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8.愛しさと切なさとこっ恥ずかしさと。
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「お……おはよう」
食堂に朝食を食べに行こうと部屋を出たところで、
ウォルフとユウラが顔を合わせてしまった。
ウォルフがぎこちなくユウラに声をかけると、
それ以上にユウラが赤面し、その場に固まった。
「おはよう……ござい……ます」
ユウラは下を向いて、蚊のなくような声で呟く。
「うわ~、なにその可愛い反応」
ウォルフがまじまじとユウラを見つめる。
ウォルフの視線が居たたまれなくて、ユウラが取り乱す。
そして昨日の醜態、いや、羞恥プレイを思い出す。
ウォルフの膝の上に座らされ、スティックチョコのその果に……。
(自分で自分が信じられないっ!)
ユウラは、頭を掻きむしりたい衝動に駆られた。
(これは黒歴史だ。れっきとした黒歴史だ。
嗚呼、昨日の醜態を自身の記憶から、そしてウォルフの記憶から消し去りたい)
とユウラは思う。
ウォルフのことを好きになりたいという気持ちと、
その気持ちを抑え込もうとする理性が、微妙なバランスでせめぎ合っている。
そこに『恥ずかしい』という感情が割り込んできたので、
更に複雑な三つ巴の戦いを展開することになってしまった。
自身の思考の限界を超え、すでにその感情を持て余しているというのに、
この男は更に煽って寄越す。
「もう、もう、もう! ウォルフの意地悪っ!」
ユウラは羞恥心にまかせて、半ばやけくそに叫んだ。
「マジか……。ヤバいな。
俺バカだから、お前にそんな顔されたら本気にしちまうぞ?」
そう言ってウォルフは、掌で自身の顔を覆った。
「何よっ! ウォルフは私のことをからかったの?」
ウォルフの言葉に、ユウラが悔しそうに眉を吊り上げた。
「今の俺に、お前をからかう余裕はねぇよ!
こちとらお前のことで、とっくに頭爆発してるっつうの!」
ウォルフはそう言ってため息を吐いた。
「迷惑……かな?」
そう言ってユウラが心配そうに、ウォルフを見つめた。
「んなわけねぇだろ!」
そう言ってウォルフが、ユウラを強引に抱き寄せた。
「好きすぎてヤバいってこと」
熱に浮かされたように、ウォルフが言葉を吐き出した。
「教官! 私の中で、ウォルフのことが好きという気持ちと、
それを抑え込もうとする理性と、羞恥心が、
三つ巴の壮大な戦国絵巻を展開しているのですが、
私は一体どうしたらいいのですか!」
ユウラがウォルフの襟首を引っ掴んだ。
「んなもん、俺を好きになったらいいだけの話だろうがっ!」
ウォルフがしれっと言った。
「うううっ!」
ユウラがウォルフの胸の中で唸る。
「まあ、好きなだけ抵抗してみたところで、
結局結論は俺がお前の心を落とすんだけどな」
そういってウォルフが、意地悪そうに微笑んで見せる。
「それにお前が俺のことでグルグルしているのを見るのは、
嫌いではない」
ウォルフが口調を変えて遠い目をする。
orz だけど実は俺、お前の100倍くらいお前のことでグルグルしてるからな。
そりゃあ、もう、すごいことになってるぞ?
本当にどうしようか……。
ウォルフの眦に、薄っすらと涙が光っているをユウラは知らない。
三つ巴の恋の理論に悩むユウラの口に、ウォルフはベーグルサンドを突っ込む。
「うりゃ、食えっ!」
「ふごぉ!」
穏やかな日曜日の優しい時間だ。
食事の後で、隣の本館に住まうウォルフの両親に挨拶に行くことになった。
呼び鈴を押すと、ウォルフの母、マリアンヌが直々に出迎えてくれた。
金の髪にアクアブルーの澄んだ瞳が美しい。
「まあまあ、ユウラちゃん。よく来てくれたわね」
そういってマリアンヌがユウラを抱きしめた。
「ご挨拶が遅れ申し訳ありません」
ユウラはその腕の中で、少し泣きそうになる。
マリアンヌはユウラの亡き母の親友なのだ。
ユウラは物心がつく前に亡くなってしまった母親の面影を、
いつもマリアンヌに重ねていた。
マリアンヌもユウラのことを幼い頃から自分の子と同様に可愛がった。
二人の婚約を一番喜んでいるのは、もしかするとマリアンヌなのかもしれない。
「ご挨拶だなんて……。固いことは抜きよ。
さあ、こちらにいらっしゃい」
そういってマリアンヌはユウラをプライベートリビングに案内した。
優しい、甘い匂いがする。
そこには二人をもてなすために、マリアンヌ自身が自ら焼いた菓子が並んでいた。
マドレーヌ、クッキー、洋酒につけたドライフルーツをふんだんに使ったパウンドケーキ。
どれも素朴で、幼い頃からのユウラの好物だ。
実家のエルドレッド家では、ユウラの肩身は狭かった。
父ハルマの後妻に入ったアミラは、何かといえばユウラに辛くあたり、
母の形見の道具類も随分取り上げられた。
幼くして母を亡くしたユウラに、父は剣術を教えた。
ユウラは当然将軍家は自分が継ぐものと心得て、その厳しい訓練にも耐えた。
しかし10年前に、アミラが弟を産んだ。
そこから風向きは変わり、ユウラはエルドレッド家のお荷物となった。
悲しい思いをするたびに、よくこの場所に来て、
マリアンヌの胸で泣いたものだ。
その度にマリアンヌは、
こうしてユウラの好物を用意して待っていてくれたのだ。
(ああ、そうか。ウォルフのことをどうこう言う前に、
厄介払いのための婚約なんだと思ったら、私はそれが悲しかったんだ)
ふとそう思ったら、ユウラの鼻の奥がツンとした。
「もう泣かなくてもいいのよ、ユウラ。
これであなたは名実ともに私たちの娘なんだから」
そういってマリアンヌがユウラを抱きしめた。
「マリアンヌさん……」
ユウラがマリアンヌの胸の中で咽び泣く。
「お母さんって……呼んでいいですか」
少し震える声でユウラがそう言うと、
マリアンヌが優しく微笑んだ。
「嬉しいわ。ユウラ」
食堂に朝食を食べに行こうと部屋を出たところで、
ウォルフとユウラが顔を合わせてしまった。
ウォルフがぎこちなくユウラに声をかけると、
それ以上にユウラが赤面し、その場に固まった。
「おはよう……ござい……ます」
ユウラは下を向いて、蚊のなくような声で呟く。
「うわ~、なにその可愛い反応」
ウォルフがまじまじとユウラを見つめる。
ウォルフの視線が居たたまれなくて、ユウラが取り乱す。
そして昨日の醜態、いや、羞恥プレイを思い出す。
ウォルフの膝の上に座らされ、スティックチョコのその果に……。
(自分で自分が信じられないっ!)
ユウラは、頭を掻きむしりたい衝動に駆られた。
(これは黒歴史だ。れっきとした黒歴史だ。
嗚呼、昨日の醜態を自身の記憶から、そしてウォルフの記憶から消し去りたい)
とユウラは思う。
ウォルフのことを好きになりたいという気持ちと、
その気持ちを抑え込もうとする理性が、微妙なバランスでせめぎ合っている。
そこに『恥ずかしい』という感情が割り込んできたので、
更に複雑な三つ巴の戦いを展開することになってしまった。
自身の思考の限界を超え、すでにその感情を持て余しているというのに、
この男は更に煽って寄越す。
「もう、もう、もう! ウォルフの意地悪っ!」
ユウラは羞恥心にまかせて、半ばやけくそに叫んだ。
「マジか……。ヤバいな。
俺バカだから、お前にそんな顔されたら本気にしちまうぞ?」
そう言ってウォルフは、掌で自身の顔を覆った。
「何よっ! ウォルフは私のことをからかったの?」
ウォルフの言葉に、ユウラが悔しそうに眉を吊り上げた。
「今の俺に、お前をからかう余裕はねぇよ!
こちとらお前のことで、とっくに頭爆発してるっつうの!」
ウォルフはそう言ってため息を吐いた。
「迷惑……かな?」
そう言ってユウラが心配そうに、ウォルフを見つめた。
「んなわけねぇだろ!」
そう言ってウォルフが、ユウラを強引に抱き寄せた。
「好きすぎてヤバいってこと」
熱に浮かされたように、ウォルフが言葉を吐き出した。
「教官! 私の中で、ウォルフのことが好きという気持ちと、
それを抑え込もうとする理性と、羞恥心が、
三つ巴の壮大な戦国絵巻を展開しているのですが、
私は一体どうしたらいいのですか!」
ユウラがウォルフの襟首を引っ掴んだ。
「んなもん、俺を好きになったらいいだけの話だろうがっ!」
ウォルフがしれっと言った。
「うううっ!」
ユウラがウォルフの胸の中で唸る。
「まあ、好きなだけ抵抗してみたところで、
結局結論は俺がお前の心を落とすんだけどな」
そういってウォルフが、意地悪そうに微笑んで見せる。
「それにお前が俺のことでグルグルしているのを見るのは、
嫌いではない」
ウォルフが口調を変えて遠い目をする。
orz だけど実は俺、お前の100倍くらいお前のことでグルグルしてるからな。
そりゃあ、もう、すごいことになってるぞ?
本当にどうしようか……。
ウォルフの眦に、薄っすらと涙が光っているをユウラは知らない。
三つ巴の恋の理論に悩むユウラの口に、ウォルフはベーグルサンドを突っ込む。
「うりゃ、食えっ!」
「ふごぉ!」
穏やかな日曜日の優しい時間だ。
食事の後で、隣の本館に住まうウォルフの両親に挨拶に行くことになった。
呼び鈴を押すと、ウォルフの母、マリアンヌが直々に出迎えてくれた。
金の髪にアクアブルーの澄んだ瞳が美しい。
「まあまあ、ユウラちゃん。よく来てくれたわね」
そういってマリアンヌがユウラを抱きしめた。
「ご挨拶が遅れ申し訳ありません」
ユウラはその腕の中で、少し泣きそうになる。
マリアンヌはユウラの亡き母の親友なのだ。
ユウラは物心がつく前に亡くなってしまった母親の面影を、
いつもマリアンヌに重ねていた。
マリアンヌもユウラのことを幼い頃から自分の子と同様に可愛がった。
二人の婚約を一番喜んでいるのは、もしかするとマリアンヌなのかもしれない。
「ご挨拶だなんて……。固いことは抜きよ。
さあ、こちらにいらっしゃい」
そういってマリアンヌはユウラをプライベートリビングに案内した。
優しい、甘い匂いがする。
そこには二人をもてなすために、マリアンヌ自身が自ら焼いた菓子が並んでいた。
マドレーヌ、クッキー、洋酒につけたドライフルーツをふんだんに使ったパウンドケーキ。
どれも素朴で、幼い頃からのユウラの好物だ。
実家のエルドレッド家では、ユウラの肩身は狭かった。
父ハルマの後妻に入ったアミラは、何かといえばユウラに辛くあたり、
母の形見の道具類も随分取り上げられた。
幼くして母を亡くしたユウラに、父は剣術を教えた。
ユウラは当然将軍家は自分が継ぐものと心得て、その厳しい訓練にも耐えた。
しかし10年前に、アミラが弟を産んだ。
そこから風向きは変わり、ユウラはエルドレッド家のお荷物となった。
悲しい思いをするたびに、よくこの場所に来て、
マリアンヌの胸で泣いたものだ。
その度にマリアンヌは、
こうしてユウラの好物を用意して待っていてくれたのだ。
(ああ、そうか。ウォルフのことをどうこう言う前に、
厄介払いのための婚約なんだと思ったら、私はそれが悲しかったんだ)
ふとそう思ったら、ユウラの鼻の奥がツンとした。
「もう泣かなくてもいいのよ、ユウラ。
これであなたは名実ともに私たちの娘なんだから」
そういってマリアンヌがユウラを抱きしめた。
「マリアンヌさん……」
ユウラがマリアンヌの胸の中で咽び泣く。
「お母さんって……呼んでいいですか」
少し震える声でユウラがそう言うと、
マリアンヌが優しく微笑んだ。
「嬉しいわ。ユウラ」
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