上 下
56 / 111
第3章 魔獣の棲家 編

第56話 海賊のアジトへ

しおりを挟む
イグナシア王国西海岸、港町ダールド。
領主であるポートマス家の屋敷の中は、暗く沈んでいた。

大広間に集まった面々は、それぞれの口でしきりに反省の弁を述べる。責任の押し付け合いをするような人間が一人もいないのが、せめてもの救いだが、それが打開策になる訳ではなかった。

「私がレイヴンに言われたように残っていたら・・・」
「いえ、私がもっと早く、庭園の様子を見に行っていたら・・・」
「いいや、私が屋敷の警備を、もっと厳重にしていたら・・・」

これは、順番にカーリィ、レイモンド、マークスの口から出た言葉である。“たられば”のオンパレードだが、誰かがその発言通りに実行していたとしても、実際に防げたかどうかは分からない。

レイヴンは、それほど相手が手練れだったのではないかと予想していた。
それはアンナの能力を過小評価していないからである。
大切な鉄笛を残していくなんて、余程の事があったとしか思えなかった。

果たして、レイヴンがその場にいたとしても、どのような結果になったか・・・
しかし、必ず救い出すという事だけは、何があっても変わらない。

「念のために聞くけど、最近、ポートマス家が恨みを買うような出来事はあったかい?」
「・・・いえ、ないと思います。領地を治める身ですから、どこかで恨みを買う可能性は否定できませんが・・・」

怨恨の可能性を考えて質問したが、マークスのこの返答を聞く限り、おそらくないだろう。
となると、やはり、あの海賊たちの別動隊と考えた方が良さそうだ。

ハイデンの反応が気になるが、囮役をこなせるタイプとは、到底、思えない。
わざと知らせなかったのではないかと判断した。

となると、二人の身柄は海賊のアジトの中ということになる。
救い出すためには、敵の本拠地に乗り込む必要があるのだ。方針が定まったレイヴンは、ダールドの領主の方を向き直す。

「マークス卿、上等な肉を用意できるかい?」
「食事でしたら、すぐに用意させますよ」
「いや、肉だけでいいんだよ。できれば、とびっきりに美味しい肉をね」

『?』マークが出ているマークスに、レイヴンは言葉をつけ足した。それは、旅の途中で交わしたアンナとの約束を守るためなのである。

トゥオールの街で手に入れた香辛料を使った肉料理を、まだ、彼女に振舞っていないのだ。
レイヴンは、助けた後の事を冗談めかして話す事で、この場の雰囲気を和らげる。

そういう理由でしたらと、マークスは、今、屋敷にある一番いい肉を用意させると約束した。
場が落ち着いたところでレイヴンは、バルジャック兄弟の拠点がどこにあるのかを尋ねる。

「お伝えしますが、・・・十分、お気を付けください」

兄のデュークも捕らえられていた場所。当然、マークスは熟知しているのだが、その前に注意を呼びかけるのは訳があった。
それは、バルジャック兄弟の兄、オロチ・バルジャックのスキルが大きく関係している。

彼のスキルは『雷電ボルト』。雷を意のままに操ることができるという、とんでもない代物。
そのため、オロチはアジトに近づく船を片っ端からスキルの餌食にして、沈没させていく。
この戦法で、これまでにバルジャック兄弟の拠点へと辿り着いた船は、一隻もいないのだそうだ。

実質、バルジャック兄弟に捕まったら最後。救出することは『不可能任務ミッションインポッシブル』なのである。ポートマス家は、優秀だった跡取りが彼らに殺されたことにより、誰よりも身をもって、その事を承知しているのだ。

「それだったら、大丈夫だ。一隻、譲ってくれたら、船を改造して何とかする」
「船を用意するのは、簡単ですが・・・」

自信をもって、レイヴンは告げるのだが、マークスは、やや及び腰の様子。
明確な打開策がなければ、あの時の二の舞になってしまう。

兄であるデューク・ポートマス救おうと最強の艦隊を組んで、バルジャック兄弟に挑んだあの時、一瞬で全てが火船に変わったのだ。

マークスの中であの光景だけは、生涯忘れることは出来ない。
そんなダールドの新領主に対して、踏ん切りをつけさせるため、レイヴンは避けていた手段を用いることに決めた。

「俺は国王巡察使だ。ダールドの海域を調べるのに船を譲ってほしい」

白々しいが、こう言われればマークスには、断ることはできない。
巡察使の業務を妨げたとなれば、ラゴス王からの処罰は免れないからだ。

「分かりました。船足の早い一隻、用意します。お任せください」
「ああ、すまない」

レイヴンは、船の交渉がまとまると、すぐに港に向かう。
準備が整い次第、海賊のアジトに向かうつもりなのだ。
マークスの指示で譲られた船は、予想よりも立派な船。間違いではないかと疑う。

「これでいいのか?」
「ええ。こちらが、今、ポートマス家が所有する船の中で、最高の船です。遠慮なく、使って下さい」

船に近づくと、そこには『ネーレウス号』と記されており、本来はマークス専用の旗艦という事だった。聞けば、沈没させられたが、兄デュークが所有していた『オーケアノス号』と対をなす戦船で、最新鋭の装備が備え付けられているという。

「後から、必ず返す」と前置きすると、レイヴンは『ネーレウス号』に向かって、呪文を唱えた。

買うパーチャス

これは、一旦、自分の所有としなければ、『制作プロデュース』が使えないための措置。
続けて、船の改造に取りかかった。

呪文を唱えて、自分の意のままにマストの最上部に金属の棒を取り付ける。いわゆる避雷針を取りつけたのだ。
これはレイヴンが昔、旅していたとき、南部のある部族に教わった技術。

建物への雷の直撃を防ぎ、大地へ流すというもの。
今回、海と大地の違いはあるが、同じ理屈で船への損害は防げるはずだ。

「このような物で本当に、オロチのスキルに対抗できるのでしょうか?」
「多分、大丈夫だと思う。それに、即、大破しなければ、俺のスキルで何とかなる」

マークスの憂慮に、多少の損壊であれば、都度、修理していけば対処できるとレイヴンは言い切る。
そんなやり取りをする二人を置いて、カーリィとメラが、早速、乗船を始めた。

「君たちも行くのか?心配ではないのか?」
「心配?アンナのことが心配だから、急いでいます。・・・マークス卿が船のことを仰っているのなら、レイヴンが大丈夫と言う以上、大丈夫。何一つ心配していません」

カーリィの言葉に同意するメラは、マークスに会釈を返すだけ。その表情には、怯えも迷いも見受けられない。

「いや、分かりました。船員はこちらで、用意します」
「ありがとう。・・・それとすまないが、伝言を一つ頼まれてほしい」

そう言って、レイヴンは二つ折りにしてある紙をマークスに渡した。
裏面には宛名が書かれており、その名を見たマークスが目を丸くする。
だだ、すぐに大事に上着の内ポケットにしまい込むのだった。

「全て、承知しました。どうか、ご武運を」
「ああ、分かった。ここで、吉報を待っていてくれ」

最後にレイヴンも乗り込み、『ネーレウス号』は出航する。
誰も攻略したことのないバルジャック兄弟のアジトへ挑むのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

悪役令嬢の騎士

コムラサキ
ファンタジー
帝都の貧しい家庭に育った少年は、ある日を境に前世の記憶を取り戻す。 異世界に転生したが、戦争に巻き込まれて悲惨な最期を迎えてしまうようだ。 少年は前世の知識と、あたえられた特殊能力を使って生き延びようとする。 そのためには、まず〈悪役令嬢〉を救う必要がある。 少年は彼女の騎士になるため、この世界で生きていくことを決意する。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。

狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。 街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。 彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)

[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!

どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入! 舐めた奴らに、真実が牙を剥く! 何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ? しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない? 訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、 なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト! そして…わかってくる、この異世界の異常性。 出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。 主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。 相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。 ハーレム要素は、不明とします。 復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。 追記  2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。 8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。 2024/02/23 アルファポリスオンリーを解除しました。

最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~

ある中管理職
ファンタジー
 勤続10年目10度目のレベルアップ。  人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。  すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。  なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。  チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。  探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。  万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。

ゲノム~失われた大陸の秘密~

Deckbrush0408
ファンタジー
青年海外協力隊としてアフリカに派遣された村田俊は、突如として起きた飛行機事故により神秘の大陸「アドリア大陸」に漂着する。 未知の土地で目を覚ました彼は、魔法を操る不思議な少年、ライト・サノヴァと出会う。 ライトは自分の過去を探るために、二人は共に冒険を始めることに。 果たして、二人はアドリア大陸の謎を解き明かし、元の世界に帰る方法を見つけることができるのか?そして、ライトの出生にまつわる真実とは何なのか? 冒険の果てに待ち受ける真実が、彼らの運命を大きく変えていく。

ゴミスキルでもたくさん集めればチートになるのかもしれない

兎屋亀吉
ファンタジー
底辺冒険者クロードは転生者である。しかしチートはなにひとつ持たない。だが救いがないわけじゃなかった。その世界にはスキルと呼ばれる力を後天的に手に入れる手段があったのだ。迷宮の宝箱から出るスキルオーブ。それがあればスキル無双できると知ったクロードはチートスキルを手に入れるために、今日も薬草を摘むのであった。

処理中です...