60 / 118
60.冷たい世界
しおりを挟む
「ウェラルド教官のその理論は、
はっきり言っておかしいと思います」
緑色の隊服を着た女性の士官候補生が、
イザベラに食って掛かっている。
「あら、どうして?」
イザベラは不思議そうに首を傾げる。
「だって戦争に主義主張を掲げなければ、
それは単なる殺戮の行為になってしまうわ。
私たちレッドロラインは、
そんな卑劣な行為の為に戦っているわけではない。
この銀河に真の平和と協調を
もたらすために私たちは命をかけて剣を取るのですっ!」
熱を帯びて、
そう語る士官候補生をイザベラが冷笑した。
「まあ、それは崇高な理想ですこと」
そんなイザベラに、
士官候補生たちはきつい眼差しを向ける。
(イザベラ・ウェラルドさんは、
どうやら対人関係が苦手らしい)
たまたまその場に出くわしてしまった、
ルーク・レイランドは気まずそうに目を瞬かせた。
「だけど、随分と甘ちゃんでいらっしゃるのね。
そのような理想論では、戦場では生き残れませんことよ?
軍に所属するということは、国家の捨て駒になるということを
公に言い表すことだとわたくしは思うの。
ゆえに個人の自由意志などは持つべきではないわ。
そこには歯車のひとつとして、
そしてただの捨て駒としての矜持を持たなくては」
そう言って肩をそびやかすイザベラに、
「捨て駒ですって? こんな人のことを教官だとは認めないわ!
行きましょう」
士官候補生たちが眉を吊り上げて、背を向ける。
(あちゃー、やっちゃったよ、この人)
そんな士官候補生たちの背中を見送るルーク・レイランドが
苦笑した。
「やあ! イザベラ・ウェラルドさん」
ルークが声をかけると、
イザベラの顔からすっと笑みが引いた。
「君の理論も、一理あると僕は思うよ。
どんなに耳障りのいい理想論を掲げたところで、
現実は確かに君の言う通りだ。
だけど君は……」
ルークが言葉を切った。
「言い方があるだろうって?
いくらあなたが私の先輩だとはいえ、
お説教はまっぴらよ。
聞きたくもない」
そう言ってイザベラが顔を背ける。
「そんな野暮なことはしないよ。
ただ君は、あまりにも冷たい世界で生きているんだね」
ルークの言葉に、イザベラは唇を引き結んだ。
「そう言えば君は、僕を殺しに来たんだったよね。
やっぱり君の国は、君のことを、君が言う通り、
ただの歯車として、捨て駒として扱ったの?」
イザベラを見つめるルークの鳶色の瞳に、
痛みが過る。
「レイランド教官はとても答えにくい質問をなさるのね。
わたくしには否とも是とも答えようがありませんわ。
だけど世界とは、もともと冷たいものなのですわ。
冷たくて、残酷で、凍えてしまいそうになる」
そう言って、イザベラは頼りなく自身の身体を抱いた。
イザベラの脳裏に、自身の育ての親である父の乳母の
今際の際の台詞が蘇る。
『イザベラ様、あなた様は
サイファリア国王のご息女であられます』
父がその侍女に手をつけて、
そして孕んだのが自分なのだと。
母は自分を産んですぐに、王太后の手の者に惨殺され、
墓石も卒塔婆もない粗末な墓に葬られたのだと。
そして父は、何食わぬ顔をして現サイファリア王妃を迎えた。
その王妃が産んだのが、
王太子ゼノア・サイファリアと
その双子の妹、セシリア・サイファリアだ。
輝くような金色の髪に、翡翠色の瞳を持つ、
とても美しいこの弟妹を見る度に、
イザベラは複雑な思いに囚われる。
兄弟として彼らを愛おしいと思う一方で、
その情を、そしてその人生をめちゃめちゃに引き裂いてやりたいという、
相反した思いが、この身を引き裂きそうになる。
イザベラの身体が震える。
それは凍えてしまいそうになる、冷たい心の闇のせいなのか、
それともこの身を燃やし尽くす、憎しみの焔の所為なのか、
イザベラには見当がつかない。
自身でもまた、その感情を持て余す。
そんなイザベラに、ルークは自身の上着を着せかけた。
「なにを?」
イザベラが驚きに目を見開いた。
「君を抱きしめるわけにはいかないからね。
だけどせめて、君が少しでも温まればいいなと思う」
そう言ってルークはイザベラに微笑みかける。
「あなたの命を狙う者を、いわばあなたの敵を、
温めてどうなさるおつもり?
汝、汝の敵を愛せよなどと、
そんな救世主を気取るつもりなのかしら?」
イザベラが呆けたように、ルークを見つめた。
「そんな大袈裟なものじゃないよ。
辛そうな同僚を元気付けたいだけ、
って言ったら信じてくれない?」
ルークが小首を掲げて、イザベラを窺う。
「同僚……ですか」
そんなルークに、
イザベラが少しだけ表情を弛めた。
「今は……そうでしょう?
それが仮の姿だとしても」
ルークの言葉に、イザベラが口を噤んだ。
「確かにそうですわね。
だけどあなた、おかしな人ね。
あなたのような人に、初めて出会ったわ」
そう言ってイザベラがルークに笑いかけた。
「もっとも会って良かったのか、
悪かったのかは、わたくしには判断がつきかねるけれども」
イザベラは複雑な表情を浮かべる。
「そう? 僕は君に会えて嬉しいけど?」
ルークが少し、はにかんだ様に、
イザベラに向き合った。
はっきり言っておかしいと思います」
緑色の隊服を着た女性の士官候補生が、
イザベラに食って掛かっている。
「あら、どうして?」
イザベラは不思議そうに首を傾げる。
「だって戦争に主義主張を掲げなければ、
それは単なる殺戮の行為になってしまうわ。
私たちレッドロラインは、
そんな卑劣な行為の為に戦っているわけではない。
この銀河に真の平和と協調を
もたらすために私たちは命をかけて剣を取るのですっ!」
熱を帯びて、
そう語る士官候補生をイザベラが冷笑した。
「まあ、それは崇高な理想ですこと」
そんなイザベラに、
士官候補生たちはきつい眼差しを向ける。
(イザベラ・ウェラルドさんは、
どうやら対人関係が苦手らしい)
たまたまその場に出くわしてしまった、
ルーク・レイランドは気まずそうに目を瞬かせた。
「だけど、随分と甘ちゃんでいらっしゃるのね。
そのような理想論では、戦場では生き残れませんことよ?
軍に所属するということは、国家の捨て駒になるということを
公に言い表すことだとわたくしは思うの。
ゆえに個人の自由意志などは持つべきではないわ。
そこには歯車のひとつとして、
そしてただの捨て駒としての矜持を持たなくては」
そう言って肩をそびやかすイザベラに、
「捨て駒ですって? こんな人のことを教官だとは認めないわ!
行きましょう」
士官候補生たちが眉を吊り上げて、背を向ける。
(あちゃー、やっちゃったよ、この人)
そんな士官候補生たちの背中を見送るルーク・レイランドが
苦笑した。
「やあ! イザベラ・ウェラルドさん」
ルークが声をかけると、
イザベラの顔からすっと笑みが引いた。
「君の理論も、一理あると僕は思うよ。
どんなに耳障りのいい理想論を掲げたところで、
現実は確かに君の言う通りだ。
だけど君は……」
ルークが言葉を切った。
「言い方があるだろうって?
いくらあなたが私の先輩だとはいえ、
お説教はまっぴらよ。
聞きたくもない」
そう言ってイザベラが顔を背ける。
「そんな野暮なことはしないよ。
ただ君は、あまりにも冷たい世界で生きているんだね」
ルークの言葉に、イザベラは唇を引き結んだ。
「そう言えば君は、僕を殺しに来たんだったよね。
やっぱり君の国は、君のことを、君が言う通り、
ただの歯車として、捨て駒として扱ったの?」
イザベラを見つめるルークの鳶色の瞳に、
痛みが過る。
「レイランド教官はとても答えにくい質問をなさるのね。
わたくしには否とも是とも答えようがありませんわ。
だけど世界とは、もともと冷たいものなのですわ。
冷たくて、残酷で、凍えてしまいそうになる」
そう言って、イザベラは頼りなく自身の身体を抱いた。
イザベラの脳裏に、自身の育ての親である父の乳母の
今際の際の台詞が蘇る。
『イザベラ様、あなた様は
サイファリア国王のご息女であられます』
父がその侍女に手をつけて、
そして孕んだのが自分なのだと。
母は自分を産んですぐに、王太后の手の者に惨殺され、
墓石も卒塔婆もない粗末な墓に葬られたのだと。
そして父は、何食わぬ顔をして現サイファリア王妃を迎えた。
その王妃が産んだのが、
王太子ゼノア・サイファリアと
その双子の妹、セシリア・サイファリアだ。
輝くような金色の髪に、翡翠色の瞳を持つ、
とても美しいこの弟妹を見る度に、
イザベラは複雑な思いに囚われる。
兄弟として彼らを愛おしいと思う一方で、
その情を、そしてその人生をめちゃめちゃに引き裂いてやりたいという、
相反した思いが、この身を引き裂きそうになる。
イザベラの身体が震える。
それは凍えてしまいそうになる、冷たい心の闇のせいなのか、
それともこの身を燃やし尽くす、憎しみの焔の所為なのか、
イザベラには見当がつかない。
自身でもまた、その感情を持て余す。
そんなイザベラに、ルークは自身の上着を着せかけた。
「なにを?」
イザベラが驚きに目を見開いた。
「君を抱きしめるわけにはいかないからね。
だけどせめて、君が少しでも温まればいいなと思う」
そう言ってルークはイザベラに微笑みかける。
「あなたの命を狙う者を、いわばあなたの敵を、
温めてどうなさるおつもり?
汝、汝の敵を愛せよなどと、
そんな救世主を気取るつもりなのかしら?」
イザベラが呆けたように、ルークを見つめた。
「そんな大袈裟なものじゃないよ。
辛そうな同僚を元気付けたいだけ、
って言ったら信じてくれない?」
ルークが小首を掲げて、イザベラを窺う。
「同僚……ですか」
そんなルークに、
イザベラが少しだけ表情を弛めた。
「今は……そうでしょう?
それが仮の姿だとしても」
ルークの言葉に、イザベラが口を噤んだ。
「確かにそうですわね。
だけどあなた、おかしな人ね。
あなたのような人に、初めて出会ったわ」
そう言ってイザベラがルークに笑いかけた。
「もっとも会って良かったのか、
悪かったのかは、わたくしには判断がつきかねるけれども」
イザベラは複雑な表情を浮かべる。
「そう? 僕は君に会えて嬉しいけど?」
ルークが少し、はにかんだ様に、
イザベラに向き合った。
10
お気に入りに追加
131
あなたにおすすめの小説
地獄の業火に焚べるのは……
緑谷めい
恋愛
伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。
やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。
※ 全5話完結予定
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】
迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。
ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。
自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。
「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」
「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」
※表現には実際と違う場合があります。
そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。
私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。
※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。
※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。
婚約破棄されたら魔法が解けました
かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」
それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。
「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」
あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。
「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」
死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー!
※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です
侍女が私の婚約者を寝取りました~幸せになんてさせませんよ~
京月
恋愛
貴族令嬢のリンナはある日自宅に帰ると婚約者のマーカスと侍女のルルイが寝室で愛を深めていた。
「絶対に許さない!あんたの思い通りになんてさせないわよ!!」
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った
五色ひわ
恋愛
辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。
※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる