上 下
16 / 118

16.エドガー・レッドロライン

しおりを挟む
「ウォルフ……?」

ユウラが驚いたように目を瞬かせた。

「あっと……すまない。
 少し感情が激してしまったようだ」

ウォルフがユウラを開放し、
そんな自分を恥じるように視線を外した。

「ともかく! 俺の言いたいのは、
 そんな簡単に誰かに命を捧げるなってこと!」

ウォルフがユウラの鼻先に人差し指を突き出した。

「騎士として立つ以上、そりゃ確かに任務に命を懸けることは当然の使命だ。
 俺もそうやって数多の歴戦を潜り抜けてきた。 
 でもな、最低限、自分の命の責任は自分で持て!
 王族ったってな、んなお前が言うほどきれいなものじゃねぇし、
 それこそ婚約者の一挙手一投足にオタオタするような、
 情けねぇ奴かもしんねぇぞ?」

そう言ってウォルフは微笑んで、ユウラの額に自身の額を当てると、

「ウォルフはオタオタしちゃったの?」

ユウラもつられてにっこりと笑った。

「俺りゃあ、年から年中オタオタしっぱなしだよ?
 どっかのじゃじゃ馬婚約者さんのお陰で」

ため息を吐いて、ウォルフはユウラを抱き寄せる。

「ごめんね、ウォルフ。
 いつも心配かけて」

ユウラがしゅんとする。

「それが、お前だからな。
 そういうお前に惚れちまったんだから、仕方ねぇよな」

ウォルフの声に切なさが滲む。

◇◇◇

「こらー! 誰が休憩していいと言った?
 この虫けらがっ!」

アカデミーの授業が始まった。

『地獄の歓迎会』と称される新入生の初日の授業は、
ひたすらグランドを一日中走らされるという、過酷なものだった。

日が傾く頃になると、動けなくなった新入生があちこちで倒れ伏し、
ある者は隅の方で吐いている。

そんな地獄絵図の中で、異彩を放っている者たちがいる。
赤服を身に纏う少女の四人組だ。

「ねえねぇ、ユウラさん、
 今日はこの後のご予定はいかが?」

エマ・ユリアスが隣を走るユウラにこっそりと声をかけた。

「ええ、大丈夫よ?
 どうしたの? エマさん」

ユウラが小声でエマに答えると、

「うふふ。アカデミーの近くに、
 とてもおしゃれなカフェを見つけたのよ。
 ご一緒にいかが?」

エマがユウラを誘うと、
後ろからダイアナが割って入ってきた。

「あっ、ずるーい! 
 エマさんたら、抜け駆けよ。
 私も誘ってよ」

ダイアナは不服そうに口を尖らせた。

「ダイアナが行くのだったら、私も行く~」

そう言ってナターシャも参戦する。

「もう、仕方ないわね」

エマが笑いながら、
呆れた振りをする。

「まあ、うふふ」

そんな彼女たちのやり取りを聞くユウラも笑いを忍ばせる。

「そこの雌豚っ! 無駄口を叩くな!
 あと10周追加するぞ!」

教官の容赦ない叱責が飛ぶ。

既に体力の限界を超えている他の新入生たちの顔に死相が浮かぶが、

「誰が雌豚よ……」

刹那、エマの瞳孔が開いた。

「いいこと? ご同輩。
 ラストの10周は全力でいくわよ!
 あの教官の鼻を明かしてやるんだからっ!」

エマの言葉に、他の少女たちもニヤリと笑う。

その後、驚異のスピードでグラウンドを駆け抜けた彼女達を見て、

「あっアイツら……化け物か……」

グラウンドに倒れ伏した、新入生が驚愕の表情を浮かべた。

「あ~あ、悪名高い『地獄の歓迎会』って、こんなものだったの?
 伝統ある王立のトップアカデミーのレベルも落ちたものね」

エマが涼しい顔をして、鬼教官を煽った。
 
「ふんっ! 今年の新入生はちったぁ骨があるようじゃないか」

教官がニヤリと嗤った。

◇◇◇

「ふ~ん、今年の新入生はなかなか優秀じゃないか」

アカデミーの理事長室から、エドガー・レッドロラインは
下卑た笑みを浮かべてグラウンドを見つめている。

「赤服の四人組、特にユウラ・エルドレッドは、
 やはり私のものにしてしまいたいな」

そんな呟きを知らず、漏らしては、
エドガーは艶なため息を吐く。

ポニーテールに結ったユウラの赤い髪が揺れている。
エドガーの視線が一人でにユウラを追う。

「綺麗な赤だな」

エドガーは暫し、ユウラの後ろ姿に見惚れていた。

『ユウラ・エルドレッドだな。
 私はこの国の王太子、エドガー・レッドロラインだ。
 突然だが、私はお前を気に入った。
 私の専属騎士となり、仕えよ』

そう言って手を差し出した自分を、
ユウラは真っすぐに見つめた。

あの時、自分を飾ることをしない、彼女の眼差しの潔さを、
確かに自分は美しいと思ってしまったのだ。

「は? はあ? 何を言っているのだ?
 私はっ」

そんな心の化学変化を打ち消すべく、
エドガーはブンブンと頭を振った。

「そんなわけはない、
 そんなわけはあってはならないのだ。
 そもそも、この私はこの国の出来損ないの王太子だぞ?
 あり得るわけがない」

エドガーは立ち上がり、アカデミーのエントランスに向かった。

放課後に立ち寄るカフェの話で盛り上がる少女たちに、
偶然を装ってエドガーが近づく。

「昨日はどうも」

皮肉たっぷりな口調で、エドガーがユウラにそう言った。

「エドガー様、どうしてここに?」

ユウラが思わず呟いてしまった。

「君はこの場所が王立のアカデミーであることを知っているか?
 ゆえに私はこのアカデミーの理事だ。
 私の部隊に優秀な騎士を優先的に所属させるためにも、
 私は視察を怠らない」

エドガーは尊大に振舞う。

「それよりも昨日は君のせいでとんだ恥をかいてしまった。
 君はこの私にどう償ってくれるんだい?」

尊大に振舞いながらも、
その心の震えと疼きにエドガーは唇を噛み締めた。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

王家の面子のために私を振り回さないで下さい。

しゃーりん
恋愛
公爵令嬢ユリアナは王太子ルカリオに婚約破棄を言い渡されたが、王家によってその出来事はなかったことになり、結婚することになった。 愛する人と別れて王太子の婚約者にさせられたのに本人からは避けされ、それでも結婚させられる。 自分はどこまで王家に振り回されるのだろう。 国王にもルカリオにも呆れ果てたユリアナは、夫となるルカリオを蹴落として、自分が王太女になるために仕掛けた。 実は、ルカリオは王家の血筋ではなくユリアナの公爵家に正統性があるからである。 ユリアナとの結婚を理解していないルカリオを見限り、愛する人との結婚を企んだお話です。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

【電子書籍化進行中】声を失った令嬢は、次期公爵の義理のお兄さまに恋をしました

八重
恋愛
※発売日少し前を目安に作品を引き下げます 修道院で生まれ育ったローゼマリーは、14歳の時火事に巻き込まれる。 その火事の唯一の生き残りとなった彼女は、領主であるヴィルフェルト公爵に拾われ、彼の養子になる。 彼には息子が一人おり、名をラルス・ヴィルフェルトといった。 ラルスは容姿端麗で文武両道の次期公爵として申し分なく、社交界でも評価されていた。 一方、怠惰なシスターが文字を教えなかったため、ローゼマリーは読み書きができなかった。 必死になんとか義理の父や兄に身振り手振りで伝えようとも、なかなか伝わらない。 なぜなら、彼女は火事で声を失ってしまっていたからだ── そして次第に優しく文字を教えてくれたり、面倒を見てくれるラルスに恋をしてしまって……。 これは、義理の家族の役に立ちたくて頑張りながら、言えない「好き」を内に秘める、そんな物語。 ※小説家になろうが先行公開です

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

呪われ令嬢、王妃になる

八重
恋愛
「シェリー、お前とは婚約破棄させてもらう」 「はい、承知しました」 「いいのか……?」 「ええ、私の『呪い』のせいでしょう?」 シェリー・グローヴは自身の『呪い』のせいで、何度も婚約破棄される29歳の侯爵令嬢。 家族にも邪魔と虐げられる存在である彼女に、思わぬ婚約話が舞い込んできた。 「ジェラルド・ヴィンセント王から婚約の申し出が来た」 「──っ!?」 若き33歳の国王からの婚約の申し出に戸惑うシェリー。 だがそんな国王にも何やら思惑があるようで── 自身の『呪い』を気にせず溺愛してくる国王に、戸惑いつつも段々惹かれてそして、成長していくシェリーは、果たして『呪い』に打ち勝ち幸せを掴めるのか? 一方、今まで虐げてきた家族には次第に不幸が訪れるようになり……。 ★この作品の特徴★ 展開早めで進んでいきます。ざまぁの始まりは16話からの予定です。主人公であるシェリーとヒーローのジェラルドのラブラブや切ない恋の物語、あっと驚く、次が気になる!を目指して作品を書いています。 ※小説家になろう先行公開中 ※他サイトでも投稿しております(小説家になろうにて先行公開) ※アルファポリスにてホットランキングに載りました ※小説家になろう 日間異世界恋愛ランキングにのりました(初ランクイン2022.11.26)

処理中です...