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第八話 ファースト・キス

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目の前に鳥羽さんの婚約者がいる。

ピンクの髪の超美人さんは、なんとヨーロッパの公国の王女様なのだそうだ。

さすがは鳥羽さんっていうか。
嫉妬を覚えるよりも、なんかステージが違うなって思ってしまった。

「クソ女……ですって?」

ピンクの髪の超美人さんが、にっこりと鳥羽さんに微笑んだ。

この女性はあくまでにこやかに微笑んでいるにもかかわらず、
なぜだかあたりの温度がゆうに、1.2度冷えたような気がした。

しかし鳥羽さんも負けてはいない。

渾身の半眼で、女性を睨みつけている。

「あら、あなた、わたくしにそんな口をきいて許されると思っていて?」

女性は手を腰に当てて、ぐっと胸を張った。
超美人に加えて、ボンッキュッボンッの完璧なプロポーションである。

そして女性は、少し意地の悪い笑みを浮かべて、
一歩、また一歩とジリジリと鳥羽さんに近寄っていく。

すると、その度に鳥羽さんが、一歩、また一歩と後退するのである。

心なしか、鳥羽さんの顔色が青い。

「あなたの抱える秘密を、今ここでバラされたい?」

そんな殺し文句と共に、女性は圧倒的勝利の笑みを浮かべるのである。

そしてついに女性が鳥羽さんに触れようと手を伸ばすと、

「やっ、やめろっ!」

顔色を変えた鳥羽さんが、短く叫んで女性を躱して、
あたしの手を取った。

「望月さくらっ! 俺と一緒に来い!」
「きゃっ! 鳥羽さんっ、ちょっと」

急に手を引っ張られたあたしは、
バランスを崩して前につんのめりそうになって抗議の声を上げたんだけど、

鳥羽さんはそんなのは構わずに、
あたしの手をしっかりと掴んでその場から走りだす。

「あら? 彼女は平気なんだ」

去り際に、彼女が意外そうに呟いた言葉が聞こえた。

色々なことがよく分からなかったんだけど、
とりあえず、鳥羽さんが必死だということは理解できた。

◇◇◇

どこをどう走ったのか、
今は構内の空き教室に鳥羽さんと二人きりなのだが、

そこには気まずい沈黙しかない。
先に口火を切ったのはあたしだった。

「なんだ……鳥羽さん。婚約者、いるんじゃないですか」

できるだけ、平静を装って言葉を紡いだつもりだったんだけど、
少しだけ声が震えてしまった。

「ちっ……ちがうっ! 話を聞いてくれ! 望月さくら」

鳥羽さんが本気で焦っているけど、
もはやあたしが鳥羽さんの気持ちを思いやる義理はないわけで。

「車の傷修理の件は、バイト増やしてなんとかしますので、
もう、あたしのことをからかうのはやめていただけませんか?」

あたしの言葉に、鳥羽さんが凍り付いている。

「あたし、忙しいんですよ。
正直、鳥羽さんのお遊びに付き合ってる暇はないっていうか」

あたしはその場を去ろうと、立ち上がった。

一刻も早くこの場所を立ち去らなければ、と思った。

自分でも説明がつかないほど、妙なテンションで、
じゃないとなんか、泣いてしまいそうだったから。

だけど、鳥羽さんはあたしの手をきつく握った。

「誰が……からかってるって?
 はぁ? お遊びだと?」

鳥羽さんがキレている。
けど、もうかまうもんかっ!

「離してくださいっ! あたしをこれ以上みじめにしないでください」

こうなることが、わかっていたから、
極力、この人に近づかないようにしていた。

その優しさを遠ざけようとした。

なのにこの人は……。

必死にこらえようとしたけれど、
不覚にも涙がこぼれてしまった。

「望月……さくら……?」

あたしの涙を、鳥羽さんが食い入るように見つめている。

(くっそぉ、涙、止まれぇぇぇ。
 これじゃあ、あたしがまるで、鳥羽さんのこと……)

そんなの、嫌だ。
だって悔しいじゃないっ!

「お前の気持ちはようくわかった。
つまりこれは二人の合意ということだと俺は理解したからな」

なんか鳥羽さんが思いつめた表情でぶつぶつと言っている。

(はぁ? 何をわけのわからないこと言ってるのよ)

ちょっとイラついて、あたしが泣きながら鳥羽さんを睨みつけると、
鳥羽さんは姿勢を正して、かつてないほどに真剣な表情をしている。

「もういい、望月さくら。目を閉じて歯を食いしばれ」

(なんでこの状況で、あたしが殴られなくちゃならないのよっ!)

『怒髪天を衝く』である。

(いくら帝王っていったってねぇ、そんなの犯罪じゃないっ!
女の子に手を上げるなんて、最低よっ!!!)

悔しさにあたしは目を見開いて、鳥羽さんを睨みつけた。

「望月さくらっ! 行くぞっ! 覚悟しろ」

いつにも増して、力んで上ずった鳥羽さんの声に、

(なっ殴られるっ!)

あたしは恐怖に、ぎゅっと目を閉じた。

ふにっ!

あたしの唇に降りてきたのは、そんな感触だった。

(ふにっ? ふにって何よ?)

そんな疑問に、

恐る恐る目を開けると、
鳥羽さんの超美形な顔面ドアップがあった。

あたしは反射的に思いっきり鳥羽さんの身体を、
両手で突っぱねて、

「はあああああああああ???」

腹の底からの疑問形を発した。

「望月さくら……お前なぁ」

鳥羽さんが盛大なため息を吐いた。

「せっかくのファーストキスだったのに、
 お前どんだけ色気ねぇんだよ」

そして鳥羽さんが、がっくりと肩を落とした。

「いっいいいいいい色気とか、そんな問題じゃないでしょう?
問題をすり替えないでよ! あなたには婚約者がいて」

不覚にも動揺しまくった、あたしの声が情けないほど震えている。

「はあ? 婚約者? そんなもんは犬にでもくれてやれ。
何が悲しくて他人に自分の結婚相手を決められにゃあならんのだ。
お前こそ、問題をすり替えるなよな。
俺が好きなのは、他の誰でもなくお前だっつうの!」

お前だっつうの!
お前だっつうの!
お前だっつうの!

鳥羽さんの問題発言が、延々とあたしの頭の中にコダマしていた。












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