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30.婚約指輪

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「なにっ? ハイネス・エーデンが、
 アーザス国の事務次官を殺害しただと?」

報告を受けたオリビア第一皇女が顔色を変える。

「あり得ん! でっちあげだっ! そんなのはっ!!!」

吐き出すようにそう言葉を発すると、
オリビアはテーブルの上に資料の束を放り出した。

ハイネス・エーデンは、
オリビアの父フランツ王の腹心中の腹心だ。

その誠実な性格は、オリビアもよく知っている。

そんなハイネスだからこそ、
ぎりぎりのこの局面での交渉を任せたのだ。

交渉の結果、力が及ばずの開戦なら、理解はできる。

だがハイネスが、他国の高官を殺めるなどとは、
天地がひっくり返ってもあり得ない。

「やや、これはいけませんなぁ、オリビア皇女殿下。
 残酷なようですが、これは事実でございます」

円卓に向かい合うのは、ハイデンバーグ大公だ。
白髪の入り混じる、厳めしい面構えのこの男は、
国王の叔父にあたる。

その口調にはありありと、
年若いオリビアへの侮りがある。
 
「アーザス国はすでに我が国に対して、宣戦布告をなし、
 24時間以内に大使館と国民の退去を命じております。
 のみならず、近隣諸国に我がレッドロラインを卑劣極まりない
 下等国と触れ回り、こうしている間にも、アーザス、リアンの連合に組する
 者たちは膨れ上がっております。
 オリビア皇女殿下には、速やかなるご決断を」

そう言って、低く嗤いを噛殺す。

ハイデンバーグ大公の横に坐すのは、カルシア第二王妃だ。
カルシアは王太子エドガーの母であり、
このハイデンバーグ大公の娘である。

マルーンの髪に赤いルージュが印象的なこの美女は、
今はきつく唇を引き結び、沈黙を守る。

まるで何かに耐えるかのように。

オリビアもまた唇を引き結ぶ。

今回の有事は父フランツ王の不在時に起きた。
王太子エドガーが成人していない今、
すべての決断は自分が行わなければならない。

短い逡巡の後で、オリビアが苦渋の決断を下す。

◇◇◇

「そういうわけでね、
 私オリビア様からロザリオを授かったの」

ウォルフとユウラがユニフォームこと、
お揃いのパジャマを着用し、お揃いのカップでお茶を飲む。
色違いのハートが斜めに飛んだ、マグカップである。

「ふ~ん、そうかよ。
 っていうか、悪かったな。
 なんか色々誤解させちまったらしくて」

ウォルフがやるせないため息を吐く。
ユウラの額には、包帯が巻かれている。

「お前のその傷は、
 俺にも責任の一端がある。許せ」

そう言ってウォルフがユウラに頭を下げた。

「ちょっ……ちょっと、ウォルフやめてよ。
 そんなんじゃ、ないんだって」

ユウラが焦って、取り乱すと、
すかさずウォルフがユウラをその胸に抱きすくめる。

「隙あり! じゃあ、
 そんなんじゃなければ、どんなんだ?」

そう言って、ウォルフがニヤリと笑う。

「騙したのねっ!」

ユウラが悔しそうな顔をする。

「騙してねぇよ? めちゃくちゃ心配したし」

一瞬、真顔になったウォルフに、ユウラが口を噤む。

「私の方こそ、ごめんね。
 いつも心配かけて」

ユウラがしょんぼりと肩を落とす。

ウォルフが微かに目を細めて、
ユウラの華奢な首筋に視線を這わす。

金の細いチェーンを目で追うと、
満足そうに笑みを浮かべた。

「っていうか、ロザリオそれ、似合ってる」

ウォルフの言葉に、
ユウラが目を瞬かせる。

「ウォルフって、なんか最近変わったよね。
 大人になったっていうか、
 寛大になったっていうか……」

ユウラが感慨に耽る。

「全っ然寛大じゃねぇぞ? 
 この前もお前に作ってもらった弁当の卵焼きをルークに横取りされて、
 マジギレしたし?」

そんなウォルフの言葉に、
ユウラがぷっと噴き出す。

「オリビア様には嫉妬しないの?」

ユウラが首を傾げる。

「そっ……そりゃあ、オリビア様は女性だし?
 別に嫉妬したりは……」

ウォルフが言葉をうやむやにする。

「分からないわよ? 何せ契約の妹スールは、
 生も死も共に分ち合う特別な存在なんだから」

ユウラがウォルフを覗き込んで、いたずらっぽく笑うと、
ウォルフが拗ねたように、むーっと口を突き出した。

「嘘! 前言撤回、本当はめちゃめちゃ嫉妬してますぅ。
 だからこれ!」

そう言ってウォルフは、
パジャマのポケットから小箱を取り出して、
ユウラに突き付ける。

「ほらっ! 給料三か月分っ! 
 俺のお前への想いなんだから、
 いらないなんて言うなよな」

ウォルフが赤面して、そっぽを向いた。
ユウラが震える手でそれを受け取る。

「出征命令が……出されたのね」

ユウラが下を向く。

小箱を開くと、ユウラに似合うよう、
繊細に加工されたダイヤの指輪が鈍く輝いている。

「ウォルフがつけて」

ユウラはなんとか笑みを取り繕う。

ウォルフの闇色の眼差しが、切なげに揺れて、
ユウラの華奢な指に、指輪を滑らせる。

「ユウラ、お前は俺の妹なんかじゃない。
 お前は俺の女だ」

ウォルフの闇色の瞳に魅入られて、
ユウラは身動きができない。

ウォルフの掌がユウラの頬を包み込むと、
唇が重なる。

刹那、ユウラの瞳から涙が零れた。

◇◇◇

翌朝、ウォルフは白の騎士服を身に纏い、
トランクを一つ持って、
アルフォード家のエントランスに立つ。

「そんなブサイクな顔すんなよな」

そう言ってユウラの頬をむにーっと引っ張ってみせる。

「ウォルフ、いひゃい、いひゃい、いひゃい」

ユウラが涙目で抗議の声を上げると、ぷっと噴き出した。

「すぐに戻る。だからお前は何も心配せず、
 ウエディングドレスでも選んでおけ」

ウォルフは、ユウラの手を取って口づける。
左手の薬指には、婚約指輪が光る。






























 
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