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74.剣の道

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「ユウラ、父の看病ということで、アルフォード家には、
 当面の間、里帰りを許可されたよ」

父の病室に向かう途中で、ルークがユウラにそう言った。

「父上の療養も兼ねて、レイランド家うちが所有する郊外にある山荘を手配させたから、
 ユウラもそこに来て」

エルドレッド家の事情や、ユウラの置かれた立場とか、
諸事情をさらっと考慮しつつ、
父と自分をさり気なくフォローしてくれている、この兄の心遣いを、
ユウラは心底ありがたいと思った。

「ありがとう……ございます」

しかし内面とは裏腹に、その声色はどうしても硬いものになってしまう。
そんなユウラに、ルークがぷっと噴出した。
ユウラは複雑な表情を浮かべる。

◇◇◇

「素敵っ! レイランド教官所有の山荘に招かれるだなんて、
 なんという光栄でしょう。ロマンチックね」

助手席に座るエマ・ユリアスがうっとりと呟いた。

「山に籠って修行する行為のどこが、ロマンチックなんだ?」

運転席に座るエドガー・レッドロラインが思いっきり顔を引きつらせると、
無言のままにエマがエドガーの腕に拳を繰り出し続ける。

「痛い痛い痛い痛い痛いっ! 結構な腕力だなっ!
 っていうか、ハンドル操作がマジでヤバいから、
 死にたくなかったらやめろ!」

後部座席に座るナターシャ・ラヴィエスが、そのやり取りを聞いて涙目になる。

「うわーん、だから別の車にしましょうって言ったのに」

その隣に座るダイアナ・ウェスレーも遠い目をする。

「う~ん、どうしてこうなったんだろ?」

赤服の乙女たちプラスこの国の王太子エドガー・レッドロラインが、
ルークの山荘に向かっている。

曲がりくねった山道の両脇には針葉樹が鬱蒼と茂る。

「私……ここから生きてかえれるだろうか」

ナターシャが気弱に呟いた。

「そんな気弱なことでは、ユウラさんの後ろは守れませんことよ? ナターシャ、
 ここはわたくしが、景気づけのために歌を歌いますわっ!」

そういってエマが車のタッチパネルを操作すると、その曲が流れだした。
イントロにのってエマが歌い出す。

「あ~なたとわたし~は同期の桜~」

拳を上下に振り上げて勇ましく歌うエマに、
ダイアナも涙目になる。

「もうやめて……エマさん」

蚊の鳴くようなか細い声で呟く。

「そうだぞっ! もうやめてやれ、ジャイアン。
 リサイタルは他所でやれ」

エドガーが死んだ魚のような視線を漂わせる。

「失礼ねっ! 誰がジャイアンよっ!」

緑の中を走り抜けいていく、真っ赤なポルシェはひどく賑やかだ。

◇◇◇

ルークの山荘は、一応表向きは山奥にある貴族の別宅の体をとっているが、
その実は国の軍事機密に関わる、重要拠点である。

広大な敷地の地下には、軍艦White Wingとともに、
数多のシェバリエが鎮座している。

一足先にルークの山荘に着いたユウラは、髪を高く結い、
騎士服を身に纏った。

エルドレッド家のモチーフである百合をあしらった家紋エンブレムをその額宛に頂き、
佇むと、

「ユウラ、これを」

ルークはそう言ってユウラに一振りの剣を手渡した。

「これは……デュランダル……?」

ユウラがその剣をまじまじと見つめた。
金の柄に四つの聖痕が埋め込まれているそれは、聖剣だ。

「これは父上がね、ユウラが初陣を飾るときにと、
 かなりの大枚をはたいて用意しておいたものなんだ。
 ユウラがウォルフと婚約する前、それこそ赤ん坊の時かなぁ。
 当時父上はユウラが将軍家を継いでくれることを夢見ていて
 幼少期にその剣術の才能を見出してからは本当に嬉しそうだったんだよ。
 まあ、ウォルフとの婚約が決まってからは、そんな自分の夢は一切捨てて、
 この剣も蔵にずっと隠していたんだけどね」

ルークの言葉にユウラが顔を上げた。
幼少期、父は確かに自分の剣術の上達を、
心底嬉しそうにそれは熱心に指導してくれたものだ。

その時を思い出してユウラは胸が熱くなった。

自分の剣が上達すれば父が喜んでもくれるものと、
一生懸命に剣を振るった。

いつかその傍らに立つという夢を確かに共有していたのだ。

だけどいつからか、父は自分が剣を握ることを喜ばなくなった。
女は女らしくあれと言われて、遠ざけられた。
そのことが自分はひどく寂しかった。

「ユウラが立派な騎士になった暁には、それを渡してやれってさ」

ユウラがしげしげとその剣を見つめ、そして剣を鞘に納めた。

「今の私にはまだ早いです。
 私が一人前の騎士になったら、
 そのときあなたがもう一度私にこれを渡してくださいませんか?」

そういってユウラがルークに剣を差し出すと、
ルークがじっとユウラを見つめた。

「じゃあ君はいつになったら一人前になるの?」

ルークの言葉に、ユウラがはっとしたように目を見開いた。

「ウォルフはすでに戦場にいて、
 君はその横に立つための力を得ようとしているだろう?
 だったら、ウォルフからも、この剣からも逃げてはいけない。
 ちゃんとその手に握って、使いこなしてみせなよ」

ルークの鳶色の瞳が深い。
何もかもを見透かすような、どこか神さびたその雰囲気に気圧されそうになる。

ユウラはぐっと自身の下腹に力を入れた。

「わかりました。ウォルフにもこの剣にも、恥じない私になります。
 ご教授、よろしくお願いします」

そういってユウラがルークに頭を下げた。

「good!」

そういってルークが大きく頷いた。

「シェバリエはね、原則自分の体感そのままに機体を動かすことになるから、
 自身が装備する剣っていうのは結構重要な要素なんだよ。
 ユウラには是非その聖剣を使いこなして欲しいんだ」

ユウラはデュランダルをその手に構えた。
 




 
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