火の芯が燃え尽きて、
ポタリと地面に落ちた。
炎は止まり、白い煙が燻り立っている。
ルークが立ち上がった。
「だから当分の間は、もう誰も好きにならないつもりなんだ」
そう言ってルークは寂し気な笑みを浮かべて
その場を立ち去った。
ユウラはもう一本の花火に火をつける。
先ほどのような勢いの良い手持ち花火ではなく、
糸のように細いその先に、僅かな火薬が仕込まれているものだ。
線香花火というのだそうだ。
蝋燭の火を孕んだ小さな火の玉が輝いて、
ちりちりと火花を飛ばす。
それは人の命のように、あまりにも儚い。
落とさないように、火を消さないようにと、
いくら大切に手の中に握っていても、やがてその火の玉は地に落ちて、
光を消すのだ。
それでも闇の中に、精一杯火の玉は自分自身を輝かせている。
それがまるでありったけの命を燃やしているかのようで、
ユウラの胸を切なく締め付けていく。
その花火の向こうに、
ユウラは戦場に命を散らした兄の想い人を重ねた。
彼女と直接会ったことはない。
しかし彼女は、今もまだ兄の心の中で
生き続けている。
そしてウォルフの心にも。
一瞬、ユウラの脳裏にウォルフの面影が過ると、
ユウラの眼差しに切なさが滲み、下を向く。
(今、この場所にウォルフがいない)
そう思うと、一瞬泣きそうになった。
「まあ、線香花火ね、ユウラ」
その声に、ユウラがハッと顔を上げる。
その拍子に手が揺れて、
線香花火の光の玉が地に落ちた。
「オリビア……様?」
自分の隣に、いつの間にかオリビア皇女が座っている。
「残念ながら、今回も立体映像だがな」
そう言ってオリビアがため息を吐く。
オリビアを見つめるユウラの目に、
涙が盛り上がる。
◇◇◇
「赤髪が泣いている」
少し距離を置いているエドガーが、
立体映像のオリビアの横で泣きじゃくるユウラを
目敏く見つけた。
そんなユウラを立体映像のオリビアが、
少し困ったように見つめている。
「アイツは本当に姉上のことが好きなのだなあ」
そう言って優しい笑みを浮かべるエドガーを
エマがじっと見つめた。
「そして姉上も、心底赤髪を大切に思っておられる」
そう言ってエドガーが切なげに下を向く。
「あなたは……それでよろしいの?」
エマがエドガーを真っすぐに見つめる。
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