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72.立体映像1
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その声の主に、ルークが引きつった笑みを浮かべた。
「ひとこと言っておくけど、ユウラを泣かせているのは
僕ではなくて、あくまで君だからね」
ユウラが驚いたように振り返る。
「ウォルフ?」
そこには黒のスウェットの上下を着たウォルフが佇んでいた。
まるで風呂上りのように髪が濡れており、前髪を下ろしている。
完璧にプライベートモードのウォルフに、ユウラは違和感を覚える。
「立体映像なんだ。軍の回線を使ってさっき繋いだ」
そういってルークがユウラに受信機を手渡した。
「L4宙域での交渉を早々にまとめ上げ、
急遽父上のもとに駆けつけて、要塞の奪還に成功し、
停戦に持ち込んだらしいよ。
そういうわけで戦況は少し落ち着いていて、今は軍の宿舎にいるらしいんだ。
着艦からこの短期間で、さすがだよね」
ルークがそう言いながら、少し目を細めてウォルフを見つめた。
「心ならずも、お前たちの父であるハルマ殿を負傷させてしまった。
許せ」
ウォルフがルークとユウラに向き合って頭を下げた。
「それは違うよ、ウォルフ。君がいたから父の部隊も、父も助かったんだ。
君にはどう礼を言っていいかわからない」
ルークが真摯な眼差しをウォルフに向けた。
二人のやり取りをユーラが目を瞬かせながら見つめている。
そんなユウラにルークが表情を和らげた。
「それとお前のWhite Wingで、国内の様子に目を光らせておいてくれ。
確かなことは言えないが、どうやら国内に内通者がいるようだ」
厳しい表情を浮かべるウォルフに、ルークが咳ばらいを一つした。
その咳払いに、ウォルフははっとしたようにユウラの存在を思い出した。
「僕は人の恋路を邪魔して馬に蹴られるのはまっぴらごめんだからね。
これで失礼するよ」
ルークはそう言うと、ひらひらと手を振ってその場を外した。
「ウォルフ……」
ユウラが食い入るようにウォルフを見つめた。
その姿を前にして、言いたいことがたくさんあるような気がした。
だけどあふれ出てくる言葉はどれも陳腐で、
この心を表現することはできないような気がした。
目の前にある映像はやたらと現実的で、
あたかも目の前にその人がいるかのように見える。
それこそこの手を伸ばせば、
その愛しい存在に触れることができるのではないかという、
ひどく残酷な錯覚を起こさせる。
「よ……ようっ! 元気だったか?」
急にウォルフが赤面し、その動作がぎこちなくなる。
それでも自分に向けられたウォルフの眼差しは、
映像を通しても変わらず優しい。
(ウォルフはきっと私の泣き顔が苦手だ。
それに戦場と言う場所で命を懸けて戦っているこの人に、
そもそも涙などは見せてはいけないのだ)
ユウラは溢れそうになる言葉と涙を飲み込んで微笑む。
そんなユウラに、ウォルフが目を細める。
「へたくそっ! この俺に嘘の笑顔を見せるくらいなら、
いっそのこと、この胸の中で号泣してしまえ。
俺にお前の心を偽ることは許さない」
ウォルフが半眼になって、低く囁いて寄こす。
そんなウォルフをユウラは真っすぐに見据える。
「ええ、そうです。
本心を言えば泣きたいと思っています。
泣いて、泣いて、泣いて……あなたの胸で泣き崩れてしまいたいと。
だけど今は我慢します」
そう言ってユウラは微笑んだ。
「ふぅん。意地っ張りだな」
面白くなさそうに、ウォルフが呟いた。
「そうですよ。今私は必死で意地を張っているんです。
戦場にいるあなたの前で決して泣いてはいけないと、
あなたには無事に帰ってきてほしいから」
ユウラの意思とは反して、微かに声が震えてしまう。
それでもユウラは、凛とした表情でウォルフに向き直った。
ユウラの鳶色の瞳が濡れている。
ウォルフはハッとした。
これは紛れもなく自分を想って濡らした瞳なのだ。
ユウラの隠した涙の強さを、ウォルフは美しいと思った。
「どう? 可愛くない婚約者で、呆れたでしょう?」
茶目っ気たっぷりにユウラがそういって寄こす。
「それにそもそも立体映像なんですから、
あなたも私を抱きしめることなんて、できないでしょう?」
ユウラが精いっぱい強がって、笑って見せる。
「ユウラ」
ウォルフが低く囁いて寄こす。
恋う人にその名前を呼ばれる甘い疼きが、ユウラの中に満ちる。
「すっげー可愛い」
ウォルフは熱に浮かされたようにユウラに囁く。
刹那、その目を見開いたユウラの前に、ウォルフの顔が近づいてくる。
触れることのできない口付けが、その唇を掠めると、
たまらずユウラの頬に涙が伝った。
「ウォルフの……ばかッ!
泣かないって……決めてたのに……」
ユウラの嗚咽に、ウォルフが目を細める。
「ヤバいな。俺も今すぐにお前のもとに駆けていって、
お前を抱きしめたくなっちまった」
ユウラはウォルフの顔を見ることができなかった。
ウォルフの顔を見てしまえばきっと、口走ってしまう言葉がある。
女としての自分がその言葉を口走ってしまうことを、
ユウラは自分に許してやることはできない。
例えこの胸が押しつぶされそうとも。
ユウラは唇をきつく噛んだ。
「ユウラ、ちゃんと俺を見ろ。
俺から目を反らすな」
ウォルフが囁いて寄こす。
ユウラは涙で濡れた瞳をウォルフに向ける。
「ユウラ、好きだ。
いま俺、すっげぇーお前に会いたい」
そう囁いて寄こすこの男の熱量と、
自分が流す涙の熱は果たしてどちらが熱いのか。
ユウラには見当がつきかねる。
「ひとこと言っておくけど、ユウラを泣かせているのは
僕ではなくて、あくまで君だからね」
ユウラが驚いたように振り返る。
「ウォルフ?」
そこには黒のスウェットの上下を着たウォルフが佇んでいた。
まるで風呂上りのように髪が濡れており、前髪を下ろしている。
完璧にプライベートモードのウォルフに、ユウラは違和感を覚える。
「立体映像なんだ。軍の回線を使ってさっき繋いだ」
そういってルークがユウラに受信機を手渡した。
「L4宙域での交渉を早々にまとめ上げ、
急遽父上のもとに駆けつけて、要塞の奪還に成功し、
停戦に持ち込んだらしいよ。
そういうわけで戦況は少し落ち着いていて、今は軍の宿舎にいるらしいんだ。
着艦からこの短期間で、さすがだよね」
ルークがそう言いながら、少し目を細めてウォルフを見つめた。
「心ならずも、お前たちの父であるハルマ殿を負傷させてしまった。
許せ」
ウォルフがルークとユウラに向き合って頭を下げた。
「それは違うよ、ウォルフ。君がいたから父の部隊も、父も助かったんだ。
君にはどう礼を言っていいかわからない」
ルークが真摯な眼差しをウォルフに向けた。
二人のやり取りをユーラが目を瞬かせながら見つめている。
そんなユウラにルークが表情を和らげた。
「それとお前のWhite Wingで、国内の様子に目を光らせておいてくれ。
確かなことは言えないが、どうやら国内に内通者がいるようだ」
厳しい表情を浮かべるウォルフに、ルークが咳ばらいを一つした。
その咳払いに、ウォルフははっとしたようにユウラの存在を思い出した。
「僕は人の恋路を邪魔して馬に蹴られるのはまっぴらごめんだからね。
これで失礼するよ」
ルークはそう言うと、ひらひらと手を振ってその場を外した。
「ウォルフ……」
ユウラが食い入るようにウォルフを見つめた。
その姿を前にして、言いたいことがたくさんあるような気がした。
だけどあふれ出てくる言葉はどれも陳腐で、
この心を表現することはできないような気がした。
目の前にある映像はやたらと現実的で、
あたかも目の前にその人がいるかのように見える。
それこそこの手を伸ばせば、
その愛しい存在に触れることができるのではないかという、
ひどく残酷な錯覚を起こさせる。
「よ……ようっ! 元気だったか?」
急にウォルフが赤面し、その動作がぎこちなくなる。
それでも自分に向けられたウォルフの眼差しは、
映像を通しても変わらず優しい。
(ウォルフはきっと私の泣き顔が苦手だ。
それに戦場と言う場所で命を懸けて戦っているこの人に、
そもそも涙などは見せてはいけないのだ)
ユウラは溢れそうになる言葉と涙を飲み込んで微笑む。
そんなユウラに、ウォルフが目を細める。
「へたくそっ! この俺に嘘の笑顔を見せるくらいなら、
いっそのこと、この胸の中で号泣してしまえ。
俺にお前の心を偽ることは許さない」
ウォルフが半眼になって、低く囁いて寄こす。
そんなウォルフをユウラは真っすぐに見据える。
「ええ、そうです。
本心を言えば泣きたいと思っています。
泣いて、泣いて、泣いて……あなたの胸で泣き崩れてしまいたいと。
だけど今は我慢します」
そう言ってユウラは微笑んだ。
「ふぅん。意地っ張りだな」
面白くなさそうに、ウォルフが呟いた。
「そうですよ。今私は必死で意地を張っているんです。
戦場にいるあなたの前で決して泣いてはいけないと、
あなたには無事に帰ってきてほしいから」
ユウラの意思とは反して、微かに声が震えてしまう。
それでもユウラは、凛とした表情でウォルフに向き直った。
ユウラの鳶色の瞳が濡れている。
ウォルフはハッとした。
これは紛れもなく自分を想って濡らした瞳なのだ。
ユウラの隠した涙の強さを、ウォルフは美しいと思った。
「どう? 可愛くない婚約者で、呆れたでしょう?」
茶目っ気たっぷりにユウラがそういって寄こす。
「それにそもそも立体映像なんですから、
あなたも私を抱きしめることなんて、できないでしょう?」
ユウラが精いっぱい強がって、笑って見せる。
「ユウラ」
ウォルフが低く囁いて寄こす。
恋う人にその名前を呼ばれる甘い疼きが、ユウラの中に満ちる。
「すっげー可愛い」
ウォルフは熱に浮かされたようにユウラに囁く。
刹那、その目を見開いたユウラの前に、ウォルフの顔が近づいてくる。
触れることのできない口付けが、その唇を掠めると、
たまらずユウラの頬に涙が伝った。
「ウォルフの……ばかッ!
泣かないって……決めてたのに……」
ユウラの嗚咽に、ウォルフが目を細める。
「ヤバいな。俺も今すぐにお前のもとに駆けていって、
お前を抱きしめたくなっちまった」
ユウラはウォルフの顔を見ることができなかった。
ウォルフの顔を見てしまえばきっと、口走ってしまう言葉がある。
女としての自分がその言葉を口走ってしまうことを、
ユウラは自分に許してやることはできない。
例えこの胸が押しつぶされそうとも。
ユウラは唇をきつく噛んだ。
「ユウラ、ちゃんと俺を見ろ。
俺から目を反らすな」
ウォルフが囁いて寄こす。
ユウラは涙で濡れた瞳をウォルフに向ける。
「ユウラ、好きだ。
いま俺、すっげぇーお前に会いたい」
そう囁いて寄こすこの男の熱量と、
自分が流す涙の熱は果たしてどちらが熱いのか。
ユウラには見当がつきかねる。
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