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第九話 惣菜合戦
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「おまっ! ちょっ……、望月さくらっ!!!
今更ショック受けたような顔をしてんじゃねぇぞ!」
鳥羽さんが思いっきり眉間に皺を寄せている。
「そんなことを言われましても……」
あたしはがっくりと肩を落とした。
「何? その顔」
鳥羽さんの瞳が、半眼になる。
「んだよ。ったく」
そして盛大なため息を吐いた。
「迷惑だった?」
それは先ほどとは打って変わって、驚くほどに静かな口調だった。
あたしは鳥羽さんの問いに答えられない。
そう言い切れない自分が、確かに自分の中に存在するのだ。
あたしは、鳥羽さんに婚約者がいることが、すごくショックだった。
それは自分でも説明がつかないほどの化学変化で、
多分あたしは鳥羽さんのことが……。
「そうだと言えない自分に、今すごく戸惑ってる」
そう言ってあたしは下を向いた。
「んだよ、そりゃ。煮え切らない」
吐き捨てるように言って、そっぽを向いた鳥羽さんに、
あたしはかっと全身が熱くなった。
「だって仕方ないでしょ!
相手は日本屈指の財閥の御曹司で、
帝王って呼ばれている人で、
じゃあ、あたしは?
借金まみれの明日にも倒産しそうな、
下町のスーパーの娘だよ?
釣り合うわけがないじゃない。
あたしをこれ以上みじめにさせないで!!!」
言葉と共に涙が溢れ出してしまった。
ああ、そうだ。
あたしは今とても悲しいのだ。
世界一好きな人に、
そんな悲しい言葉を
投げかけなくてはならない
不甲斐ない自分が
悲しくて仕方がないのだ。
「なあ、望月さくら、俺はそんなこと、お前に一言も聞いてねぇよ?
興味もねぇし」
不意にあたしは鳥羽さんに抱きしめられた。
鳥羽さんはいつだって、乱暴な言葉とは裏腹に、
まるで壊れものを扱うかのように、
大切そうに、あたしに触れる。
「なあ、望月さくら。俺のこと……好き?」
微かな香水の香りが鼻孔をついて、
少し頭がぼんやりとしていたのかな。
あたしは鳥羽さんの胸の中で小さく頷いた。
◇◇◇
大学の授業が終わると、
あたしは今日もひたすらに全力で自転車を漕ぐ。
いったん実家のスーパーに戻って、
バイトまでの間にお惣菜を売りさばくのだ。
「ふんぬー---!!1」
あたしの雄たけびが、下町の小路に響き渡った。
スーパー望月の前には、『お惣菜』と書かれた、のぼりがはためいている。
そしてそののぼりの前には、スーパー望月のエプロンを着用した
パートのおばちゃんたちが、気合も充分に鶴翼の陣形で臨む。
あたしは店の前に自転車を停めながら、
道一本を挟んで向こう側に位置するライバル店を
「首を洗って待ってなさい『スーパー三日月』」
めらめらと燃え滾る闘魂を込めて、睨みつけた。
「さくらちゃんっ! お帰り。待ってたよ!!!」
あたしはパートのおばちゃんから、
ハチマキとハッピを受け取ってそれに腕を通す。
それを合図に、調理場から他のおばちゃんたちが、
お惣菜を乗せたワゴンを店の前に並べてゆく。
焼き鮭、肉じゃが、から揚げにオムライス、
他にもおばちゃんたちの得意料理が、所狭しとワゴンの上に並んでいる。
これが天下分け目の関ケ原っ! 目にもの見せてくれる。
見てらっしゃい!
あたしは大きく息を吸い込んだ。
「さあさあ、よってらっしゃい、見てらっしゃい。買ってくれるとなお嬉しい。
『スーパー望月』のお惣菜のタイムセールの始まりだよ!」
バナナのたたき売りよろしく、あたしは声を張り上げた。
間もなく人だかりができる。
(よし、つかみはOKだな)
あたしはそんな手応えを確信して、お惣菜を売りまくる。
「おや、さくらちゃん。大学はもう終わったのかい?
今日は随分早いんだね」
昔からうちを贔屓にしてくれている、
顔なじみのおばあちゃんが声をかけてくれたので、
あたしはすかさず、
「ええ、今日は四限目が休講だったのよ。
それよりおばあさん、これさあ、
新メニューの『手作りコロッケ』なんだけど、
良かったらどうぞ」
あたしはフライヤーの前に陣取って、揚げたてのコロッケをおばあさんに手渡した。
「試食品なんで、今日は無料なんです」
少し声を張り上げてみる。
「おやまあ、それはありがとう」
おばあさんは、何度か息を吹きかけて、
揚げたてのコロッケに齧りついた。
「美味しい」
そしておばあさんの顔が綻ぶ。
(そうであろう、そうであろう)
あたしは内心ほくそ笑む。
このコロッケのレシピは、
なんといっても母直伝なのである。
料理上手の母のレシピのなかでも、
ダントツで美味しいのは、このコロッケなのだ。
あたしはずっとこのレシピを、商品化したかったんだけど、
フライヤーが高くてなかなか実現できなかったんだよね。
だけど近所の商店街のお肉屋さんが閉店するらしくて、
無料で譲ってくれたんだ。
「さくらちゃん、私にもっ!」
買い物客たちが、我先にとフライヤーの前に押し掛けた。
◇◇◇
そんな『スーパー望月』の様子を、
道一本を挟んで冷めた眼差しで見つめている者がある。
「岩下、日本有数の大手を自負する我がグループの名を貶めるつもりか?」
『スーパー三日月』の店長室の安楽椅子に腰を掛けているのは、
某有名私学の学生服に身を包んだ、謎の美少年である。
そして薄茶のさら髪から覗くダークグレイの瞳は、
どこか彼の人を彷彿とさせるのであった。
今更ショック受けたような顔をしてんじゃねぇぞ!」
鳥羽さんが思いっきり眉間に皺を寄せている。
「そんなことを言われましても……」
あたしはがっくりと肩を落とした。
「何? その顔」
鳥羽さんの瞳が、半眼になる。
「んだよ。ったく」
そして盛大なため息を吐いた。
「迷惑だった?」
それは先ほどとは打って変わって、驚くほどに静かな口調だった。
あたしは鳥羽さんの問いに答えられない。
そう言い切れない自分が、確かに自分の中に存在するのだ。
あたしは、鳥羽さんに婚約者がいることが、すごくショックだった。
それは自分でも説明がつかないほどの化学変化で、
多分あたしは鳥羽さんのことが……。
「そうだと言えない自分に、今すごく戸惑ってる」
そう言ってあたしは下を向いた。
「んだよ、そりゃ。煮え切らない」
吐き捨てるように言って、そっぽを向いた鳥羽さんに、
あたしはかっと全身が熱くなった。
「だって仕方ないでしょ!
相手は日本屈指の財閥の御曹司で、
帝王って呼ばれている人で、
じゃあ、あたしは?
借金まみれの明日にも倒産しそうな、
下町のスーパーの娘だよ?
釣り合うわけがないじゃない。
あたしをこれ以上みじめにさせないで!!!」
言葉と共に涙が溢れ出してしまった。
ああ、そうだ。
あたしは今とても悲しいのだ。
世界一好きな人に、
そんな悲しい言葉を
投げかけなくてはならない
不甲斐ない自分が
悲しくて仕方がないのだ。
「なあ、望月さくら、俺はそんなこと、お前に一言も聞いてねぇよ?
興味もねぇし」
不意にあたしは鳥羽さんに抱きしめられた。
鳥羽さんはいつだって、乱暴な言葉とは裏腹に、
まるで壊れものを扱うかのように、
大切そうに、あたしに触れる。
「なあ、望月さくら。俺のこと……好き?」
微かな香水の香りが鼻孔をついて、
少し頭がぼんやりとしていたのかな。
あたしは鳥羽さんの胸の中で小さく頷いた。
◇◇◇
大学の授業が終わると、
あたしは今日もひたすらに全力で自転車を漕ぐ。
いったん実家のスーパーに戻って、
バイトまでの間にお惣菜を売りさばくのだ。
「ふんぬー---!!1」
あたしの雄たけびが、下町の小路に響き渡った。
スーパー望月の前には、『お惣菜』と書かれた、のぼりがはためいている。
そしてそののぼりの前には、スーパー望月のエプロンを着用した
パートのおばちゃんたちが、気合も充分に鶴翼の陣形で臨む。
あたしは店の前に自転車を停めながら、
道一本を挟んで向こう側に位置するライバル店を
「首を洗って待ってなさい『スーパー三日月』」
めらめらと燃え滾る闘魂を込めて、睨みつけた。
「さくらちゃんっ! お帰り。待ってたよ!!!」
あたしはパートのおばちゃんから、
ハチマキとハッピを受け取ってそれに腕を通す。
それを合図に、調理場から他のおばちゃんたちが、
お惣菜を乗せたワゴンを店の前に並べてゆく。
焼き鮭、肉じゃが、から揚げにオムライス、
他にもおばちゃんたちの得意料理が、所狭しとワゴンの上に並んでいる。
これが天下分け目の関ケ原っ! 目にもの見せてくれる。
見てらっしゃい!
あたしは大きく息を吸い込んだ。
「さあさあ、よってらっしゃい、見てらっしゃい。買ってくれるとなお嬉しい。
『スーパー望月』のお惣菜のタイムセールの始まりだよ!」
バナナのたたき売りよろしく、あたしは声を張り上げた。
間もなく人だかりができる。
(よし、つかみはOKだな)
あたしはそんな手応えを確信して、お惣菜を売りまくる。
「おや、さくらちゃん。大学はもう終わったのかい?
今日は随分早いんだね」
昔からうちを贔屓にしてくれている、
顔なじみのおばあちゃんが声をかけてくれたので、
あたしはすかさず、
「ええ、今日は四限目が休講だったのよ。
それよりおばあさん、これさあ、
新メニューの『手作りコロッケ』なんだけど、
良かったらどうぞ」
あたしはフライヤーの前に陣取って、揚げたてのコロッケをおばあさんに手渡した。
「試食品なんで、今日は無料なんです」
少し声を張り上げてみる。
「おやまあ、それはありがとう」
おばあさんは、何度か息を吹きかけて、
揚げたてのコロッケに齧りついた。
「美味しい」
そしておばあさんの顔が綻ぶ。
(そうであろう、そうであろう)
あたしは内心ほくそ笑む。
このコロッケのレシピは、
なんといっても母直伝なのである。
料理上手の母のレシピのなかでも、
ダントツで美味しいのは、このコロッケなのだ。
あたしはずっとこのレシピを、商品化したかったんだけど、
フライヤーが高くてなかなか実現できなかったんだよね。
だけど近所の商店街のお肉屋さんが閉店するらしくて、
無料で譲ってくれたんだ。
「さくらちゃん、私にもっ!」
買い物客たちが、我先にとフライヤーの前に押し掛けた。
◇◇◇
そんな『スーパー望月』の様子を、
道一本を挟んで冷めた眼差しで見つめている者がある。
「岩下、日本有数の大手を自負する我がグループの名を貶めるつもりか?」
『スーパー三日月』の店長室の安楽椅子に腰を掛けているのは、
某有名私学の学生服に身を包んだ、謎の美少年である。
そして薄茶のさら髪から覗くダークグレイの瞳は、
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