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第3章 魔獣の棲家 編

第69話 開国の要求

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海の国マルシャルの官邸の一室。
突然、現れた不躾ぶしつけな訪問者に対して、国の元首は抗議の目を向けるが、何も口にしなかった。

目の前の相手は、この程度の無礼を咎めても、まったく意に介さないのを承知しているのである。
ただ、レイヴンに対する発言の真意だけは正さなければならなかった。

「この人がその・・・『アウル』の一員だという証拠があるのかな?」
「証拠は、まだないが、その証言者はウィーブ家のご令嬢。我らにとって、信用できる相手であろう」

モアナに聞いた話では、ウィーブ家とはバーチャー家、アバンダ家の元主家に当たる家柄。
なぜ、その娘さんが、レイヴンに対して妙な建議をかけるのかは分からない。

他所から見れば、同じく『水の宝石アクアサファイア』を狙う輩と思われているのだろうか?

まだ、レイヴンたちの事をよく知らないハウムは、反論するだけの材料を持っていない。
黙り込む元首の後ろで、どう理解してもらおうかとレイヴンが考えているところ、思わぬところから援護射撃が入った。

「ちょっと待って下さい。私の友人に対して、随分としたもの言いだな、モンクス」
「ん?・・・げっ、お前はニック!」

スカイ商会の会長は、どうやら、モンクス・アバンダと知り合いらしい。
どういった人間関係かまでは分からないが、短い会話の中でも主導権はニックが握っているのだけは分かった。

「そのウィーブ家のお嬢さんがどのような人か知らないが、レイヴンさんがそんな怪しげな団体と関わりない事、このスカイ商会のニックが保障するよ」
「むむむっ・・・」

ディアンから聞いたのは、魔獣スキュラを倒すためにやって来た助っ人が『海の神殿』の秘宝『水の宝石アクアサファイア』を狙っているという事だけ。

アウル』のメンバーというのは、鎌をかけてみただけなのだが、思わぬ相手から横やりが入ってしまいモンクスは黙り込んでしまった。
改めて、ニックの顔を恨めしそうに見つめる。

実は後から聞いた話によると、この二人、イグナシア王国にある王都学院の同期生なのだそうだ。

鎖国を続けるマルシャルとはいえ、国外に人が出るのは認めている。
人材育成の一環で、優秀な人材には特例で海外に留学できる制度があった。

人数は毎年、1名ないし2名と狭き門だが、若きモンクスは見事突破すると留学先をイグナシア王国に選ぶ。そこで、二人は出会う事になったのだ。
同じ学び舎で過ごしたのは、三十年近く前の話で、当時の二人は首席と次席というライバル関係。

ただ、次席だったモンクスは、どう足掻いても首席のニックには勝てず、世の中上には上がいるものだと、世間の厳しさを思い知らされるのだった。
何とも苦い記憶が蘇り、自然とニックに対しては、苦手意識を持つ。

沈むモンクスとは対照的に、ハウムの顔が明るくなった。
政治家と経営者という違いはあるが、一代でスカイ商会を世界随一にまでのし上げたニックの手腕を高く評価しており、一度、会って話をしてみたいと思っていたのである。

その経営ノウハウの一部をマルシャルの統治に活かせないかと思っているほどだ。

「あなたがニックさんでしたか。まさか出会う事が叶うとは・・・ご高名は伺っております」
「いや、私など、一介の商人に過ぎません」

突然、ハウムから握手を求められ、照れながらニックが返す。
その二人の間に挟まれたモンクスは、そっぽを向いてへそを曲げた。

まるで、勝手にしろと言いたげである。だが、軽い意趣返しくらいはしておきたかった。
割って入ると、モンクスはニックを詰問する。

「そのレイヴンとやらの件は、一旦、保留にする。・・・だが、ニック、お前は何をしにマルシャルに来たんだ」

『他愛もない理由であれば、難癖をつけて追い出してやろう』

そう目論むアバンダ家の当主だが、頭に血が上り過ぎて、ディアンから聞いていた大切な話を失念しまっていた。
世界に冠するスカイ商家が鎖国しているマルシャルを訪れる理由。普段の彼なら、答えはすぐに分かるはず。

このイレギュラーな出会いが、モンクスの思考回路を狂わせてしまったのだ。
わざわざニックに誘い水を与えてしまったのである。

当然、スカイ商会の会長は、この質問に待ってましたと飛びついた。
身を乗り出すようにして話し始める。

「私の目的は、マルシャルに開国を求める事。交易によって、もたらす利を理解してもらいたいのです」

ニックの言葉に、マルシャルが誇る首脳同士が、顔を見合わせた。
その話題が出ることは、二人とも事前に把握していたのだが、浮かれたハウムと冷静さを失ったモンクス。
もう少し違った展開で、その件に触れることができたのだ

提案がレイヴンという青年のものであれば、煙に巻くこともできると高を括っていたが、相手がニックでは、そうはいかない。
だが、すぐに結論を出せる問題では、もちろんなかった。

「それはニックさん、あなたほどの人でしたら、簡単な話ではないことは理解しているでしょう」
「理解していますが、事には必ず始まりと終わりがある。鎖国の役目は、もう十分、果たされたのではないでしょうか?」

マルシャルは、すでに諸外国が介入して、どうこうできるような国ではなくなっている。
鎖国を続けた三百年という期間は、海の民の国を成長させるのに、十分な時間だったのだ。
その事は、国家を導く立場の二人は、よく分かっている。

ハウムより革新的な考え方を持つモンクスは、開国がもたらす利益も承知していた。
だが、ニックの提案に乗っかるのは、どうも腹に据えかねる。

「とりあえず、このの中では決めることはできない。ニックの意見は、参考にはさせてもらうが、当面の問題が、先に片付いてからだ」

意見が対立することが多いハウムも、今回はモンクスに同調した。
開国後、どのような影響を海の民の生活にもたらすのかまでを、しっかりと吟味しなければ、国家の長としては判断できない。

ただ利益があるから開国しますでは、国家運営は成り立たないのだ。
その辺については、ニックも理解はある。性急な回答を求めるようなことはしなかった。

そこに激しく扉が開く。
何事かと思っていると、入室して来たのはモアナだった。

しかも、いつもの動きやすいラフな格好ではなく、国家元首の令嬢らしい畏まった衣装。
しかし、言葉つがいはいつものままだった。

「父上、何を迷うことがある。このままでは、海の民は世界にも時代にも、取り残されるぞ」

開けた扉と同じく、その口調は激しい。彼女の口撃は、自身の剣筋を思わせるほど相手の急所を突いたものだった。

生活は自国の力だけでできても、時代の進歩にはついて行けない。
時折、留学生から新しい技術が持ち込まれることはあったが、それで十分とはハウムも考えてはいないのだった。

「迷っているのではない。慎重に検討すると言っているのだ。・・・それに、剣しか知らぬお前が、政治に口を出すではない」

言い訳としては、少々苦しいが、元首たる身とすれば、ここはそうでも言って退けるしかない。
だが、モアナの一言が前向きな検討へ変わる要素である事は間違いなかった。
レイヴンは、彼女に向けてサムズアップをみせる。

そんなモアナに、モンクスとともに入室し、今まで黙っていた青年が話しかけた。

「モアナ、久しぶりだな。この後、少し話したいんだが、いいか?」
「ライかい、久しぶりだね。ああ、構わないよ」

モアナとライは、幼馴染でもあり、ともに魔獣スキュラと戦った戦友でもある。話したいと言われれば、断る理由はなかった。
モアナは、何の躊躇いもなく了承する。

開国云々の話は、一旦、落ち着き、続いてモンクスが話した当面の問題に議題は移った。
魔獣スキュラを倒し、『海の神殿』の中に入る。

ここで、レイヴンは開国の件同様に、ハウムやモンクスに認めさせなければならないことがあった。
それは『水の宝石アクアサファイア』の取り扱いである。

レイヴンとしては、『アウル』のいや、ミューズ・キテラの野望を砕くために、どうしても譲れない話だった。
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