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第3章 魔獣の棲家 編
第56話 海賊のアジトへ
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イグナシア王国西海岸、港町ダールド。
領主であるポートマス家の屋敷の中は、暗く沈んでいた。
大広間に集まった面々は、それぞれの口でしきりに反省の弁を述べる。責任の押し付け合いをするような人間が一人もいないのが、せめてもの救いだが、それが打開策になる訳ではなかった。
「私がレイヴンに言われたように残っていたら・・・」
「いえ、私がもっと早く、庭園の様子を見に行っていたら・・・」
「いいや、私が屋敷の警備を、もっと厳重にしていたら・・・」
これは、順番にカーリィ、レイモンド、マークスの口から出た言葉である。“たられば”のオンパレードだが、誰かがその発言通りに実行していたとしても、実際に防げたかどうかは分からない。
レイヴンは、それほど相手が手練れだったのではないかと予想していた。
それはアンナの能力を過小評価していないからである。
大切な鉄笛を残していくなんて、余程の事があったとしか思えなかった。
果たして、レイヴンがその場にいたとしても、どのような結果になったか・・・
しかし、必ず救い出すという事だけは、何があっても変わらない。
「念のために聞くけど、最近、ポートマス家が恨みを買うような出来事はあったかい?」
「・・・いえ、ないと思います。領地を治める身ですから、どこかで恨みを買う可能性は否定できませんが・・・」
怨恨の可能性を考えて質問したが、マークスのこの返答を聞く限り、おそらくないだろう。
となると、やはり、あの海賊たちの別動隊と考えた方が良さそうだ。
ハイデンの反応が気になるが、囮役をこなせるタイプとは、到底、思えない。
わざと知らせなかったのではないかと判断した。
となると、二人の身柄は海賊のアジトの中ということになる。
救い出すためには、敵の本拠地に乗り込む必要があるのだ。方針が定まったレイヴンは、ダールドの領主の方を向き直す。
「マークス卿、上等な肉を用意できるかい?」
「食事でしたら、すぐに用意させますよ」
「いや、肉だけでいいんだよ。できれば、とびっきりに美味しい肉をね」
『?』マークが出ているマークスに、レイヴンは言葉をつけ足した。それは、旅の途中で交わしたアンナとの約束を守るためなのである。
トゥオールの街で手に入れた香辛料を使った肉料理を、まだ、彼女に振舞っていないのだ。
レイヴンは、助けた後の事を冗談めかして話す事で、この場の雰囲気を和らげる。
そういう理由でしたらと、マークスは、今、屋敷にある一番いい肉を用意させると約束した。
場が落ち着いたところでレイヴンは、バルジャック兄弟の拠点がどこにあるのかを尋ねる。
「お伝えしますが、・・・十分、お気を付けください」
兄のデュークも捕らえられていた場所。当然、マークスは熟知しているのだが、その前に注意を呼びかけるのは訳があった。
それは、バルジャック兄弟の兄、オロチ・バルジャックのスキルが大きく関係している。
彼のスキルは『雷電』。雷を意のままに操ることができるという、とんでもない代物。
そのため、オロチはアジトに近づく船を片っ端からスキルの餌食にして、沈没させていく。
この戦法で、これまでにバルジャック兄弟の拠点へと辿り着いた船は、一隻もいないのだそうだ。
実質、バルジャック兄弟に捕まったら最後。救出することは『不可能任務』なのである。ポートマス家は、優秀だった跡取りが彼らに殺されたことにより、誰よりも身をもって、その事を承知しているのだ。
「それだったら、大丈夫だ。一隻、譲ってくれたら、船を改造して何とかする」
「船を用意するのは、簡単ですが・・・」
自信をもって、レイヴンは告げるのだが、マークスは、やや及び腰の様子。
明確な打開策がなければ、あの時の二の舞になってしまう。
兄であるデューク・ポートマス救おうと最強の艦隊を組んで、バルジャック兄弟に挑んだあの時、一瞬で全てが火船に変わったのだ。
マークスの中であの光景だけは、生涯忘れることは出来ない。
そんなダールドの新領主に対して、踏ん切りをつけさせるため、レイヴンは避けていた手段を用いることに決めた。
「俺は国王巡察使だ。ダールドの海域を調べるのに船を譲ってほしい」
白々しいが、こう言われればマークスには、断ることはできない。
巡察使の業務を妨げたとなれば、ラゴス王からの処罰は免れないからだ。
「分かりました。船足の早い一隻、用意します。お任せください」
「ああ、すまない」
レイヴンは、船の交渉がまとまると、すぐに港に向かう。
準備が整い次第、海賊のアジトに向かうつもりなのだ。
マークスの指示で譲られた船は、予想よりも立派な船。間違いではないかと疑う。
「これでいいのか?」
「ええ。こちらが、今、ポートマス家が所有する船の中で、最高の船です。遠慮なく、使って下さい」
船に近づくと、そこには『ネーレウス号』と記されており、本来はマークス専用の旗艦という事だった。聞けば、沈没させられたが、兄デュークが所有していた『オーケアノス号』と対をなす戦船で、最新鋭の装備が備え付けられているという。
「後から、必ず返す」と前置きすると、レイヴンは『ネーレウス号』に向かって、呪文を唱えた。
『買う』
これは、一旦、自分の所有としなければ、『制作』が使えないための措置。
続けて、船の改造に取りかかった。
呪文を唱えて、自分の意のままにマストの最上部に金属の棒を取り付ける。いわゆる避雷針を取りつけたのだ。
これはレイヴンが昔、旅していたとき、南部のある部族に教わった技術。
建物への雷の直撃を防ぎ、大地へ流すというもの。
今回、海と大地の違いはあるが、同じ理屈で船への損害は防げるはずだ。
「このような物で本当に、オロチのスキルに対抗できるのでしょうか?」
「多分、大丈夫だと思う。それに、即、大破しなければ、俺のスキルで何とかなる」
マークスの憂慮に、多少の損壊であれば、都度、修理していけば対処できるとレイヴンは言い切る。
そんなやり取りをする二人を置いて、カーリィとメラが、早速、乗船を始めた。
「君たちも行くのか?心配ではないのか?」
「心配?アンナのことが心配だから、急いでいます。・・・マークス卿が船のことを仰っているのなら、レイヴンが大丈夫と言う以上、大丈夫。何一つ心配していません」
カーリィの言葉に同意するメラは、マークスに会釈を返すだけ。その表情には、怯えも迷いも見受けられない。
「いや、分かりました。船員はこちらで、用意します」
「ありがとう。・・・それとすまないが、伝言を一つ頼まれてほしい」
そう言って、レイヴンは二つ折りにしてある紙をマークスに渡した。
裏面には宛名が書かれており、その名を見たマークスが目を丸くする。
だだ、すぐに大事に上着の内ポケットにしまい込むのだった。
「全て、承知しました。どうか、ご武運を」
「ああ、分かった。ここで、吉報を待っていてくれ」
最後にレイヴンも乗り込み、『ネーレウス号』は出航する。
誰も攻略したことのないバルジャック兄弟のアジトへ挑むのだった。
領主であるポートマス家の屋敷の中は、暗く沈んでいた。
大広間に集まった面々は、それぞれの口でしきりに反省の弁を述べる。責任の押し付け合いをするような人間が一人もいないのが、せめてもの救いだが、それが打開策になる訳ではなかった。
「私がレイヴンに言われたように残っていたら・・・」
「いえ、私がもっと早く、庭園の様子を見に行っていたら・・・」
「いいや、私が屋敷の警備を、もっと厳重にしていたら・・・」
これは、順番にカーリィ、レイモンド、マークスの口から出た言葉である。“たられば”のオンパレードだが、誰かがその発言通りに実行していたとしても、実際に防げたかどうかは分からない。
レイヴンは、それほど相手が手練れだったのではないかと予想していた。
それはアンナの能力を過小評価していないからである。
大切な鉄笛を残していくなんて、余程の事があったとしか思えなかった。
果たして、レイヴンがその場にいたとしても、どのような結果になったか・・・
しかし、必ず救い出すという事だけは、何があっても変わらない。
「念のために聞くけど、最近、ポートマス家が恨みを買うような出来事はあったかい?」
「・・・いえ、ないと思います。領地を治める身ですから、どこかで恨みを買う可能性は否定できませんが・・・」
怨恨の可能性を考えて質問したが、マークスのこの返答を聞く限り、おそらくないだろう。
となると、やはり、あの海賊たちの別動隊と考えた方が良さそうだ。
ハイデンの反応が気になるが、囮役をこなせるタイプとは、到底、思えない。
わざと知らせなかったのではないかと判断した。
となると、二人の身柄は海賊のアジトの中ということになる。
救い出すためには、敵の本拠地に乗り込む必要があるのだ。方針が定まったレイヴンは、ダールドの領主の方を向き直す。
「マークス卿、上等な肉を用意できるかい?」
「食事でしたら、すぐに用意させますよ」
「いや、肉だけでいいんだよ。できれば、とびっきりに美味しい肉をね」
『?』マークが出ているマークスに、レイヴンは言葉をつけ足した。それは、旅の途中で交わしたアンナとの約束を守るためなのである。
トゥオールの街で手に入れた香辛料を使った肉料理を、まだ、彼女に振舞っていないのだ。
レイヴンは、助けた後の事を冗談めかして話す事で、この場の雰囲気を和らげる。
そういう理由でしたらと、マークスは、今、屋敷にある一番いい肉を用意させると約束した。
場が落ち着いたところでレイヴンは、バルジャック兄弟の拠点がどこにあるのかを尋ねる。
「お伝えしますが、・・・十分、お気を付けください」
兄のデュークも捕らえられていた場所。当然、マークスは熟知しているのだが、その前に注意を呼びかけるのは訳があった。
それは、バルジャック兄弟の兄、オロチ・バルジャックのスキルが大きく関係している。
彼のスキルは『雷電』。雷を意のままに操ることができるという、とんでもない代物。
そのため、オロチはアジトに近づく船を片っ端からスキルの餌食にして、沈没させていく。
この戦法で、これまでにバルジャック兄弟の拠点へと辿り着いた船は、一隻もいないのだそうだ。
実質、バルジャック兄弟に捕まったら最後。救出することは『不可能任務』なのである。ポートマス家は、優秀だった跡取りが彼らに殺されたことにより、誰よりも身をもって、その事を承知しているのだ。
「それだったら、大丈夫だ。一隻、譲ってくれたら、船を改造して何とかする」
「船を用意するのは、簡単ですが・・・」
自信をもって、レイヴンは告げるのだが、マークスは、やや及び腰の様子。
明確な打開策がなければ、あの時の二の舞になってしまう。
兄であるデューク・ポートマス救おうと最強の艦隊を組んで、バルジャック兄弟に挑んだあの時、一瞬で全てが火船に変わったのだ。
マークスの中であの光景だけは、生涯忘れることは出来ない。
そんなダールドの新領主に対して、踏ん切りをつけさせるため、レイヴンは避けていた手段を用いることに決めた。
「俺は国王巡察使だ。ダールドの海域を調べるのに船を譲ってほしい」
白々しいが、こう言われればマークスには、断ることはできない。
巡察使の業務を妨げたとなれば、ラゴス王からの処罰は免れないからだ。
「分かりました。船足の早い一隻、用意します。お任せください」
「ああ、すまない」
レイヴンは、船の交渉がまとまると、すぐに港に向かう。
準備が整い次第、海賊のアジトに向かうつもりなのだ。
マークスの指示で譲られた船は、予想よりも立派な船。間違いではないかと疑う。
「これでいいのか?」
「ええ。こちらが、今、ポートマス家が所有する船の中で、最高の船です。遠慮なく、使って下さい」
船に近づくと、そこには『ネーレウス号』と記されており、本来はマークス専用の旗艦という事だった。聞けば、沈没させられたが、兄デュークが所有していた『オーケアノス号』と対をなす戦船で、最新鋭の装備が備え付けられているという。
「後から、必ず返す」と前置きすると、レイヴンは『ネーレウス号』に向かって、呪文を唱えた。
『買う』
これは、一旦、自分の所有としなければ、『制作』が使えないための措置。
続けて、船の改造に取りかかった。
呪文を唱えて、自分の意のままにマストの最上部に金属の棒を取り付ける。いわゆる避雷針を取りつけたのだ。
これはレイヴンが昔、旅していたとき、南部のある部族に教わった技術。
建物への雷の直撃を防ぎ、大地へ流すというもの。
今回、海と大地の違いはあるが、同じ理屈で船への損害は防げるはずだ。
「このような物で本当に、オロチのスキルに対抗できるのでしょうか?」
「多分、大丈夫だと思う。それに、即、大破しなければ、俺のスキルで何とかなる」
マークスの憂慮に、多少の損壊であれば、都度、修理していけば対処できるとレイヴンは言い切る。
そんなやり取りをする二人を置いて、カーリィとメラが、早速、乗船を始めた。
「君たちも行くのか?心配ではないのか?」
「心配?アンナのことが心配だから、急いでいます。・・・マークス卿が船のことを仰っているのなら、レイヴンが大丈夫と言う以上、大丈夫。何一つ心配していません」
カーリィの言葉に同意するメラは、マークスに会釈を返すだけ。その表情には、怯えも迷いも見受けられない。
「いや、分かりました。船員はこちらで、用意します」
「ありがとう。・・・それとすまないが、伝言を一つ頼まれてほしい」
そう言って、レイヴンは二つ折りにしてある紙をマークスに渡した。
裏面には宛名が書かれており、その名を見たマークスが目を丸くする。
だだ、すぐに大事に上着の内ポケットにしまい込むのだった。
「全て、承知しました。どうか、ご武運を」
「ああ、分かった。ここで、吉報を待っていてくれ」
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