13 / 31
第十三話 若人の悩み
しおりを挟む
「今日、俺仕事休みなんだけど、映画でも見に行かね?」
翌朝の朝食時に、
紫龍は気を取り直してクラウドを誘ってみたが、
「無理。俺、今日商業施設の視察が入っているから」
玉砕した。
「ああ、そう……」
気不味い朝食の後、
クラウドが紫龍とろくに目も合わせずに部屋を出てゆくと、
紫龍はエアリスから手渡された
『王宮出版 夫婦生活の営みバージョンⅢ』を派手に壁に投げつけた。
「全然、役に立ちゃしねえじゃねえか、あのクソアマ!」
そしてリビングのフローリングに横になる。
床の冷たさが、血の上った頭を少し冷静にしてくれる。
「俺……なんかバカみたい」
そう呟いて、
紫龍が瞼を閉じると意識がすっと遠のいた。
(そういや、俺、昨日ほとんど眠れなかったんだっけ……)
やわらかな日溜りの中で、
それはひどく心地の良い微睡だった。
「おい、何やってんの、
こんなとこで寝たらお前、風邪ひくぞ」
覚醒しきらない意識の中で、
紫龍はクラウドの声が聞こえたような気がしたが、
なんとなく悔しかったのでふて寝を決め込んだ。
「ったく……」
クラウドは紫龍の身体を軽々と抱えて、
二階の寝室に運び、ベッドの上に、壊れ物を扱うかのようにそっと置くと、
紫龍の寝顔を愛おしそうに見つめ、その目にかかる前髪をそっと払ってやった。
「ごめんな、お前のこと避けちまって。
でも俺、正直自信がねえんだ。
なにかの拍子に理性が吹き飛んじまって、
お前のこと傷つけてしまうんじゃないかって……それがすげえ恐い」
このころにはもう紫龍の意識は完全に覚醒していたが、
クラウドの声色が、まるで泣き出す前の子供のように
ひどく不安定だったので、紫龍は目を開けるタイミングを逸してしまった。
「好きだ……紫龍……。
自分でも、この気持ちをどうしていいかわかんねえんだ」
紫龍の額にキスが降りてきた。
◇ ◇ ◇
「俺だってどうしていいかわかんねぇよ」
クラウドが去った寝室で一人になった紫龍が呟いた。
(だいたい、俺のこと好きだって言うくせに、
俺が近寄ったら、逃げちまうじゃねえか。
怒っているような、でもすげぇ苦しそうな顔をするから、
そんなとき、俺はお前のことを抱きしめたくなっちまって……。
ああもう! くそっ!)
紫龍はベッドから飛び起きた。
「せっかくの休みに、こんなところに一人でいるから、
余計なこと考えちまうんだ。気分転換。さあ外行こ、外」
紫龍は服を着替えてロッジを出た。
そしてお気に入りのママチャリに乗ると、
初夏の風が優しく頬を撫でていった。
中央門を守る門兵が敬礼し、
ママチャリに乗った紫龍を見送ると、
「ご苦労さん、どうも……」
紫龍も門兵にぎこちなく一礼を返した。
この国には、帝都の中心に政治を司る行政府と王宮が置かれ、
その先に人民のための広場がある。
その広場からそれぞれ商業区や工業区へと続く道が、
きちんと整備されてある。
紫龍はママチャリに乗ったままで、
商業区へと出かけて行った。
その中心地は海外との貿易によって得た
莫大な利益によって建造された迎賓館や、
贅を尽くしたホテル群、
ショッピングモールを兼ねた近代的な超高層ビルが建ち並ぶ。
しかし紫龍はどちらかというと、
そんな都会的な雰囲気があまり好きではなく、
帝都の商業区といっても、そのはずれに位置する下町に連なる古民家を好んだ。
ここには紫龍が愛してやまない、
刀の骨董品なんかの市も立つ。
「あー、これもしかして菊一文字じゃね? あーマジ欲しい」
紫龍は老舗のショーケースに飾られた
名刀の前に張り付いた。
「今の俺の給料だと、何年かかるかな?」
それでも自身で汗を流して働いた金で買うからこそ、
価値があるのだ。
(それでも、いつか)
紫龍は眩しげに眼を細めた。
そのとき、店のオープンセレモニーの為にハッピを纏った、
年若い男が紫龍の肩を叩いた。
「あっ、お兄さん、そこの健康ランド、
今日オープンしたばっかりなんだけど、寄ってかない?」
紫龍は客引きの男に、健康ランドの割引券を手渡された。
翌朝の朝食時に、
紫龍は気を取り直してクラウドを誘ってみたが、
「無理。俺、今日商業施設の視察が入っているから」
玉砕した。
「ああ、そう……」
気不味い朝食の後、
クラウドが紫龍とろくに目も合わせずに部屋を出てゆくと、
紫龍はエアリスから手渡された
『王宮出版 夫婦生活の営みバージョンⅢ』を派手に壁に投げつけた。
「全然、役に立ちゃしねえじゃねえか、あのクソアマ!」
そしてリビングのフローリングに横になる。
床の冷たさが、血の上った頭を少し冷静にしてくれる。
「俺……なんかバカみたい」
そう呟いて、
紫龍が瞼を閉じると意識がすっと遠のいた。
(そういや、俺、昨日ほとんど眠れなかったんだっけ……)
やわらかな日溜りの中で、
それはひどく心地の良い微睡だった。
「おい、何やってんの、
こんなとこで寝たらお前、風邪ひくぞ」
覚醒しきらない意識の中で、
紫龍はクラウドの声が聞こえたような気がしたが、
なんとなく悔しかったのでふて寝を決め込んだ。
「ったく……」
クラウドは紫龍の身体を軽々と抱えて、
二階の寝室に運び、ベッドの上に、壊れ物を扱うかのようにそっと置くと、
紫龍の寝顔を愛おしそうに見つめ、その目にかかる前髪をそっと払ってやった。
「ごめんな、お前のこと避けちまって。
でも俺、正直自信がねえんだ。
なにかの拍子に理性が吹き飛んじまって、
お前のこと傷つけてしまうんじゃないかって……それがすげえ恐い」
このころにはもう紫龍の意識は完全に覚醒していたが、
クラウドの声色が、まるで泣き出す前の子供のように
ひどく不安定だったので、紫龍は目を開けるタイミングを逸してしまった。
「好きだ……紫龍……。
自分でも、この気持ちをどうしていいかわかんねえんだ」
紫龍の額にキスが降りてきた。
◇ ◇ ◇
「俺だってどうしていいかわかんねぇよ」
クラウドが去った寝室で一人になった紫龍が呟いた。
(だいたい、俺のこと好きだって言うくせに、
俺が近寄ったら、逃げちまうじゃねえか。
怒っているような、でもすげぇ苦しそうな顔をするから、
そんなとき、俺はお前のことを抱きしめたくなっちまって……。
ああもう! くそっ!)
紫龍はベッドから飛び起きた。
「せっかくの休みに、こんなところに一人でいるから、
余計なこと考えちまうんだ。気分転換。さあ外行こ、外」
紫龍は服を着替えてロッジを出た。
そしてお気に入りのママチャリに乗ると、
初夏の風が優しく頬を撫でていった。
中央門を守る門兵が敬礼し、
ママチャリに乗った紫龍を見送ると、
「ご苦労さん、どうも……」
紫龍も門兵にぎこちなく一礼を返した。
この国には、帝都の中心に政治を司る行政府と王宮が置かれ、
その先に人民のための広場がある。
その広場からそれぞれ商業区や工業区へと続く道が、
きちんと整備されてある。
紫龍はママチャリに乗ったままで、
商業区へと出かけて行った。
その中心地は海外との貿易によって得た
莫大な利益によって建造された迎賓館や、
贅を尽くしたホテル群、
ショッピングモールを兼ねた近代的な超高層ビルが建ち並ぶ。
しかし紫龍はどちらかというと、
そんな都会的な雰囲気があまり好きではなく、
帝都の商業区といっても、そのはずれに位置する下町に連なる古民家を好んだ。
ここには紫龍が愛してやまない、
刀の骨董品なんかの市も立つ。
「あー、これもしかして菊一文字じゃね? あーマジ欲しい」
紫龍は老舗のショーケースに飾られた
名刀の前に張り付いた。
「今の俺の給料だと、何年かかるかな?」
それでも自身で汗を流して働いた金で買うからこそ、
価値があるのだ。
(それでも、いつか)
紫龍は眩しげに眼を細めた。
そのとき、店のオープンセレモニーの為にハッピを纏った、
年若い男が紫龍の肩を叩いた。
「あっ、お兄さん、そこの健康ランド、
今日オープンしたばっかりなんだけど、寄ってかない?」
紫龍は客引きの男に、健康ランドの割引券を手渡された。
0
お気に入りに追加
104
あなたにおすすめの小説
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~
ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。
2021/3/10
しおりを挟んでくださっている皆様へ。
こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。
しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗)
楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。
申しわけありません。
新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。
お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。
修正していないのと、若かりし頃の作品のため、
甘めに見てくださいm(__)m
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
ブラック企業を退職したら、極上マッサージに蕩ける日々が待ってました。
イセヤ レキ
恋愛
ブラック企業に勤める赤羽(あかばね)陽葵(ひまり)は、ある夜、退職を決意する。
きっかけは、雑居ビルのとあるマッサージ店。
そのマッサージ店の恰幅が良く朗らかな女性オーナーに新たな職場を紹介されるが、そこには無口で無表情な男の店長がいて……?
※ストーリー構成上、導入部だけシリアスです。
※他サイトにも掲載しています。
黒の神官と夜のお世話役
苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる