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54.まほろば

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「たった一機のあのふざけたシェバリエに、
 部隊を全滅させられたですって?」

フレイア・アーザスは、
アーザス国一番艦『イカロス』の司令官席を立ちあがった。

「おっ……お許し下さい、フレイア様っ!」

ただ一人逃げ帰ってきた中将が、
その場に平伏し、震えている。

「わたくしの部隊に無能者バカはいらないわ」

フレイアは中将の前に立ち、
にっこりと微笑んで見せた。

「おっ……お許し下さいっ!」

しかしなおも中将はフレイアの前に平伏し、
自身の命を乞い求める。

「あなたには、戦争に対する美学というものがないのね。
 わたくしはね、こう思うの。
 勝つために手段は選ばなくていい。
 卑怯と罵られたって構わないわ。
 勝つことが全てなの。
 あなたのように部下達をすべて犠牲にしても、
 そのことを責めるつもりはない。
 わたくしが同じ立場であっても、きっとそうしたわ。
 でもね、あなたはただ逃げ帰っただけ。
 勝利をもたらすこともなく、
 ただわたくしの前に醜い蛙のようにひれ伏して
 赦しを請うだけの無能者だわ」

フレイアが悲し気に顔を曇らせる。

「お許し……下さい。お許し……下さい」

それでも中将はただ、涙を流してフレイアに自身の命を請う。

「おやめなさい」

フレイアの赤いピンヒールが、
容赦なく床についた中将の手の甲を踏みにじる。

「ぐぁああああああ!」

中将の悲鳴がブリッジに響き渡る。

「戦争というものはね、相手の命を奪う行為なの。
 だからせめてそこには、自分の命をお賭けなさい。
 死を恐れてはいけないわ。
 この失態は死をもって償いなさい」

フレイアが目配せをすると、
脇に控える士官が中将を連行する。

王族専用船『クレア』から、
この船に赴いた仮面の女騎士は、
ただ黙って、この光景を眺めている。

フレイアは司令官席に戻り、
冷静な眼差しでモニターを眺める。

「いつまで黙っているつもり?
 レッドロラインの厄介者の始末を引き受けたはいいものの、
 結果は見ての通り、我が国の軍は甚大な被害を受けた。
 それとも、これこそがレッドロラインの狙いなのかしら?」

そう言ってフレイアは足を組んだ。

「いえ、そんなことは」

仮面の女騎士が立ち上がり、フレイアの前に跪く。

「ねえ、どうして仮面なんて被っているの?
 気に入らないわ」

そういってフレイアが酷薄な笑みを浮かべる。

「美しいプラチナブロンドだこと。
 まるで月の光で紡がれた銀の糸のようね」

そう言って不意に仮面の女騎士の髪に触れる。

「その仮面の下はきっと、
 息を飲むほどの美女に決まっているわ。
 そんなあなたの素顔を見てしまえば、
 わたくしはきっとひどく嫉妬してしまうわね」

そう言ってフレイアが少し目を細めた。

「まあ、いいわ。今日のところは許してあげる。
 あなたはレッドロラインの貢ぎ物ですもの。
 そうよ、いいことを思いついたわ。
 あなたの代わりに、
 あのふざけたシェバリエの化けの皮を剥がしていただけるかしら?
 師団クラスの軍事力をもってしても、
 未だ被弾一つしていないようだけれど」

フレイアの言葉に、仮面の女騎士が顔を上げる。

「……御意」

仮面の女騎士は立ち上がり、
シェバリエの格納庫に歩みを進める。

軍靴の音がフロアに甲高く響く。

宛がわれた機体は、
濃紺に三日月のエンブレムを戴く特別仕様のシェバリエだ。

セレーネの脳裏に、一瞬過る光景があった。

宇宙そらの戦域で、
ビームライフルによって自身が乗るシェバリエが打ち抜かれ、
大破する場面だ。

視界が血の色に染まって、そこで記憶は途切れるのだ。

誰かが憎かったわけではない。
ただ愛する者を守りたかった。

そのために必死に剣を振るい、
そして気が付いたら、そんなことになっていた。

フレイアの前で泣いて命を請うた中将を、
自分は笑うことはできないとセレーネは思う。

やっぱり死は怖い。

暗くて、寒くて、凍えてしまいそうになるから。

セレーネは宛がわれた機体に乗り込む。

「Secret Guest セレーネ・ウォーリア『まほろば』出るぞ!」

セレーネは宛がわれた機体を『まほろば』と名付けた。

まほろばとは、かつて存在したとされる
倭の国の理想郷なのだという。

「倭は国のまほろば たたなづく 
 青垣 山隠れる 倭うるはし」

知らず、セレーネの唇がこの歌を口ずさんだ。

物心ついたころに、祖母の膝の上で
よくこの歌を聞いた。

温かで、優しい記憶。

宇宙に生きる自分たちにとって、
地球はあまりにも遠い。

先ほど聞いたフレイアの言葉は、
セレーネにとっても正論のように感じる。

それでも、戦争も憎しみもない理想郷、
そんな温かな夢物語を、今、この胸に抱いていないと、
凍えてしまいそうになる。

セレーネの視界に、妙な張りぼてを被ったシェバリエが、
孤高の戦場を翔ける。

「あのバカは……相変わらずだな」

セレーネの眼差しが懐かしさに潤む。

胸を締め付けるほどの感傷を断ち切るように
セレーネはビームサーベルを抜いた。

一瞬の閃光の後で、
対峙するシェバリエの張りぼてが剥がれ落ちる。

戦場にいる誰しもが、
そこに現れたシェバリエの真の姿に息を飲んだ。

白を基調としたほっそりとしたボディーに、
胴体部分には黒の鎧を纏い、関節部分が金色に輝く。
そして装備した盾には、獅子に牡丹の紋章が刻まれている。

「獅子に牡丹の紋章っ!あれはっ! 
 戦場の黒公女死神プリンセスの機体、ラルクアンシェルっ!」






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