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聖女召喚されたらしい。
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「詩音、降りてらっしゃい! これはどういうことなの!」
母の怒声。またか、といい加減呆れのようなものさえ感じられた。……放っておいてくれたらいいのに。優秀な兄だけを見ていればいいのに。なーんて考えながら、部屋のベッドの上に転がっていたヘッドホンを着ける。別にこれで声が聞こえなくなるわけではない。普通に聞こえるけれど、これで言葉に含まれた棘が取り除かれてただの音として耳に届くような気がしたから、いつからか人と話す時はいつも着けるようになってしまった。
「なんですか」
次の瞬間響いたのは、パチンという乾いた音。頬が熱くなっていることから殴られたのだと分かった。きっかけさえあれば暴力ばかり振るう親を持ってしまったことに最早諦めさえ感じられた。
「これは何!? なんでこんなに出来ないの! 貴昭ならこれくらい簡単に出来たのに!」
出てきた兄の名。私とは違うセカイに住む、キラキラした人。私のような引きこもりを極めた陰キャコミュ障とは大違いな人。私もあの人が好きではないし、きっとあの人も私が嫌いだろう。母は私がそんなことを考えている間にもどんどんヒステリックになっていく。
「なんで! あんたはヘッドホン着けて引きこもって! 近所の人になんて言われてるか分かってるの!?」
知ってる。私のことをいっつもいっつも「出来損ないだ」とか「お兄さんとはぜんぜん違うのね」だとか。それをお母さんが嫌がっていることも知ってる。でも、私にはどうにもならないの。私は諦めているから。
「まただんまり!? あんたみたいな奴、産まなきゃ良かった!」
私は無言のまま母を見つめる。母は私のことをきっと睨みつけてまたヒステリックに叫んだ。
「何よ気持ち悪い! さっさと私の前から消えてよ」
ドン、とまたいつものように蹴られた。私はフラフラとした足取りでよろよろ部屋へ向かっていく。
『メールを受信しました』
適当にスマホをいじって気を紛らわせていると、ピコン、と音を立ててスマホにメッセージが届く。
『お前なんか死ねばいい』
そうっと開くとそんな言葉が視界に飛び込んできた。ゆっくりとチャットアプリを閉じる。……また同級生から。みんなみんな私を嫌ってる。私は何のために生きているのだろう。そんなことばかり考える毎日。お母さんも私のことを嫌ってて、お父さんは無関心。お兄ちゃんは私を常に無視。どこにも居場所がなくて、とにかく辛かった。此処から逃げ出したかった。
「しにたいな」
いつかのこと、たしかあれは学校の先生だっただろうか。
『生って字の読み方はいっぱいあるけれど、死は一つしか読み方がないんだって。私は、人生の選択肢の中で生きるっていう選択をしたときの未来は沢山広がっているけど、死ぬっていう選択をしたらそこで終わって未来が途絶えてしまうというたった一つの選択肢しかないって伝えたいと思うんだ』
と言っている人がいた。……きっと本当は素敵な言葉。でも私にとっては辛い言葉。本当に、死ぬ以外の選択肢が見えない時はどうしたらいいんだろう。そんなことは誰も教えてくれなかった。
一旦外に出よう。私は母の居ない、静かな場所に行こうとこっそり玄関のドアを開けた。
「寒っ……」
ピューピューと冷たい風が私に吹き付ける。冬の夜に防寒せずに出るのは自殺行為と言ってもいいかもしれない。凍死しそうなぐらい寒い。
「死にたいわけじゃ、ないんだけどな」
生きていいよと。そう肯定して一緒に居てくれる人が一人でも居たなら。また違ったのかもしれない。此処じゃなくてもいいから居場所が欲しい。そう思ってしまう私は欲張りなのだろうか。
「……雪」
私に追い打ちを掛けるように降り出す真っ白い雪。上を見上げていると雪がひとひら顔に当たる。冷たい雫となって零れ落ちた。……ああ、いっそ此処で凍死するのもいいかもな。なんて思っていた時のこと。キラキラとした金の粉が私の周りに降り注ぎ始めた。
「なにこれ」
あったかい。雪で冷え切った私を温めてくれる。ぼうっとそれを眺めていたら、その金の粉は渦巻き始め文様のようなものを作り始めた。……あ、これやばいやつ? 私はどうすることも出来ずにどんどん増えていく金の粉にそのまま飲み込まれた。
再び目を開けたときには、私は全く見覚えのないところに座り込んでいた。大理石のような高級そうな石の床、上を見上げればシャンデリア。
「おぉ……」
「この方が聖女様か!」
「あの伝説の……」
付けているヘッドホン越しに聞こえる知らない人の会話。黒髪の人間は一人も見当たらない。……怖い怖い怖い。それもなぜだか知らないが私の周りを取り囲んでいる。ちょっと離れて? こっちに来ないで? 私がそうやってプチパニックに陥っている間にも、どんどん話は進んでいる。
「失礼、お名前を教えていただけますか?」
白髪碧眼の男性が近づいてきて訊いた。恐怖を感じながら私は返答する。
「涼風、詩音です」
「スズカゼが名前ですか?」
「いえ、あの、詩音の方です」
此処では海外のように日本と名前の書き方が反対らしい。地味に感動しながら私は白髪碧眼の男性に向き合った。
「シオン様、貴方が聖女ですか?」
近付いてきた白髪碧眼の男性に意味の分からない質問をされる。聖女って何? これは何かの宗教団体ですか? と聞き返したいが、私のような家に引きこもっている陰キャにはやはり無理である。
「……し、知りません。そもそも、貴方は誰なんですか、ここはどこなんですか」
下を向いて陰キャの特徴である超絶早口超小声でボソボソ言う。そんな小声もこのよくわからない白髪碧眼の謎の人は聞き取ったようで、胡散臭いキラキラの笑顔で返してきた。
「私はこの国の王子である、クレイです。ここはリリーシアという国で、貴方の故郷とは別の世界だと思います。貴方はこの国を救う聖女としてこの世界に召喚されました。どうかこの国を救う手助けをしてくださらないでしょうか?」
リリーシア、聖女、国を救う、召喚。意味のわからない言葉が私の頭の中でぐるぐる回る。そして数秒してやっと言っている意味を理解した時には、気づいたら今日一ではないかと思うくらい大きい声で叫んでいた。
「……っ、引きこもりな私にそんな聖女なんて大役、無理ですっ!」
と。相手は目を見開いて、立ち尽くす。やってしまった、と思って私は俯いて冷たい床の一点をじっと見つめた。
母の怒声。またか、といい加減呆れのようなものさえ感じられた。……放っておいてくれたらいいのに。優秀な兄だけを見ていればいいのに。なーんて考えながら、部屋のベッドの上に転がっていたヘッドホンを着ける。別にこれで声が聞こえなくなるわけではない。普通に聞こえるけれど、これで言葉に含まれた棘が取り除かれてただの音として耳に届くような気がしたから、いつからか人と話す時はいつも着けるようになってしまった。
「なんですか」
次の瞬間響いたのは、パチンという乾いた音。頬が熱くなっていることから殴られたのだと分かった。きっかけさえあれば暴力ばかり振るう親を持ってしまったことに最早諦めさえ感じられた。
「これは何!? なんでこんなに出来ないの! 貴昭ならこれくらい簡単に出来たのに!」
出てきた兄の名。私とは違うセカイに住む、キラキラした人。私のような引きこもりを極めた陰キャコミュ障とは大違いな人。私もあの人が好きではないし、きっとあの人も私が嫌いだろう。母は私がそんなことを考えている間にもどんどんヒステリックになっていく。
「なんで! あんたはヘッドホン着けて引きこもって! 近所の人になんて言われてるか分かってるの!?」
知ってる。私のことをいっつもいっつも「出来損ないだ」とか「お兄さんとはぜんぜん違うのね」だとか。それをお母さんが嫌がっていることも知ってる。でも、私にはどうにもならないの。私は諦めているから。
「まただんまり!? あんたみたいな奴、産まなきゃ良かった!」
私は無言のまま母を見つめる。母は私のことをきっと睨みつけてまたヒステリックに叫んだ。
「何よ気持ち悪い! さっさと私の前から消えてよ」
ドン、とまたいつものように蹴られた。私はフラフラとした足取りでよろよろ部屋へ向かっていく。
『メールを受信しました』
適当にスマホをいじって気を紛らわせていると、ピコン、と音を立ててスマホにメッセージが届く。
『お前なんか死ねばいい』
そうっと開くとそんな言葉が視界に飛び込んできた。ゆっくりとチャットアプリを閉じる。……また同級生から。みんなみんな私を嫌ってる。私は何のために生きているのだろう。そんなことばかり考える毎日。お母さんも私のことを嫌ってて、お父さんは無関心。お兄ちゃんは私を常に無視。どこにも居場所がなくて、とにかく辛かった。此処から逃げ出したかった。
「しにたいな」
いつかのこと、たしかあれは学校の先生だっただろうか。
『生って字の読み方はいっぱいあるけれど、死は一つしか読み方がないんだって。私は、人生の選択肢の中で生きるっていう選択をしたときの未来は沢山広がっているけど、死ぬっていう選択をしたらそこで終わって未来が途絶えてしまうというたった一つの選択肢しかないって伝えたいと思うんだ』
と言っている人がいた。……きっと本当は素敵な言葉。でも私にとっては辛い言葉。本当に、死ぬ以外の選択肢が見えない時はどうしたらいいんだろう。そんなことは誰も教えてくれなかった。
一旦外に出よう。私は母の居ない、静かな場所に行こうとこっそり玄関のドアを開けた。
「寒っ……」
ピューピューと冷たい風が私に吹き付ける。冬の夜に防寒せずに出るのは自殺行為と言ってもいいかもしれない。凍死しそうなぐらい寒い。
「死にたいわけじゃ、ないんだけどな」
生きていいよと。そう肯定して一緒に居てくれる人が一人でも居たなら。また違ったのかもしれない。此処じゃなくてもいいから居場所が欲しい。そう思ってしまう私は欲張りなのだろうか。
「……雪」
私に追い打ちを掛けるように降り出す真っ白い雪。上を見上げていると雪がひとひら顔に当たる。冷たい雫となって零れ落ちた。……ああ、いっそ此処で凍死するのもいいかもな。なんて思っていた時のこと。キラキラとした金の粉が私の周りに降り注ぎ始めた。
「なにこれ」
あったかい。雪で冷え切った私を温めてくれる。ぼうっとそれを眺めていたら、その金の粉は渦巻き始め文様のようなものを作り始めた。……あ、これやばいやつ? 私はどうすることも出来ずにどんどん増えていく金の粉にそのまま飲み込まれた。
再び目を開けたときには、私は全く見覚えのないところに座り込んでいた。大理石のような高級そうな石の床、上を見上げればシャンデリア。
「おぉ……」
「この方が聖女様か!」
「あの伝説の……」
付けているヘッドホン越しに聞こえる知らない人の会話。黒髪の人間は一人も見当たらない。……怖い怖い怖い。それもなぜだか知らないが私の周りを取り囲んでいる。ちょっと離れて? こっちに来ないで? 私がそうやってプチパニックに陥っている間にも、どんどん話は進んでいる。
「失礼、お名前を教えていただけますか?」
白髪碧眼の男性が近づいてきて訊いた。恐怖を感じながら私は返答する。
「涼風、詩音です」
「スズカゼが名前ですか?」
「いえ、あの、詩音の方です」
此処では海外のように日本と名前の書き方が反対らしい。地味に感動しながら私は白髪碧眼の男性に向き合った。
「シオン様、貴方が聖女ですか?」
近付いてきた白髪碧眼の男性に意味の分からない質問をされる。聖女って何? これは何かの宗教団体ですか? と聞き返したいが、私のような家に引きこもっている陰キャにはやはり無理である。
「……し、知りません。そもそも、貴方は誰なんですか、ここはどこなんですか」
下を向いて陰キャの特徴である超絶早口超小声でボソボソ言う。そんな小声もこのよくわからない白髪碧眼の謎の人は聞き取ったようで、胡散臭いキラキラの笑顔で返してきた。
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リリーシア、聖女、国を救う、召喚。意味のわからない言葉が私の頭の中でぐるぐる回る。そして数秒してやっと言っている意味を理解した時には、気づいたら今日一ではないかと思うくらい大きい声で叫んでいた。
「……っ、引きこもりな私にそんな聖女なんて大役、無理ですっ!」
と。相手は目を見開いて、立ち尽くす。やってしまった、と思って私は俯いて冷たい床の一点をじっと見つめた。
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