上 下
48 / 89
第3章 魔獣の棲家 編

第48話 国王巡察使

しおりを挟む
イグナシア王国の西海岸。漁業と交易で栄える港町ダールドをレイヴン一行は目指す。
前回の旅では、国内の移動には馬を活用したが、今回は馬車を利用する事にした。

馬車での移動は、何と言っても馬を操作する御者ぎょしゃ以外が休めるというメリットが非常に大きい。ダールドまでの移動距離が、前回の川港町イズムルと比較して、ゆうに五倍はある点を最大限に考慮したのだ。

その道程では、主に王国が整備した街道を通る事になるが、通過する街が三つもある。
体力の温存は、旅を成功させるためには不可欠な要素。しかも、西海岸の港町に着くのが目的ではない。その先には、海の民の島も目指さなければならないとなれば、尚更の事だった。

今は、イグナシア王国の紋章が入った大きめの馬車の中、女性陣に休んでもらっている。
レイヴンは、一人で御者ぎょしゃ席に座りながら、グリュムから聞いた話を整理することにした。

流れ着いた海の民と思しき女性は、その後、ダールドの街を治めている地方領主マークス・ポートマス侯爵に保護されているという。
彼女に接触するためには、まず、そのマークス侯爵の許可を得なければならなかった。

その点、レイヴンは抜かりなく、ラゴス王から紹介状をもらっている。これさえあれば、見ず知らずの若造であっても、侯爵との面会は叶うはずだ。
持つべきものは、権力のある友人である。

ただ、気になるのは、この紹介状を書いてもらった時のラゴス王の態度。
最近、ポートマス家は代替わりしたばかりだそうで、先代と長男を続けて亡くし、今は次男のマークスが領地を継いだらしい。

まぁ、ここまでは、それほど珍しい話ではないのだが、後を継いだこの次男、あまり評判がかんばしくないとの事。

長男のデュークは剣豪との誉れが高かく、優秀な兄がダールドを含むこの地方を継ぐものとばかり思っていたラゴス王は、完全に当てが外れる。
王国の西海岸は、しばらく安泰と勝手に決め込んでいたのだ。

思いがけないダールドでの凶報。詳細が伝わってこないだけに、口には出さないがラゴス王は不信感を持っているようだった。
レイヴンは紹介状を受け取る時、自分に代わって視察してくるよう頼まれたのである。

若干のきな臭さは感じつつも、どうせ会わなければならない相手。
ついでという事もあり、紹介状の借りとを天秤にかけて、この時は軽く請け負ってしまう。だが、この判断を後で後悔することになるのだった。

最初の中継地点となる街につき、そこで食事をしている最中、アンナから事の重大さを指摘されたのである。
そこでラゴスに嵌められたと初めて気付くのだが、後の祭り。今頃、したり顔をしているであろうイグナシア国王の事を想像すると、腹立たしくなるのだった。

レイヴンが、一人憤慨することになった食事会は、出発したその日の夜の出来事。
馬車は街道を順調に進み、その日の内にレイヴンたちは最初の街オットーに着いた。

まだ、日没までには時間があったが、初日ということもあり無理をせず、この街で一泊することにする。
人数分の部屋を取り、各自、部屋で一休みした後、夕食のために宿屋の中にある酒場に集合した。
そこでレイヴンは、情報共有のためにダールドの現状を、みんなに説明する。

「とにかくマークスって奴のご機嫌だけは、損ねないようにしないとな」

一番、問題を起こしそうな男が注意するのに、全員が突っ込みたくなるのだが、そこは何とか堪える。但し、ラゴス王との会話について、アンナが気になる点を指摘した。

「レイヴンさん、もしかして『国王巡察使』を拝命したのですか?」
「何だそれ?」

『国王巡察使』という聞き馴染みのない言葉に、レイヴンは怪訝な表情を示す。
そこでアンナは、ラゴス王との会話の中にあった、視察を頼まれた点と併せて『国王巡察使』という役職を説明したのだ。

国王に代わって地方領主を監察し、現状を報告する役目があるのだが、あまりにも悪政を敷いているのを目の当たりにした場合、国王に代わって、その場で改めさせる権利があるという。
いわば地方に遠征できない国王の代理だ。

その話を聞いたレイヴンは、顔をしかめる。

『そんな重要な役割、近所にお使いを頼む感じで話すなよ・・・』

そうは言っても、受けてしまったのは自分の判断だ。誰のせいにもできない。
すると、カーリィが突然、手を叩いた。何事かと思うと、思い出したことがあるらしい。

「そう言えば、座席の下に縦長の木箱が置いてあったわ。あれにも王国の紋章がついていたような・・・」
「それならば、私も見ました。何か関係があるのでしょうか?」

実は昼間乗っていた馬車は、内務卿のトーマスが用意してくれたものだ。ゆえに側面にはイグナシア王国の紋章が記してある。
そんな木箱、積んだ記憶のないレイヴンは、王国側に仕込まれたと察した。

カーリィたちの話を総合して考えると、嫌な予感しかしない。
食事を終えると、早速、停めてある馬車に赴き、キャビンの中を調べることにした。

女性陣が話していた木箱は、すぐに見つかり、レイヴンは部屋まで運ぶ。
高さはなく確かに縦長の木箱は、持った感じそれほど重量感はなかった。だが、そんな事より、やはり皆、中身の方が気になる。
レイヴンの部屋に集合して、箱を取囲んだ。

「よし、開けるぞ」

号令の下、蓋に手をかけたレイヴンは、一気に箱を開ける。
そこで、真っ先に目に入って来たのは1枚の書状だった。

手に取ってみると、想像通りレイヴンを『国王巡察使』に指名している任命書で、きっちり、ラゴス王の署名まである。
直接渡せば拒否されることを分かった上で、馬車の中に忍ばせたのだろう。
レイヴンは、完全にしてやられたと思った。

その他は、『国王巡察使』を示す襟章えりしょうと制服が綺麗にたたんで入っている。

「地方領主、相手が侯爵ともなれば、国王陛下の後ろ盾がはっきりしている方が、話がしやすいかもしれませんよ」
「そうね。無下に扱う事もできないでしょうし・・・」

アンナとカーリィが慰めるように話した。レイヴンも、確かに一理あると割り切ることにする。
変に警戒される可能性はあるが、こちらの要求に対して、簡単に断る事もできないはずだ。

とすれば、海の民と思しき女性とのコンタクトは、叶う可能性が高い。
レイヴンは、こうなったら、得た権力を最大限に活用してやると腹をくくるのだった。

「兄さん、ほどほどにね」

暴走しそうなレイヴンを、弟が窘めるが、どれほど効果があるだろうか?
クロウは、ラゴスの人選ミスではないかと考えるのだった。

「ちょっと、待ってください」

皆が『国王巡察使』の制服に目を奪われている中、メラがもう一つの封書を見つける。
中を開けてみると、一文だけ書かれた手紙が入っていた。

『ダールドの西の海には魔獣がいるとの噂だ。十分、気をつけろ・・・追伸、それから、二つ名は私のせいではない』

文面から、ラゴス王の直筆のようだが、魔獣とは一体?それに二つ名?
何のことがさっぱり分からないレイヴンは、モヤモヤを抱える。

「ものすごく気になるじゃねぇか。直接話せよ!」
「でも、やけに慌てた筆跡が気になるわね」

カーリィに言われて気付いたが、確かに殴り書きのような字の荒さが目立ち、それはラゴス王らしくなかった。

「もしかしたら、レイヴンさんが海の民に用事があると知って、急いで情報を集めて下さったのかもしれませんよ」

アンナの話す可能性は十分考えられる。レイヴンは、それ以上、文句を言うのを止めることにした。

「まぁ、とにかくすべてはダールドに着いてからだ。それから、魔獣とやらの情報も集めようぜ」

黒髪緋眼くろかみひのめの青年の意見に全員が賛同する。考えることは増えたが、とにかく前に進むしかない。
まずは、次の街、トゥオールを目指すよう、頭を切り替えるのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

落ちこぼれの無能だと貴族家から追放された俺が、外れスキル【キメラ作成】を極めて英雄になるまで

狐火いりす@商業作家
ファンタジー
「貴様のような落ちこぼれの無能は必要ない」  神からスキルを授かる『祝福の儀』。ハイリッヒ侯爵家の長男であるクロムが授かったのは、【キメラ作成】のスキルただ一つだけだった。  弟がエキストラスキルの【剣聖】を授かったことで、無能の烙印を捺されたクロムは家から追い出される。  失意の中、偶然立ち寄った村では盗賊に襲われてしまう。  しかし、それをきっかけにクロムは知ることとなった。  外れスキルだと思っていた【キメラ作成】に、規格外の力が秘められていることを。  もう一度強くなると決意したクロムは、【キメラ作成】を使って仲間を生み出していく……のだが。  狼っ娘にドラゴン少女、悪魔メイド、未来兵器少女。出来上がったのはなぜかみんな美少女で──。  これは、落ちこぼれの無能だと蔑まれて追放されたクロムが、頼れる仲間と共に誰もが認める英雄にまで登り詰めるお話。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第二章シャーカ王国編

異世界転生は、0歳からがいいよね

八時
ファンタジー
転生小説好きの少年が神様のおっちょこちょいで異世界転生してしまった。 神様からのギフト(チート能力)で無双します。 初めてなので誤字があったらすいません。 自由気ままに投稿していきます。

月が導く異世界道中extra

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  こちらは月が導く異世界道中番外編になります。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

処理中です...