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第2章 炎の砂漠 編

第39話 レイヴンの想像

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砂嵐を抜けて『砂漠の神殿』に辿り着いた人影。重なって一つに見えるが、それはレイヴンとアンナの二人だった。

黒髪緋眼くろかみひのめの青年は、森の民の少女を、ここで地に下ろす。お姫さま抱っこから解放されたアンナは、赤く染まった顔を深緑のフードで隠した。
ずっと、抱きかかえられていたため、まだ、レイヴンの体温が感触として残っている。それが照れ臭かったのだ。

足場の悪い砂地が終わり、石畳が続く。レイヴンが先に歩き出すと、アンナは慌ててついて行くのだった。

「もう、カーリィさんは精鎮の儀式に入っているのでしょうか?」
「トラブルがなければ、そうだろうな」

メラのような案内役がいないため、二人は勘を頼りに神殿の中を奥へと進む。
それでも、目的の場所に近づいているという実感を持てたのは、遺跡の造りが複雑ではなかったおかげ。

少々、時間がかかったものの、何とか祭壇のある大広間まで辿り着くのだった。
サラマンドラの石像近くで休むメラとクロウを見つけると、レイヴンは声をかける。

「カーリィは、もう儀式を始めているのか?」
「あ、はい。・・・1時間ほど前からです」

質問に答えてから、アンナの存在に気づくと、メラとクロウは、その無事を喜んだ。
そして、あの砂嵐の中、こんな小さな女の子を探し出してくるレイヴンに対して、改めて感心と信頼を寄せる。

そのレイヴンは、サラマンドラの石像をジッと見つめていた。
あの古道具屋で読んだ昔話が、どうも気になって仕方ないのである。

「なぁ、メラ。サラマンドラと話す事は出来ないのか?」
「え?」

レイヴンのその問いかけには驚いた。メラが記憶する伝承の中では、そんな記録はない。
そもそも大精霊と会話するなど、畏れ多くて考えた事すらなかった。

「出来るか出来ないかは、正直、分かりません」
「なるほどねぇ」

メラの回答を受け、下あごに手を当てながらレイヴンは、サラマンドラの石像の前を行ったり来たりする。
三度目の往復の後、今度はアンナに視線を向けた。

「風の精霊、シルフはどうなんだ?」
「私もシルフさまと対話されたというのは聞いた事はありません。・・・ただ」

何かアンナには思うところがあるのか、最後、含みを持たせる。
レイヴンは、続く言葉を待った。

「シルフさまに関する伝承やお言葉が残されている以上、何かしらのコンタクトを取った方はいるのかもしれません」

アンナの言は一理ある。サラマンドラにしてもヘダン族の中に多くの伝承が残っていた。
それら全てが信仰により、精霊を慮って勝手に人間が作ったものとは思えない。
これには、メラもアンナの意見に同意した。

「ふーん。だったら、直接、本人に聞くのが一番だな」
「えぇっ?」

メラとアンナ。そして、クロウまでもが揃って、同じ言葉を発する。
レイヴンは周りの反応を無視して、サラマンドラの石像の前で腕を組んだ。

「サラマンドラさんよ、少し聞きたいことがある」
「ちょっ、止めて下さい。不敬ですよ」

メラが止めるがレイヴンは、お構いなしである。もう一度、サラマンドラの名を呼ばわった。
しかし、当然の如く反応はない。

すると、レイヴンは『金庫セーフ』の中にあった台のような物を積み重ねて、高い位置まで上がり、サラマンドラの石像と目線を合わせた。

「おい、こっちは真面目に聞きたいことがあるんだ。返事くらいしたら、どうなんだ?」

下で聞いていたメラは、卒倒しそうになる。この言い方は、相手が大精霊でなくてもアウトのやつだ。

「レイヴンさん、降りて来て下さい。お願いします」

アンナもこの無礼を止めようと必死になる。大精霊を挑発して、会話をしたなんて聞いたことがない。

「兄さん、さすがに無茶苦茶だよ」

クロウも説得に当たると、レイヴンは舌打ちをした。これは、別に弟に対してではなく、無反応のサラマンドラに対してである。

レイヴンも諦めて台から降りようとした時、突然、遺跡全体が揺れ出した。
地震かと思ったが、そうではない事を次の瞬間に全員が理解する。
それはお腹に響くような低い声が、神殿内に響きわたったためだ。

「不遜なる人間の子よ。我に何の用だ」

このタイミングで、この声。サラマンドラがレイヴンの呼び掛けに応じたのだと、全員が認識する。
加えて、当然ながらその台詞から、不快に思っていることは間違いなかった。

「どうぞ、お怒りをお鎮め下さい。今、ヘダン族の姫が精鎮の儀式を行っているところ。仲間の身を案じて、つい口調が荒くなってしまったのでございます」

メラが取り成そうと、状況を説明するのだが、あまり効果はなさそうである。その証拠にサラマンドラからの返答はなかった。
しかも、更に火に油を注ぐように、レイヴンの無礼は止まらない。

「俺の想像が正しければ、カーリィは既に危うい。返事ができるなら、さっさとしてほしかったぜ」
「・・・がっはっは。我にここまで、尊大な態度を取る人間は、初めてだ。・・・お前に少し、興味が湧いた。聞きたいこととは何だ?」

レイヴンが聞きたかったのは、あの有名な童話の話とミラージの古道具屋で読んだ内容とのすり合わせだった。

「俺が聞きたいのは、古い童話『旅の男と悲劇の娘』についてだ。あれは、サラマンドラ、あんたとヘダン族の娘の話じゃないか?」

その『旅の男と悲劇の娘』という話。メラもアンナも初めて聞くタイトルであり、お互い顔を見合って、首を傾げる。
クロウから、『勇敢な王と悪賢い魔女』の元ネタの可能性があると説明されて、二人は何となくイメージが湧くのだった。

「その話をどこで知った?」
「ミラージの街の古道具屋だ」
「むむぅ・・・」

サラマンドラの返答は鈍く、何かを考え込んでいる様子。というより、答えにくいといった感じだ。それで、レイヴンの想像は確信に変わる。

「あんたの霊力が『炎の宝石フレイムルビー』に溜まるって話、あれは嘘だろ」
「・・・」
「溜まっているのは、サラマンドラの霊力じゃない。あんたに袖にされた女の悲しい怨念だ!」
大精霊も動揺することがあるのだろうか?レイヴンに断言され、『砂漠の神殿』が先ほどよりも大きく揺れた。

その揺れが収まると、サラマンドラの力のない声が響く。

「その通りだ。・・・発端は、我の勘違いだが、ベルには本当に悪いことをした・・・」

声が沈み、声色からは後悔の念が色濃く感じられた。

ここから、大精霊の述懐が始まる。それは、今でこそ四大精霊と崇められているが、サラマンドラが誕生して間もない若き頃の話。
時は千年以上、遡るのだった。
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