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48.オリビアvsハイデンバーグ大公

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王宮のまわりを取り囲み、
喧しい声を張り上げては、デモ行進が続いていく。

「オリビア皇女は売国奴! 
 レッドロラインの恥じ!」

そんな侮蔑の言葉を聞き流し、
オリビアは円卓に座る。

国政を司る上層部の会議には、
現在留守中のフランツ王の姿はない。

貴族院の中枢のメンバーが、
この円卓に坐している。

そしてそのメンバーのほぼ全員が、
ハイデンバーグ大公の配下にある。

「やや、これはいけませんなぁ、オリビア皇女殿下。
 あなた様の寛大なる御意向が
 どうやら下賤の民には理解できぬらしいですな」

大公が大仰に眉を顰めて見せた。

「下賤の民……でございますか? 大公殿下」

そう言ってオリビアは艶やかに微笑みを浮かべる。

「何をもって下賤とおしゃるのかはわかりかねますが、
 この国の民が、『女神の王冠』の放棄を喜んでいないことを、
 理解していますわ」

そう言って、オリビアははらりと洋扇子を開いた。

親骨には希少な象牙が使われ、
扇面には豪奢な牡丹が描かれている。

「はっ? 演出ですと?」

大公の眼差しがきつくなる。

「それにわたくしの意向を理解してくださらないのは、
 民ではなくて、むしろ大公殿下、
 あなたなのではありませんか?」

オリビアは憂いを帯びた視線を大公に送り、
口元を洋扇子で覆って見せる。

「無理もありませんわね。だって大公殿下と、
 その配下にある王の高官の皆さま方は、
 もはやこの国の政などには興味はなく、
 私腹を肥やすことのみに
 躍起になっておいでなのですもの。
 そのような色眼鏡でわたくしを見るなら、
 わたくしはただの厄介者。
 到底分かり合えるはずがございませんわね」

オリビアの言葉に、大公が小ばかにするような
笑みを浮かべた。

「おやおや聡明をもって知られる、オリビア皇女殿下が、
 よもやそのような虚実をもって我々を愚弄するおつもりですか?」

大公は大仰に、
そしてあくまでも慇懃無礼に振舞って見せる。

「まあ、虚実だなんて。
 わたくし真実を申し上げただけですのよ」

オリビアが言葉を発すると
小波のような嘲笑が起こる。

「それを真実なのだというのなら、
 証拠を見せていただきたい。
 我々がいつ私腹を肥やしたのか」

大公が厳めしい眉を顰め、
低い声色でゆっくりと言葉を発した。

「証拠をお求めですか?
 胸に手を当てて反省する意思もないと?」
 
オリビアが面白そうに大公を窺う。

「反省もなにも、我々はフランツ王の父君であられた、
 先代デイビッド王の時代より、身命を賭してこの国に
 お仕えしてきた忠臣でございます。
 そのような我らによもやオリビア皇女殿下は、
 私腹を肥やしているとなどと仰せられるとは……。
 口は災いの元とはよく言いましたもので、
 証拠なき場合は、わかっておられましょうな?」

そう凄む大公の前に、
オリビアが一枚のディスクをちらつかせた。

「これな~んだ?」

そしてにっこりと笑う。

「テレレレッテレー! 裏帳簿」

ネコ型ロボ的に紹介してみると、
大公は口を閉ざした。

「売国奴はどっちだ? 
 ハイデンバーグ大公」

オリビアの声色が一オクターブ低くなる。

「それに俺は何も丸腰で『女神の王冠』の利益を放棄したわけではない。
 それに代わる次世代のICチップはすでに技術を確立している。
 ただそれを量産するにあたり、
 いくつかの特許をとある国から譲ってもらわなくてはならないがな」

オリビアのエメラルドの瞳が、
ハイデンバーグ大公を映し出すと、

あまりに底冷えのするその冷たい眼差しに、
ハイデンバーグ大公は思わず身震いした。

「随分派手に振舞っておられるようだが、
 貴殿の悪行など、とうの昔にお見通しというわけだ。
 その気になればいつでも失脚させる準備はあるぞ?」

オリビアは立ち上がり、
洋扇子でトントンと二回、
ハイデンバーグ大公の項に触れた。

象牙の冷たい感触に、
大公はごくりと生唾を飲んだ。

◇◇◇

「では、ごきげんよう」

そう言ってエマはその場を立ち去った。

そこに入れ替わるように、
カルシア・ハイデンバーグが姿を現して、

去っていくエマ・ユリアスの背中を見つめた。

「はっ……母上!」

エドガーが驚いたように目を見開いた。

カルシアはマルーンの髪をアップに結って、
華奢な身体のラインを強調する白のスーツを身に纏っている。

「そう驚くことではないでしょう? エドガー。
 わたくしだって、このアカデミーの理事なのよ?」

そう言ってエドガーに微笑みを浮かべる。

エドガーはその微笑みを、
世界で一番冷たい微笑みだと思う。

「先ほどの子、エマ・ユリアスといったかしら?
 確か大臣家の娘よね」

カルシアが微かに口角を上げた。
その唇のルージュが艶やかに濡れている。

そのルージュの艶めかしい赤と、
ユウラエルドレッドの燃えるような赤い髪が、
エドガーの中で交差する。

「さあ、知りませんよ。そんなこと」

エドガーが無機質な声色で言葉を紡ぐ。

(コノ 赤 ハ、世界 デ 一番残酷 ナ 色)

エドガーの顔から表情が抜け落ちる。

「まあ、照れなくてもいいのよ? エドガー。
 この件はいずれまた、ね。
 それよりも……」

カルシアは掲示板の、
破れたオリビア皇女の写真に目を留める。

「今はこちらをなんとかしなくては……ね?」

そう言って酷薄な笑みを浮かべた。

「理事会を招集するわ。
 人事権に関してはわたくしに任せてほしいの」

その言葉がエドガーの心臓を鷲掴みにする。

「母上っ!」
 
気が付けば叫んでいた。

エドガーの脳裏に先ほどのエマと交わした言葉が過る。

『ふんっ! 俺がそれを言ってどうなる?
 何かが変わるのか?
 この世界が変わるのか?』

それはエドガーにとって、自身の深いところにある
自身への問いでもある。

(それでも、それでも、
 今私がそれを言わなければ、姉上はっ……)

エドガーの中で何かがひどく警鐘を鳴らしている。

(二年前もそうだったではないか。
 偶然に見てしまったんだ。
 姉上が右腕と頼む、濃紫の瞳の女騎士を
 母はこうしてアカデミーの理事会の人事権を行使して、
 激戦地に送り……そして殺した……)

「なあに? わたくしの可愛いエドガー。
 あなたはわたくしの全て。
 だから何も心配しなくてもいいのよ?」

カルシアの囁きは甘い。
そして強かに毒を孕んでこの心を殺していく。

『さあ? それは分かりかねますが、
 何かを変えようという志を持って、
 言葉をお伝えになったのが、
 オリビア皇女殿下であり、
 自分には到底無理だと
 最初はなから尻尾を巻いておしまいになったのが、
 あなた様ですわね』

先ほどのエマの言葉が、エドガーの心に深く突き刺さっている。







 



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