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第3章 魔獣の棲家 編
第48話 国王巡察使
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イグナシア王国の西海岸。漁業と交易で栄える港町ダールドをレイヴン一行は目指す。
前回の旅では、国内の移動には馬を活用したが、今回は馬車を利用する事にした。
馬車での移動は、何と言っても馬を操作する御者以外が休めるというメリットが非常に大きい。ダールドまでの移動距離が、前回の川港町イズムルと比較して、ゆうに五倍はある点を最大限に考慮したのだ。
その道程では、主に王国が整備した街道を通る事になるが、通過する街が三つもある。
体力の温存は、旅を成功させるためには不可欠な要素。しかも、西海岸の港町に着くのが目的ではない。その先には、海の民の島も目指さなければならないとなれば、尚更の事だった。
今は、イグナシア王国の紋章が入った大きめの馬車の中、女性陣に休んでもらっている。
レイヴンは、一人で御者席に座りながら、グリュムから聞いた話を整理することにした。
流れ着いた海の民と思しき女性は、その後、ダールドの街を治めている地方領主マークス・ポートマス侯爵に保護されているという。
彼女に接触するためには、まず、そのマークス侯爵の許可を得なければならなかった。
その点、レイヴンは抜かりなく、ラゴス王から紹介状をもらっている。これさえあれば、見ず知らずの若造であっても、侯爵との面会は叶うはずだ。
持つべきものは、権力のある友人である。
ただ、気になるのは、この紹介状を書いてもらった時のラゴス王の態度。
最近、ポートマス家は代替わりしたばかりだそうで、先代と長男を続けて亡くし、今は次男のマークスが領地を継いだらしい。
まぁ、ここまでは、それほど珍しい話ではないのだが、後を継いだこの次男、あまり評判が芳しくないとの事。
長男のデュークは剣豪との誉れが高かく、優秀な兄がダールドを含むこの地方を継ぐものとばかり思っていたラゴス王は、完全に当てが外れる。
王国の西海岸は、しばらく安泰と勝手に決め込んでいたのだ。
思いがけないダールドでの凶報。詳細が伝わってこないだけに、口には出さないがラゴス王は不信感を持っているようだった。
レイヴンは紹介状を受け取る時、自分に代わって視察してくるよう頼まれたのである。
若干のきな臭さは感じつつも、どうせ会わなければならない相手。
ついでという事もあり、紹介状の借りとを天秤にかけて、この時は軽く請け負ってしまう。だが、この判断を後で後悔することになるのだった。
最初の中継地点となる街につき、そこで食事をしている最中、アンナから事の重大さを指摘されたのである。
そこでラゴスに嵌められたと初めて気付くのだが、後の祭り。今頃、したり顔をしているであろうイグナシア国王の事を想像すると、腹立たしくなるのだった。
レイヴンが、一人憤慨することになった食事会は、出発したその日の夜の出来事。
馬車は街道を順調に進み、その日の内にレイヴンたちは最初の街オットーに着いた。
まだ、日没までには時間があったが、初日ということもあり無理をせず、この街で一泊することにする。
人数分の部屋を取り、各自、部屋で一休みした後、夕食のために宿屋の中にある酒場に集合した。
そこでレイヴンは、情報共有のためにダールドの現状を、みんなに説明する。
「とにかくマークスって奴のご機嫌だけは、損ねないようにしないとな」
一番、問題を起こしそうな男が注意するのに、全員が突っ込みたくなるのだが、そこは何とか堪える。但し、ラゴス王との会話について、アンナが気になる点を指摘した。
「レイヴンさん、もしかして『国王巡察使』を拝命したのですか?」
「何だそれ?」
『国王巡察使』という聞き馴染みのない言葉に、レイヴンは怪訝な表情を示す。
そこでアンナは、ラゴス王との会話の中にあった、視察を頼まれた点と併せて『国王巡察使』という役職を説明したのだ。
国王に代わって地方領主を監察し、現状を報告する役目があるのだが、あまりにも悪政を敷いているのを目の当たりにした場合、国王に代わって、その場で改めさせる権利があるという。
いわば地方に遠征できない国王の代理だ。
その話を聞いたレイヴンは、顔をしかめる。
『そんな重要な役割、近所にお使いを頼む感じで話すなよ・・・』
そうは言っても、受けてしまったのは自分の判断だ。誰のせいにもできない。
すると、カーリィが突然、手を叩いた。何事かと思うと、思い出したことがあるらしい。
「そう言えば、座席の下に縦長の木箱が置いてあったわ。あれにも王国の紋章がついていたような・・・」
「それならば、私も見ました。何か関係があるのでしょうか?」
実は昼間乗っていた馬車は、内務卿のトーマスが用意してくれたものだ。ゆえに側面にはイグナシア王国の紋章が記してある。
そんな木箱、積んだ記憶のないレイヴンは、王国側に仕込まれたと察した。
カーリィたちの話を総合して考えると、嫌な予感しかしない。
食事を終えると、早速、停めてある馬車に赴き、キャビンの中を調べることにした。
女性陣が話していた木箱は、すぐに見つかり、レイヴンは部屋まで運ぶ。
高さはなく確かに縦長の木箱は、持った感じそれほど重量感はなかった。だが、そんな事より、やはり皆、中身の方が気になる。
レイヴンの部屋に集合して、箱を取囲んだ。
「よし、開けるぞ」
号令の下、蓋に手をかけたレイヴンは、一気に箱を開ける。
そこで、真っ先に目に入って来たのは1枚の書状だった。
手に取ってみると、想像通りレイヴンを『国王巡察使』に指名している任命書で、きっちり、ラゴス王の署名まである。
直接渡せば拒否されることを分かった上で、馬車の中に忍ばせたのだろう。
レイヴンは、完全にしてやられたと思った。
その他は、『国王巡察使』を示す襟章と制服が綺麗にたたんで入っている。
「地方領主、相手が侯爵ともなれば、国王陛下の後ろ盾がはっきりしている方が、話がしやすいかもしれませんよ」
「そうね。無下に扱う事もできないでしょうし・・・」
アンナとカーリィが慰めるように話した。レイヴンも、確かに一理あると割り切ることにする。
変に警戒される可能性はあるが、こちらの要求に対して、簡単に断る事もできないはずだ。
とすれば、海の民と思しき女性とのコンタクトは、叶う可能性が高い。
レイヴンは、こうなったら、得た権力を最大限に活用してやると腹をくくるのだった。
「兄さん、ほどほどにね」
暴走しそうなレイヴンを、弟が窘めるが、どれほど効果があるだろうか?
クロウは、ラゴスの人選ミスではないかと考えるのだった。
「ちょっと、待ってください」
皆が『国王巡察使』の制服に目を奪われている中、メラがもう一つの封書を見つける。
中を開けてみると、一文だけ書かれた手紙が入っていた。
『ダールドの西の海には魔獣がいるとの噂だ。十分、気をつけろ・・・追伸、それから、二つ名は私のせいではない』
文面から、ラゴス王の直筆のようだが、魔獣とは一体?それに二つ名?
何のことがさっぱり分からないレイヴンは、モヤモヤを抱える。
「ものすごく気になるじゃねぇか。直接話せよ!」
「でも、やけに慌てた筆跡が気になるわね」
カーリィに言われて気付いたが、確かに殴り書きのような字の荒さが目立ち、それはラゴス王らしくなかった。
「もしかしたら、レイヴンさんが海の民に用事があると知って、急いで情報を集めて下さったのかもしれませんよ」
アンナの話す可能性は十分考えられる。レイヴンは、それ以上、文句を言うのを止めることにした。
「まぁ、とにかくすべてはダールドに着いてからだ。それから、魔獣とやらの情報も集めようぜ」
黒髪緋眼の青年の意見に全員が賛同する。考えることは増えたが、とにかく前に進むしかない。
まずは、次の街、トゥオールを目指すよう、頭を切り替えるのだった。
前回の旅では、国内の移動には馬を活用したが、今回は馬車を利用する事にした。
馬車での移動は、何と言っても馬を操作する御者以外が休めるというメリットが非常に大きい。ダールドまでの移動距離が、前回の川港町イズムルと比較して、ゆうに五倍はある点を最大限に考慮したのだ。
その道程では、主に王国が整備した街道を通る事になるが、通過する街が三つもある。
体力の温存は、旅を成功させるためには不可欠な要素。しかも、西海岸の港町に着くのが目的ではない。その先には、海の民の島も目指さなければならないとなれば、尚更の事だった。
今は、イグナシア王国の紋章が入った大きめの馬車の中、女性陣に休んでもらっている。
レイヴンは、一人で御者席に座りながら、グリュムから聞いた話を整理することにした。
流れ着いた海の民と思しき女性は、その後、ダールドの街を治めている地方領主マークス・ポートマス侯爵に保護されているという。
彼女に接触するためには、まず、そのマークス侯爵の許可を得なければならなかった。
その点、レイヴンは抜かりなく、ラゴス王から紹介状をもらっている。これさえあれば、見ず知らずの若造であっても、侯爵との面会は叶うはずだ。
持つべきものは、権力のある友人である。
ただ、気になるのは、この紹介状を書いてもらった時のラゴス王の態度。
最近、ポートマス家は代替わりしたばかりだそうで、先代と長男を続けて亡くし、今は次男のマークスが領地を継いだらしい。
まぁ、ここまでは、それほど珍しい話ではないのだが、後を継いだこの次男、あまり評判が芳しくないとの事。
長男のデュークは剣豪との誉れが高かく、優秀な兄がダールドを含むこの地方を継ぐものとばかり思っていたラゴス王は、完全に当てが外れる。
王国の西海岸は、しばらく安泰と勝手に決め込んでいたのだ。
思いがけないダールドでの凶報。詳細が伝わってこないだけに、口には出さないがラゴス王は不信感を持っているようだった。
レイヴンは紹介状を受け取る時、自分に代わって視察してくるよう頼まれたのである。
若干のきな臭さは感じつつも、どうせ会わなければならない相手。
ついでという事もあり、紹介状の借りとを天秤にかけて、この時は軽く請け負ってしまう。だが、この判断を後で後悔することになるのだった。
最初の中継地点となる街につき、そこで食事をしている最中、アンナから事の重大さを指摘されたのである。
そこでラゴスに嵌められたと初めて気付くのだが、後の祭り。今頃、したり顔をしているであろうイグナシア国王の事を想像すると、腹立たしくなるのだった。
レイヴンが、一人憤慨することになった食事会は、出発したその日の夜の出来事。
馬車は街道を順調に進み、その日の内にレイヴンたちは最初の街オットーに着いた。
まだ、日没までには時間があったが、初日ということもあり無理をせず、この街で一泊することにする。
人数分の部屋を取り、各自、部屋で一休みした後、夕食のために宿屋の中にある酒場に集合した。
そこでレイヴンは、情報共有のためにダールドの現状を、みんなに説明する。
「とにかくマークスって奴のご機嫌だけは、損ねないようにしないとな」
一番、問題を起こしそうな男が注意するのに、全員が突っ込みたくなるのだが、そこは何とか堪える。但し、ラゴス王との会話について、アンナが気になる点を指摘した。
「レイヴンさん、もしかして『国王巡察使』を拝命したのですか?」
「何だそれ?」
『国王巡察使』という聞き馴染みのない言葉に、レイヴンは怪訝な表情を示す。
そこでアンナは、ラゴス王との会話の中にあった、視察を頼まれた点と併せて『国王巡察使』という役職を説明したのだ。
国王に代わって地方領主を監察し、現状を報告する役目があるのだが、あまりにも悪政を敷いているのを目の当たりにした場合、国王に代わって、その場で改めさせる権利があるという。
いわば地方に遠征できない国王の代理だ。
その話を聞いたレイヴンは、顔をしかめる。
『そんな重要な役割、近所にお使いを頼む感じで話すなよ・・・』
そうは言っても、受けてしまったのは自分の判断だ。誰のせいにもできない。
すると、カーリィが突然、手を叩いた。何事かと思うと、思い出したことがあるらしい。
「そう言えば、座席の下に縦長の木箱が置いてあったわ。あれにも王国の紋章がついていたような・・・」
「それならば、私も見ました。何か関係があるのでしょうか?」
実は昼間乗っていた馬車は、内務卿のトーマスが用意してくれたものだ。ゆえに側面にはイグナシア王国の紋章が記してある。
そんな木箱、積んだ記憶のないレイヴンは、王国側に仕込まれたと察した。
カーリィたちの話を総合して考えると、嫌な予感しかしない。
食事を終えると、早速、停めてある馬車に赴き、キャビンの中を調べることにした。
女性陣が話していた木箱は、すぐに見つかり、レイヴンは部屋まで運ぶ。
高さはなく確かに縦長の木箱は、持った感じそれほど重量感はなかった。だが、そんな事より、やはり皆、中身の方が気になる。
レイヴンの部屋に集合して、箱を取囲んだ。
「よし、開けるぞ」
号令の下、蓋に手をかけたレイヴンは、一気に箱を開ける。
そこで、真っ先に目に入って来たのは1枚の書状だった。
手に取ってみると、想像通りレイヴンを『国王巡察使』に指名している任命書で、きっちり、ラゴス王の署名まである。
直接渡せば拒否されることを分かった上で、馬車の中に忍ばせたのだろう。
レイヴンは、完全にしてやられたと思った。
その他は、『国王巡察使』を示す襟章と制服が綺麗にたたんで入っている。
「地方領主、相手が侯爵ともなれば、国王陛下の後ろ盾がはっきりしている方が、話がしやすいかもしれませんよ」
「そうね。無下に扱う事もできないでしょうし・・・」
アンナとカーリィが慰めるように話した。レイヴンも、確かに一理あると割り切ることにする。
変に警戒される可能性はあるが、こちらの要求に対して、簡単に断る事もできないはずだ。
とすれば、海の民と思しき女性とのコンタクトは、叶う可能性が高い。
レイヴンは、こうなったら、得た権力を最大限に活用してやると腹をくくるのだった。
「兄さん、ほどほどにね」
暴走しそうなレイヴンを、弟が窘めるが、どれほど効果があるだろうか?
クロウは、ラゴスの人選ミスではないかと考えるのだった。
「ちょっと、待ってください」
皆が『国王巡察使』の制服に目を奪われている中、メラがもう一つの封書を見つける。
中を開けてみると、一文だけ書かれた手紙が入っていた。
『ダールドの西の海には魔獣がいるとの噂だ。十分、気をつけろ・・・追伸、それから、二つ名は私のせいではない』
文面から、ラゴス王の直筆のようだが、魔獣とは一体?それに二つ名?
何のことがさっぱり分からないレイヴンは、モヤモヤを抱える。
「ものすごく気になるじゃねぇか。直接話せよ!」
「でも、やけに慌てた筆跡が気になるわね」
カーリィに言われて気付いたが、確かに殴り書きのような字の荒さが目立ち、それはラゴス王らしくなかった。
「もしかしたら、レイヴンさんが海の民に用事があると知って、急いで情報を集めて下さったのかもしれませんよ」
アンナの話す可能性は十分考えられる。レイヴンは、それ以上、文句を言うのを止めることにした。
「まぁ、とにかくすべてはダールドに着いてからだ。それから、魔獣とやらの情報も集めようぜ」
黒髪緋眼の青年の意見に全員が賛同する。考えることは増えたが、とにかく前に進むしかない。
まずは、次の街、トゥオールを目指すよう、頭を切り替えるのだった。
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