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第3章 魔獣の棲家 編

第77話 ティム

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魔獣スキュラとの戦闘中、突如として現れた海の民の名家、ウィーブ家の令嬢、ディアン。
その目的が分からないまま、彼女の動向を伺っていると驚くべき呪文を唱えるのだった。

手懐けるティム

額面通り受け取れば、あの魔獣を手懐けたことになる。そう簡単には信じられず、懐疑的に思っていたレイヴンだったが、その後のスキュラの様子を見て、驚いた。

背負向けていた魔獣が、振り返った時、その目に宿してあった強い光はなく、やや虚ろな瞳を向けてくる。
表情というものがなく、まるで大きな人形を相手にしているようだった。

この明らかな様子の違いに、戸惑っていると、絶対的にディアンの能力を信じざるを得ない事態が起こる。
何と魔獣スキュラが、彼女に頭を下げて恭順の意を示したのだ。

「凄い」

これに、思わずライが呟いてしまったが、全員が同じ感想を持つ。散々、海の民を苦しめていた凶悪な魔獣が、か細い、たった一人の女性に屈しているのだ。

モアナなどは、簡単に納得できなかったが、目の前に起きているのは間違いのない事実。
受け入れるしかないのだ。

「なぁ、ディアンのスキルは本物か?」
「私にも分からないよ。・・・昔は、そんなスキル持っていなかった思うけどねぇ」

モアナの記憶の中に、ディアンがスキルホルダーだったという事実はない。それは、ライも同様で、彼も「分からない」と、首を振った。

スキュラの気まぐれって線がないかと思ったが、この期に及んで、それはないだろう。
こういう時は、やはり本人に聞くのが一番だ。

「ディアン・ウィーブ。その魔獣を使役して、どうするつもりだ?」

レイヴンは、あえて『手懐けるティム』を肯定した形で質問する。これで、相手の出方を伺うのだ。

「ふふふっ、どうするつもりですって?」

すると、そんなに面白い質問ではないと思うが、意に反してディアンは笑い出す。
但し、優越感に浸った笑みであることから、彼女のスキルは本物だとレイヴンは確信した。
そのまま、待っているとディアンは、続きを話し始める。

「どうするも何も、私の狙いはお家再興、それだけですわ。そのために三年前、この魔獣をこの地に召還したんですもの」

この告白に、ライが「やっぱり」と心の中で思った。
以前、モアナにディアンの留学から返って来たタイミングとスキュラが現れた時期が一致する点を話していたのである。

それにしても、なぜ、三年間も魔獣を放置していたのだろうか?
その疑問はディアンの口から説明された。

「魔獣スキュラの力は絶大なの。正直、私の力じゃあ、三年前は『手懐けるティム』することはできなかったわ」
「それが、今できたのは、どういうカラクリだ?」
「単純に弱っていただけよ。・・・だから、あなたたちに感謝すると伝えたの」

つまり、ディアンはスキュラを追い詰めることができる人物を、この三年間、ジッと待っていたという事である。
お家再興の執念が実ったという事だ。

「それで、スキュラの力を使って、何をしようってんだ?」
「マルシャルを一度、壊して戦国時代に戻します。そこで、改めて先祖の夢、『』を成し遂げるの」

平和を壊した張本人が、覇権を握ったとして、果たして民衆はついてくるのか?
ディアンの考えには、疑問が残るが、当人は真剣に考えているようだ。

ただ、同じ海の民のモアナとライには、到底、受け入れられない考え方。
二人からの猛反発にあう。

「勝手な事をほざいているようだけど、そんな簡単に上手くいくと思っているのかい?」
「そうです。それに、一人で海の民、全員を敵に回すなんて、正気とは思えない」

泰平の時代が訪れて三百年。今さら、あの血で血を洗う戦国時代に戻るなんて考えられなかった。
それに、もっとも重要なのは、そんな時代遡行など、誰も望んでいないという事である。

ウィーブ家が、浮き上がるためには、戦国時代に戻るのは必要なプロセスかもしれないが、そんなのに誰も付き合う気は、さらさらないのだ。

「それは、上手いこと生き抜いたバーチャー家やアバンダ家の者の意見ね」

しかし、ディアンにはモアナやライの意見を一般論として、受け入れる気はない。
権力を牛耳る側が、大きな力を手放したくないがため、自分たちの保身のため主張しているのだと捉えた。

力を渇望するディアン。皆が自分と同じように考えているとの思い込みが強いのである。
この話は、水掛け論にしかならなそうだ。

それであれば、簡単な事。ディアンの野望を止めればいいだけである。
だが、その前にレイヴンは、確認しておきたいことが、一点だけあった。

「悲劇のお姫さまの主張は分かった。・・・それで、どうして俺が『アウル』のメンバーだなんて言い出したんだ?」

「・・・だって、あなたはあのミューズの息子なんでしょう?母親の手伝いをするのが、あなたのおうちにとって、最良の事ではなくて?」
「さぁ、それはどうかな」

家柄を大切にするディアンにとって、当たり前の感覚かもしれないが、レイヴンからすれば、まったく同意できない。

というより、その母親には捨てられたとの思いが強かった。
協力しなければならない謂れもない。

「さすがは、ミューズの息子さんね。随分と薄情だわ」
「へぇー、あの女が善行を施しているとは思っちゃいないが、随分と嫌われたもんだな」
「だって・・・いえ、止めておきましょう」

ディアンは途中で説明を止めた。続きが気になるが、これ以上、口を割る雰囲気はない。
もっともミューズとディアンの間に、どんな因果関係があったとしても、それはレイヴンにはあずかり知らぬこと。

結局は、開国を求める邪魔者とミューズの悪評が相まって、同一視されただけの事だと思われる。
何となく話の落としどころを見つけたレイヴンは、それで納得することにした。

但し、ミューズとレイヴンの血縁関係を知る第三者が、背後にいることは間違いない。
モアナやライの記憶が正しければ、ディアンは魔獣を操れるようなスキルは持っていなかったそうだ。

後天的にスキルを得たのだとすれば、その第三者が関係しているのではないかと、レイヴンの勘が働く。
もっとも、ディアンが会話を切上げた以上、その先の情報は分からずじまいだが・・・

「お話が終わりなら、あんたの拠り所になっている武力とやらを、ここで粉砕するだけだな」
「できるかしら?今のスキュラは『魔獣使いビーストマスター』の私の能力も上乗せされて、先ほどの比じゃありませんよ」

ディアンの合図で、立ち上がった魔獣は三つの首を揃えて、大きな咆哮を放った。
その勢いに、吹き飛ばされそうになるのをレイヴンたちは、何とか堪える。

パワーアップしているというのは、どうも本当のようだ。
だが、その大きく開けたスキュラの口は、レイヴンにとって狙いどころである。

すかさず、例の香辛料が入った樽を投げ込んだ。
しかし・・・

以前のようにスキュラが苦しむ様子はない。

「私に使役されている間は、痛覚は解除しています。もう、その手は通用しませんよ」

ディアンは、勝ち誇ったように口に手を当てて笑った。痛みを感じない怪物を使役している以上、敗れることはないと思い込んでいるようである。

「なるほどねぇ。まぁ、それなら、それで戦い方はある」
「負け惜しみにしか、聞こえませんわ」

先ほどは、レイヴンたちの前から逃げ出そうとしたスキュラ。
これで優劣が逆転したと思うディアンは、魔獣に間合いをゆっくりと詰めるように指示をする。
魔獣との第二ラウンドが、今、始まるのだった。
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