上 下
2 / 8

無責任

しおりを挟む
「……あの、元の世界には帰ろうと思えば帰れるんですか?」

さっきの部屋から少し歩いて客室のような所に移動し、席に着かされた。そして私の前に座った例の白髪碧眼の王子に訊く。元の世界に居場所なんてないし、居る意味なんて見いだせない。でも、こんな意味の分からない異世界とやらにいるよりは向こうの世界で前のようにしていたほうがいいのではないだろうか。王子は未だに胡散臭い笑みを浮かべていて、少し信用しづらかった。

「……すいません、現段階では貴方のいた元の世界に帰る方法は見つかっていません」

その言葉で私は理解した。もうのだと。私はヘッドホンを軽く触った。知らない世界にいるという不安な気持ちが何年も慣れ親しんだヘッドホンを触ることで軽減された気がした。

「でもっ、貴方が帰りたいと望むのならば方法を絶対に探し出します! なので、少しの間でいいので協力していただけないでしょうか……」

「……いえ、元の世界には帰れなくても構いません」

どうせ居場所などないのだから。人様に迷惑を掛けてまで戻りたいというわけではない。……ただ、私には聖女なんて役割は御免だ。ライトノベルに出てくるような人々を癒やし、助け、慕われる聖女様になんてなれない。なりたくない。

「あの、でも聖女と言われましても…… 私には荷が重いです、他の人を当たってください」

とにかく私に聖女というポジションを与えないでほしい。こんな異世界に来て活躍するなんて荷が重すぎる。そもそも聖女って「神聖な女の人」でしょ? 絶対に引きこもりコミュ障陰キャに与えられるべき職務ではない。そう思っても王子様は納得してくれないらしく、力説し続ける。

「他の人では駄目なんです! 貴方が聖女なんですから。貴方以外は聖女としての力を持っていないし、貴方以外にはその役割を担うことができないんです」

聖女はこの国に満ちている瘴気を浄化し、助からないはずの怪我人を特別な魔法で治し、国に結界を張り国を救う存在。それになれるのは召喚の儀式で呼ばれた人だけなのだ、と。彼は熱弁を繰り広げる。無理、怖い。私には出来ない。そもそも私がそんなことをしている様子自体想像不可能。私はヘッドホンの上から手を覆い、縮こまる。

「私にはこの国がどうなろうと関係ないですし、聖女なんてなりません。魔法なんて夢物語のようなものを信じていられるほど子供でもないんです。そもそも自分さえも上手く扱えないのに、全てを諦めて生きてきたのに、他人が救えるはず無いんだからもう放っておいて」

失礼なことを言ったな、とは分かっていて、相手を困らせることも分かっている。随分と子供っぽいことを言ったということも。でも、私に聖女なんて大層な役割が務まるはずないのも事実であるし、一国の王子だからといって私を聖女の位に無理やり就かせる権利はないと思う。それに私は聖女なんて目立つ位に居たいわけでは断じて無い。ひっそりと暗がりで生きていたいような陰キャコミュ障なのだ。

「すいません、此方だけ盛り上がってしまって…… 来たばかりなのに不安にさせてしまいましたよね。こんな状況で申し訳ないのですが、どうか検討だけでもしてくださると助かります。取り敢えず、お部屋に案内しますね。しばらくはそこに滞在していただくこととなるのですがよろしいでしょうか」

私は無言で頷く。なんでこんな所に来てしまったのだろう。運が悪いのか何なのか。愛着も何もない国のために全てを捧げられるほど私は優しくない。よって検討をすることはないだろう。

『貴方は聖女です』

『分かりました、じゃあ私聖女になります!』

なんて物語のヒロインのようなことはできない。この国が本気で困っているから私のような人を藁にもすがる思いで召喚したのだということくらいは相手の焦り具合を見ていたら分かる。でも、私には人命なんてもの重すぎる。世界を助けるなんてこと出来ない。

「着きました、此処です。しばらくは此処に滞在していただくことになります。この部屋のドアに掛かっているベルを鳴らしたら誰かしらが来てくれるので、困ったら鳴らしてください。常駐のメイドは居たほうがいいですか? 居たほうがいいなら三人ほど用意いたしますが……」

メイド。あのふりふりした可愛らしい洋服を着た少女のことだ。……引きこもりな私と真逆な属性。この世界でのメイドはまたメイドカフェにいるようなものとは違うのかもしれないが、それでも無理である。人と関わること自体が苦手なのだから。独りのほうがよっぽど楽だ。

「大丈夫です、居なくていいです」

「分かりました、ごゆっくり。もし部屋の外に出たければ好きに出ていただいて構いませんので、城の中で好きにお過ごしください」

ふかふかの天蓋ベッド、大きなクローゼット、そしてなぜだか知らないけれど天井に取り付けられた豪華なシャンデリア。全てが馴染みのないものだ。

「もうやだ……」

異世界に来ていきなり聖女になれと言われて。唯一の助けはコードレスのヘッドホンを付けているので辛うじてこの世界の人とコミュニケーションが取れることくらい。ぼふっとベッドに倒れ込む。柔らかさを感じられたが、前のような布団と違う感触が少し気持ち悪く感じられた。

「……聖女になんかなりたくないし! 前の世界がいいって訳でもないけれど! あーもう……」

この世界の人は無責任だ。喚んでおいて帰れないと言ってのけるくらいには。こんなところで本当に生きていけるのだろうか。少しばかり恐怖を感じる。

 そんな不安定な精神状態で、さらにこんな慣れない違和感だらけの部屋に居るとだんだん息苦しくなってくるもので。しばらくするといい加減外に出たくなってきていた。

「好きに外に出ていいって言ってたしね。行っていいよね。こんな所に居るの嫌だし、もっと引きこもっていられる快適な場所を探したいし」

引きこもりとして、ライトノベルでいうスローライフとやらを送るのが最適なのではないだろうか。目指すは前世と同じ、空気と同化出来るような引きこもりライフ。今決めた。どうせ戻れないなら引き込もれる環境を整備していかなければ。そして一年後くらいには引きこもりとして優雅に生活できるようにするのだ。幸い此処には私に怒り出す母も、私の悪口ばかり言うご近所さんも居ない。よく考えればとてもいい環境なのかもしれない。此処で生きていくと腹を括ってしまえばもう開放感しか感じなかった。もしかしたら此処は私の居場所になってくれるかもしれないという淡い希望を抱いて私は部屋からとうとう出ることにした。

 部屋のドアを周りに気づかれないよう音を立てずにそうっと開く。引きこもりの得意技、空気と同化。周りはきっと誰も気づかない。私は何だか前の世界にいるときではありえなかったようなウキウキした気分で歩き出した。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜

星河由乃(旧名:星里有乃)
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」 「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」 (レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)  美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。  やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。 * 2023年01月15日、連載完結しました。 * ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました! * 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。 * この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。 * ブクマ、感想、ありがとうございます。

ふしだらな悪役令嬢として公開処刑される直前に聖女覚醒、婚約破棄の破棄?ご冗談でしょ(笑)

青の雀
恋愛
病弱な公爵令嬢ビクトリアは、卒業式の日にロバート王太子殿下から婚約破棄されてしまう。病弱なためあまり学園に行っていなかったことを男と浮気していたせいだ。おまけに王太子の浮気相手の令嬢を虐めていたとさえも、と勝手に冤罪を吹っかけられ、断罪されてしまいます。 父のストロベリー公爵は、王家に冤罪だと掛け合うものの、公開処刑の日時が決まる。 断頭台に引きずり出されたビクトリアは、最後に神に祈りを捧げます。 ビクトリアの身体から突然、黄金色の光が放たれ、苛立っていた観衆は穏やかな気持ちに変わっていく。 慌てた王家は、処刑を取りやめにするが……という話にする予定です。 お気づきになられている方もいらっしゃるかと存じますが この小説は、同じ世界観で 1.みなしごだからと婚約破棄された聖女は実は女神の化身だった件について 2.婚約破棄された悪役令嬢は女神様!? 開国の祖を追放した国は滅びの道まっしぐら 3.転生者のヒロインを虐めた悪役令嬢は聖女様!? 国外追放の罪を許してやるからと言っても後の祭りです。 全部、話として続いています。ひとつずつ読んでいただいても、わかるようにはしています。 続編というのか?スピンオフというのかは、わかりません。 本来は、章として区切るべきだったとは、思います。 コンテンツを分けずに章として連載することにしました。

【完結】魅了が解けたあと。

恋愛
国を魔物から救った英雄。 元平民だった彼は、聖女の王女とその仲間と共に国を、民を守った。 その後、苦楽を共にした英雄と聖女は共に惹かれあい真実の愛を紡ぐ。 あれから何十年___。 仲睦まじくおしどり夫婦と言われていたが、 とうとう聖女が病で倒れてしまう。 そんな彼女をいつまも隣で支え最後まで手を握り続けた英雄。 彼女が永遠の眠りへとついた時、彼は叫声と共に表情を無くした。 それは彼女を亡くした虚しさからだったのか、それとも・・・・・ ※すべての物語が都合よく魅了が暴かれるとは限らない。そんなお話。 ______________________ 少し回りくどいかも。 でも私には必要な回りくどさなので最後までお付き合い頂けると嬉しいです。

【完結】聖女召喚に巻き込まれたバリキャリですが、追い出されそうになったのでお金と魔獣をもらって出て行きます!

チャららA12・山もり
恋愛
二十七歳バリバリキャリアウーマンの鎌本博美(かまもとひろみ)が、交差点で後ろから背中を押された。死んだと思った博美だが、突如、異世界へ召喚される。召喚された博美が発した言葉を誤解したハロルド王子の前に、もうひとりの女性が現れた。博美の方が、聖女召喚に巻き込まれた一般人だと決めつけ、追い出されそうになる。しかし、バリキャリの博美は、そのまま追い出されることを拒否し、彼らに慰謝料を要求する。 お金を受け取るまで、博美は屋敷で暮らすことになり、数々の騒動に巻き込まれながら地下で暮らす魔獣と交流を深めていく。

【完結】ただの悪役令嬢ですが、大国の皇子を拾いました。〜お嬢様は、実は皇子な使用人に執着される〜

曽根原ツタ
恋愛
「――あなたに拾っていただけたことは、俺の人生の中で何よりも幸運でした」 (私は、とんでもない拾いものをしてしまったのね。この人は、大国の皇子様で、ゲームの攻略対象。そして私は……私は――ただの悪役令嬢) そこは、運命で結ばれた男女の身体に、対になる紋章が浮かぶという伝説がある乙女ゲームの世界。 悪役令嬢ジェナー・エイデンは、ゲームをプレイしていた前世の記憶を思い出していた。屋敷の使用人として彼女に仕えている元孤児の青年ギルフォードは――ゲームの攻略対象の1人。その上、大国テーレの皇帝の隠し子だった。 いつの日にか、ギルフォードにはヒロインとの運命の印が現れる。ジェナーは、ギルフォードに思いを寄せつつも、未来に現れる本物のヒロインと彼の幸せを願い身を引くつもりだった。しかし、次第に運命の紋章にまつわる本当の真実が明らかになっていき……? ★使用人(実は皇子様)× お嬢様(悪役令嬢)の一筋縄ではいかない純愛ストーリーです。 小説家になろう様でも公開中 1月4日 HOTランキング1位ありがとうございます。 (完結保証 )

私は聖女ではないですか。じゃあ勝手にするので放っといてください。

アーエル
ファンタジー
旧題:私は『聖女ではない』ですか。そうですか。帰ることも出来ませんか。じゃあ『勝手にする』ので放っといて下さい。 【 聖女?そんなもん知るか。報復?復讐?しますよ。当たり前でしょう?当然の権利です! 】 地震を知らせるアラームがなると同時に知らない世界の床に座り込んでいた。 同じ状況の少女と共に。 そして現れた『オレ様』な青年が、この国の第二王子!? 怯える少女と睨みつける私。 オレ様王子は少女を『聖女』として選び、私の存在を拒否して城から追い出した。 だったら『勝手にする』から放っておいて! 同時公開 ☆カクヨム さん ✻アルファポリスさんにて書籍化されました🎉 タイトルは【 私は聖女ではないですか。じゃあ勝手にするので放っといてください 】です。 そして番外編もはじめました。 相変わらず不定期です。 皆さんのおかげです。 本当にありがとうございます🙇💕 これからもよろしくお願いします。

多分悪役令嬢ですが、うっかりヒーローを餌付けして執着されています

結城芙由奈 
恋愛
【美味しそう……? こ、これは誰にもあげませんから!】 23歳、ブラック企業で働いている社畜OLの私。この日も帰宅は深夜過ぎ。泥のように眠りに着き、目覚めれば綺羅びやかな部屋にいた。しかも私は意地悪な貴族令嬢のようで使用人たちはビクビクしている。ひょっとして私って……悪役令嬢? テンプレ通りなら、将来破滅してしまうかも! そこで、細くても長く生きるために、目立たず空気のように生きようと決めた。それなのに、ひょんな出来事からヒーロー? に執着される羽目に……。 お願いですから、私に構わないで下さい! ※ 他サイトでも投稿中

家柄が悪いから婚約破棄? 辺境伯の娘だから芋臭い? 私を溺愛している騎士とお父様が怒りますよ?

西東友一
恋愛
ウォーリー辺境伯の娘ミシェルはとても優れた聖女だった。その噂がレオナルド王子の耳に入り、婚約することになった。遠路はるばる王都についてみれば、レオナルド王子から婚約破棄を言い渡されました。どうやら、王都にいる貴族たちから色々吹き込まれたみたいです。仕舞いにはそんな令嬢たちから「芋臭い」なんて言われてしまいました。 連れてきた護衛のアーサーが今にも剣を抜きそうになっていましたけれど、そんなことをしたらアーサーが処刑されてしまうので、私は買い物をして田舎に帰ることを決めました。 ★★ 恋愛小説コンテストに出す予定です。 タイトル含め、修正する可能性があります。 ご迷惑おかけしますが、よろしくお願いいたします。 ネタバレ含むんですが、設定の順番をかえさせていただきました。設定にしおりをしてくださった200名を超える皆様、本当にごめんなさい。お手数おかけしますが、引き続きお読みください。

処理中です...