45 / 118
45.虚構の英雄
しおりを挟む
ウォルフは控室に戻り、
オリビア皇女に戻る。
「ユウラには、ちゃんと会えたの?」
ルークの問いに、ウォルフは曖昧に笑う。
「ちゃんと……ではないがな。
一応元気な顔は見たといったところか」
ウォルフの脳裏に、
車に乗り込んだユウラの涙が過る。
(元気でもないがな)
そんな苦い言葉を飲み込む。
「そう。それは良かった」
ルークもタキシードに着替えて、
オリビアに手を差し出す。
「行くよ! 覚悟はいい?
何せ、ここからが本当の僕たちの戦場なのだから」
オリビアは差し出された、ルークの手に手を重ね、
大きく息を吸った。
「ああ、そうだな」
そう答えて、きつく前を見据える。
几帳を出てにこやかに手を振り、
花道を歩くオリビアに、人々は称賛を惜しまない。
レッドロラインの無敵の軍神、
この国を勝利に導き続けるこの英雄に、
ただ一途に妄信的な信頼を寄せている。
その重圧に、
オリビアは知らずきつく唇を噛みしめて耐える。
「虚構の英雄……か」
寂し気にオリビアが呟いた。
この場にいる誰もが、
本当の自分のことなど知りはしない。
18年前に殺害された姉のふりをして生き延びた、
哀れな王子のことなど知りはしないのだ。
「虚構の英雄……ねぇ。
だがそれは違う。
君こそが、真実なんだ」
隣に立つルークの鳶色の瞳が、
強い光を宿している。
「いつまで逃げ回るつもりなのさ?
逃げたって何も解決しないことは、
とっくに分かっているんでしょ?」
これはいつぞやに、
ルークに突き付けられた問いだ。
「出来るならば、うやむやにして
ずっと逃げ回っていたかったな」
そう言って、
オリビアは小さく肩をそびやかした。
「本当に往生際が悪いんだから。
人は皆、成すべきことを成すために生まれたのっ!
時間の無駄だから、早くしな」
そう言ってルークが隣で笑って見せる。
◇◇◇
「けしからん、実にけしからんな。
あの若造めがっ!」
ハイデンバーグ大公家の山荘に、
レッドロラインの重鎮たちが集められて、
酒を酌み交わしている。
話題は必然的に『女神の王冠』の利権の放棄を宣言した、
オリビア皇女への批判に集中している。
「あれはただの戦バカだ。
政治というものを全く理解していない。
『女神の王冠』の利権の放棄だと?
なぜそのようなことをしなければならない?
自国の領土で見つかった希少資源を売りさばいて何が悪い!」
ハイデンバーグ大公は、
憤る重鎮たちの愚痴を、
ほくそ笑みながら、
ただ黙って聞いている。
レッドロライン国領の小惑星M1で見つかった
希少資源『女神の王冠』は、
当初、国際条約に基づいて、
各近隣諸国に適正価格で供給されるはずだった。
しかし現実は、腐敗した高官たちが暴利を貪り、
正当な国家間の取引ができない状態に陥った。
そんな状況に不満を抱く国々が連合となって、
レッドロラインを取り囲み、
牙を剥いたのが、先の戦争である。
何度も同じ過ちを繰り返し、
その戦禍はとどまるところを知らない。
見かねたオリビアが、意を決して、
『女神の王冠』の利権の放棄を宣言したのだ。
しかし暴利を貪る高官たちを煽り、先頭に立つ人物こそが、
このハイデンバーグ大公なのだ。
レッドロライン国の現国王である、
フランツ・レッドロラインの叔父にして、
第二王妃カルシア・ハイデンバーグの父であり、
王太子エドガー・レッドロラインの祖父として君臨する、
絶対権力者である。
「正義と平和?
広がる戦禍に心を痛め?
はて、何を言っているのだか。
我々にはわかりかねますなあ。
戦火が広がれば、それだけ武器が売れるではないか。
そしてまた、金が儲かるというわけだ。
そのためにわざわざ高い費用をかけて
シェバリエを開発したのだから」
重鎮の一人が空のグラスを片手に持って、
千鳥足でハイデンバーグ大公のもとに歩いてくる。
「停戦なんてもってのほか。
争って、争って、しこたま争ってもらわなければ、
こちらは割に合わない。
ねえ、大公殿」
重鎮はそう言って空のグラスを
ハイデンバーグ大公の前に掲げた。
大公はそのグラスに、
年代物のワインを注ぐ。
重鎮は微笑みを浮かべて、
そのグラスをゆっくりと弧を描くように回してみせる。
どす黒い血のように、
ワインがグラスに絡みついて踊る。
「足りませんなあ。
これっぽちでは。
とてもじゃないが、
我々を酔わせることはできない。
酒槽を満たす程に、溢れ滴るほどに、
注いでいただかなくては」
そう言って重鎮は低く嗤った。
「左様でございますか。
それがこの場にお集まりいただいた皆様ご一致の、
ご意見ということでよろしゅうございますか?」
ハイデンバーグ大公は、笑みを称えて
「それでは、愚かなこの国のプロパガンダには、
そろそろご退場願うといたしましょうかな」
その場に集う者たちの顔を見まわした。
◇◇◇
翌朝、日が上ると、
「オリビア・レッドロラインは売国奴だ!」
王宮のまわりを群衆が囲み、
口々に罵りの言葉を叫ぶ。
怒号のような罵声に、ユウラが震える。
「大丈夫よ、ユウラ。
こちらにいらっしゃい」
そう言って、オリビアがユウラを抱き寄せる。
「全然……大丈夫じゃないです」
ユウラの拳が怒りに震えている。
「自分のことならともかく、
あなたが辱められることには耐えられない」
そういって、手負いの獣のように、
身体を震わせるユウラの肩口に、
オリビアは額をもたせ掛けた。
「ありがと……な」
そう呟いたオリビアの声に、
ユウラの目が見開かれる。
オリビア皇女に戻る。
「ユウラには、ちゃんと会えたの?」
ルークの問いに、ウォルフは曖昧に笑う。
「ちゃんと……ではないがな。
一応元気な顔は見たといったところか」
ウォルフの脳裏に、
車に乗り込んだユウラの涙が過る。
(元気でもないがな)
そんな苦い言葉を飲み込む。
「そう。それは良かった」
ルークもタキシードに着替えて、
オリビアに手を差し出す。
「行くよ! 覚悟はいい?
何せ、ここからが本当の僕たちの戦場なのだから」
オリビアは差し出された、ルークの手に手を重ね、
大きく息を吸った。
「ああ、そうだな」
そう答えて、きつく前を見据える。
几帳を出てにこやかに手を振り、
花道を歩くオリビアに、人々は称賛を惜しまない。
レッドロラインの無敵の軍神、
この国を勝利に導き続けるこの英雄に、
ただ一途に妄信的な信頼を寄せている。
その重圧に、
オリビアは知らずきつく唇を噛みしめて耐える。
「虚構の英雄……か」
寂し気にオリビアが呟いた。
この場にいる誰もが、
本当の自分のことなど知りはしない。
18年前に殺害された姉のふりをして生き延びた、
哀れな王子のことなど知りはしないのだ。
「虚構の英雄……ねぇ。
だがそれは違う。
君こそが、真実なんだ」
隣に立つルークの鳶色の瞳が、
強い光を宿している。
「いつまで逃げ回るつもりなのさ?
逃げたって何も解決しないことは、
とっくに分かっているんでしょ?」
これはいつぞやに、
ルークに突き付けられた問いだ。
「出来るならば、うやむやにして
ずっと逃げ回っていたかったな」
そう言って、
オリビアは小さく肩をそびやかした。
「本当に往生際が悪いんだから。
人は皆、成すべきことを成すために生まれたのっ!
時間の無駄だから、早くしな」
そう言ってルークが隣で笑って見せる。
◇◇◇
「けしからん、実にけしからんな。
あの若造めがっ!」
ハイデンバーグ大公家の山荘に、
レッドロラインの重鎮たちが集められて、
酒を酌み交わしている。
話題は必然的に『女神の王冠』の利権の放棄を宣言した、
オリビア皇女への批判に集中している。
「あれはただの戦バカだ。
政治というものを全く理解していない。
『女神の王冠』の利権の放棄だと?
なぜそのようなことをしなければならない?
自国の領土で見つかった希少資源を売りさばいて何が悪い!」
ハイデンバーグ大公は、
憤る重鎮たちの愚痴を、
ほくそ笑みながら、
ただ黙って聞いている。
レッドロライン国領の小惑星M1で見つかった
希少資源『女神の王冠』は、
当初、国際条約に基づいて、
各近隣諸国に適正価格で供給されるはずだった。
しかし現実は、腐敗した高官たちが暴利を貪り、
正当な国家間の取引ができない状態に陥った。
そんな状況に不満を抱く国々が連合となって、
レッドロラインを取り囲み、
牙を剥いたのが、先の戦争である。
何度も同じ過ちを繰り返し、
その戦禍はとどまるところを知らない。
見かねたオリビアが、意を決して、
『女神の王冠』の利権の放棄を宣言したのだ。
しかし暴利を貪る高官たちを煽り、先頭に立つ人物こそが、
このハイデンバーグ大公なのだ。
レッドロライン国の現国王である、
フランツ・レッドロラインの叔父にして、
第二王妃カルシア・ハイデンバーグの父であり、
王太子エドガー・レッドロラインの祖父として君臨する、
絶対権力者である。
「正義と平和?
広がる戦禍に心を痛め?
はて、何を言っているのだか。
我々にはわかりかねますなあ。
戦火が広がれば、それだけ武器が売れるではないか。
そしてまた、金が儲かるというわけだ。
そのためにわざわざ高い費用をかけて
シェバリエを開発したのだから」
重鎮の一人が空のグラスを片手に持って、
千鳥足でハイデンバーグ大公のもとに歩いてくる。
「停戦なんてもってのほか。
争って、争って、しこたま争ってもらわなければ、
こちらは割に合わない。
ねえ、大公殿」
重鎮はそう言って空のグラスを
ハイデンバーグ大公の前に掲げた。
大公はそのグラスに、
年代物のワインを注ぐ。
重鎮は微笑みを浮かべて、
そのグラスをゆっくりと弧を描くように回してみせる。
どす黒い血のように、
ワインがグラスに絡みついて踊る。
「足りませんなあ。
これっぽちでは。
とてもじゃないが、
我々を酔わせることはできない。
酒槽を満たす程に、溢れ滴るほどに、
注いでいただかなくては」
そう言って重鎮は低く嗤った。
「左様でございますか。
それがこの場にお集まりいただいた皆様ご一致の、
ご意見ということでよろしゅうございますか?」
ハイデンバーグ大公は、笑みを称えて
「それでは、愚かなこの国のプロパガンダには、
そろそろご退場願うといたしましょうかな」
その場に集う者たちの顔を見まわした。
◇◇◇
翌朝、日が上ると、
「オリビア・レッドロラインは売国奴だ!」
王宮のまわりを群衆が囲み、
口々に罵りの言葉を叫ぶ。
怒号のような罵声に、ユウラが震える。
「大丈夫よ、ユウラ。
こちらにいらっしゃい」
そう言って、オリビアがユウラを抱き寄せる。
「全然……大丈夫じゃないです」
ユウラの拳が怒りに震えている。
「自分のことならともかく、
あなたが辱められることには耐えられない」
そういって、手負いの獣のように、
身体を震わせるユウラの肩口に、
オリビアは額をもたせ掛けた。
「ありがと……な」
そう呟いたオリビアの声に、
ユウラの目が見開かれる。
10
お気に入りに追加
129
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
夫と息子は私が守ります!〜呪いを受けた夫とワケあり義息子を守る転生令嬢の奮闘記〜
梵天丸
恋愛
グリーン侯爵家のシャーレットは、妾の子ということで本妻の子たちとは差別化され、不遇な扱いを受けていた。
そんなシャーレットにある日、いわくつきの公爵との結婚の話が舞い込む。
実はシャーレットはバツイチで元保育士の転生令嬢だった。そしてこの物語の舞台は、彼女が愛読していた小説の世界のものだ。原作の小説には4行ほどしか登場しないシャーレットは、公爵との結婚後すぐに離婚し、出戻っていた。しかしその後、シャーレットは30歳年上のやもめ子爵に嫁がされた挙げ句、愛人に殺されるという不遇な脇役だった。
悲惨な末路を避けるためには、何としても公爵との結婚を長続きさせるしかない。
しかし、嫁いだ先の公爵家は、極寒の北国にある上、夫である公爵は魔女の呪いを受けて目が見えない。さらに公爵を始め、公爵家の人たちはシャーレットに対してよそよそしく、いかにも早く出て行って欲しいという雰囲気だった。原作のシャーレットが耐えきれずに離婚した理由が分かる。しかし、実家に戻れば、悲惨な末路が待っている。シャーレットは図々しく居座る計画を立てる。
そんなある日、シャーレットは城の中で公爵にそっくりな子どもと出会う。その子どもは、公爵のことを「お父さん」と呼んだ。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた
菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…?
※他サイトでも掲載中しております。

五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

番から逃げる事にしました
みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。
前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。
彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。
❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。
❋独自設定有りです。
❋他視点の話もあります。
❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる