20 / 31
第二十話 陰謀
しおりを挟む
「万事首尾はうまくいったようだな」
大臣ハマンは、笑いを噛み殺して、執務室の椅子の上でふんぞり返った。
小柄な身体は大層立派なメタボで、額は常に脂でテカっている。
「はい、それはもう……っていうか今月の報酬分、
ちゃっちゃとここに振り込んでくださいね」
そういって女はにっこりとほほ笑んで、
机の上に請求書を叩きつけた。
ブロンドの髪が豊かに背に流れ、
アクアブルーの透き通った瞳が印象的な、いわゆる絶世の美女である。
「わかっておる、そう急かすな。
それよりも今夜わしと一発どう?」
女は優雅に微笑んだままで、
ハマンの顔面にパンチを繰り出した。
「へぶぅっ」
ハマンの鼻から赤い液体が、
ぽたぽたと流れ落ちている。
「冗談じゃ、冗談……。
ったくシャレの通じないやつはこれだから……」
ハマンは不満げにぶつぶつと呟いた。
「しかしまあ、お前のお蔭で皇太子とその弟王子を
廃嫡に追い込むことができた。
あとは虚けと名高いクラウド王子だ。
お前の力をもってすれば、なんのことはないだろう」
ハマンは腹を突き出して、高笑いをした。
しかしハマンの言葉に女は軽く肩をすくめた。
「さあ、それはいかがなものでしょう?」
そんな女の様子を、脇に控える鉄仮面を被った騎士がちらりと盗み見た。
◇ ◇ ◇
王妃の指示のもと、広間には着飾った貴族の子女たちが、
一堂に集められていた。
招待客たちは管弦の調べに合わせて軽やかにワルツを踏み、
振る舞われた上等のシャンパンで喉を潤しては、にぎやかに談笑している。
そんな人の輪を避けるようにして、
クラウドはバルコニーへと出た。
部屋を満たす、混じり合った香水の匂いも、
どこか浮ついた賑やかさも、何もかもがクラウドを苛立たせた。
(どいつもこいつも、脂粉を塗りたくった豚にしか見えねぇ……)
身勝手な政略結婚によって男と結婚させられ、
なおかつその嫁に心底惚れてしまった自分もなんだが、
さらに政治上の問題によって世継ぎを儲けるためだけに、
側室を作らなければならないというこの状況!
クラウドは蟀谷に青筋が走るのを感じた。
(俺は種馬かっ!)
しかし紫龍が王妃の手の中にある以上、
クラウドは王妃に従わざる負えない。
(王妃(ばばあ)が紫龍に何かをした際には、
刺し違えてでも俺は王妃を殺す)
密かにそう決意するクラウドであった。
(やってやるよ、紫龍を守るためならどんな屈辱にだって耐えて見せる)
クラウドはバルコニーを照らす
少し霞みのかかった月を見上げた。
「クラウド様」
刹那、ひとりの美女がクラウドに声をかけてきた。
ブロンドの髪が豊かに背に流れ、
アクアブルーの透き通った瞳が魅惑的にクラウドを挑発する。
「初めましてクラウド様、わたくしはハマン大臣の姪にあたります、
マリア・クラディスと申します」
女が微笑すると、木々が怪しくざわめいた。
刹那、空間が歪みを生じ、クラウドの意識が朦朧とする。
「貴様っ! 一体何をした?」
クラウドは憎々しげに、女を睨み付けた。
「このバルコニーに魔法陣を敷いていたのを、
お気づきになりませんでしたか?」
言われて気づく。
その足元に結界で巧妙に隠された魔法陣が、
淡く光を放っていることに。
女の手の中にある水晶が紫龍を映し出した。
「紫龍・アストレアですわね、
竜の一族の血を引く半月。あなたの心が強く惹かれていますね」
女が水晶に映し出された紫龍を冷たく一瞥した
。
「紫龍に指一本でも触れてみろ、てめえ殺すぞ!」
クラウドは全身に殺気を漲らせて言った。
「まあ、恐い。でもご安心なさって。彼には何もいたしませんわ。
アストレアとの関係をこじらせるわけには参りませんものね。
ただあなたの記憶から紫龍・アストレアを永遠に消し去るだけですわ」
女は漣のように笑った。
媚薬の香りが鼻を掠め、
クラウドの意識は途切れた。
大臣ハマンは、笑いを噛み殺して、執務室の椅子の上でふんぞり返った。
小柄な身体は大層立派なメタボで、額は常に脂でテカっている。
「はい、それはもう……っていうか今月の報酬分、
ちゃっちゃとここに振り込んでくださいね」
そういって女はにっこりとほほ笑んで、
机の上に請求書を叩きつけた。
ブロンドの髪が豊かに背に流れ、
アクアブルーの透き通った瞳が印象的な、いわゆる絶世の美女である。
「わかっておる、そう急かすな。
それよりも今夜わしと一発どう?」
女は優雅に微笑んだままで、
ハマンの顔面にパンチを繰り出した。
「へぶぅっ」
ハマンの鼻から赤い液体が、
ぽたぽたと流れ落ちている。
「冗談じゃ、冗談……。
ったくシャレの通じないやつはこれだから……」
ハマンは不満げにぶつぶつと呟いた。
「しかしまあ、お前のお蔭で皇太子とその弟王子を
廃嫡に追い込むことができた。
あとは虚けと名高いクラウド王子だ。
お前の力をもってすれば、なんのことはないだろう」
ハマンは腹を突き出して、高笑いをした。
しかしハマンの言葉に女は軽く肩をすくめた。
「さあ、それはいかがなものでしょう?」
そんな女の様子を、脇に控える鉄仮面を被った騎士がちらりと盗み見た。
◇ ◇ ◇
王妃の指示のもと、広間には着飾った貴族の子女たちが、
一堂に集められていた。
招待客たちは管弦の調べに合わせて軽やかにワルツを踏み、
振る舞われた上等のシャンパンで喉を潤しては、にぎやかに談笑している。
そんな人の輪を避けるようにして、
クラウドはバルコニーへと出た。
部屋を満たす、混じり合った香水の匂いも、
どこか浮ついた賑やかさも、何もかもがクラウドを苛立たせた。
(どいつもこいつも、脂粉を塗りたくった豚にしか見えねぇ……)
身勝手な政略結婚によって男と結婚させられ、
なおかつその嫁に心底惚れてしまった自分もなんだが、
さらに政治上の問題によって世継ぎを儲けるためだけに、
側室を作らなければならないというこの状況!
クラウドは蟀谷に青筋が走るのを感じた。
(俺は種馬かっ!)
しかし紫龍が王妃の手の中にある以上、
クラウドは王妃に従わざる負えない。
(王妃(ばばあ)が紫龍に何かをした際には、
刺し違えてでも俺は王妃を殺す)
密かにそう決意するクラウドであった。
(やってやるよ、紫龍を守るためならどんな屈辱にだって耐えて見せる)
クラウドはバルコニーを照らす
少し霞みのかかった月を見上げた。
「クラウド様」
刹那、ひとりの美女がクラウドに声をかけてきた。
ブロンドの髪が豊かに背に流れ、
アクアブルーの透き通った瞳が魅惑的にクラウドを挑発する。
「初めましてクラウド様、わたくしはハマン大臣の姪にあたります、
マリア・クラディスと申します」
女が微笑すると、木々が怪しくざわめいた。
刹那、空間が歪みを生じ、クラウドの意識が朦朧とする。
「貴様っ! 一体何をした?」
クラウドは憎々しげに、女を睨み付けた。
「このバルコニーに魔法陣を敷いていたのを、
お気づきになりませんでしたか?」
言われて気づく。
その足元に結界で巧妙に隠された魔法陣が、
淡く光を放っていることに。
女の手の中にある水晶が紫龍を映し出した。
「紫龍・アストレアですわね、
竜の一族の血を引く半月。あなたの心が強く惹かれていますね」
女が水晶に映し出された紫龍を冷たく一瞥した
。
「紫龍に指一本でも触れてみろ、てめえ殺すぞ!」
クラウドは全身に殺気を漲らせて言った。
「まあ、恐い。でもご安心なさって。彼には何もいたしませんわ。
アストレアとの関係をこじらせるわけには参りませんものね。
ただあなたの記憶から紫龍・アストレアを永遠に消し去るだけですわ」
女は漣のように笑った。
媚薬の香りが鼻を掠め、
クラウドの意識は途切れた。
0
お気に入りに追加
104
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
嫌われ女騎士は塩対応だった堅物騎士様と蜜愛中! 愚者の花道
Canaan
恋愛
旧題:愚者の花道
周囲からの風当たりは強いが、逞しく生きている平民あがりの女騎士ヘザー。ある時、とんでもない痴態を高慢エリート男ヒューイに目撃されてしまう。しかも、新しい配属先には自分の上官としてそのヒューイがいた……。
女子力低い残念ヒロインが、超感じ悪い堅物男の調子をだんだん狂わせていくお話。
※シリーズ「愚者たちの物語 その2」※
黒の神官と夜のお世話役
苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる