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第2章 炎の砂漠 編

第35話 出発の儀

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ミラージの街を歩く青年とその肩に乗る黒い鳥。
レイヴンが、翌日も引き続き調査を継続するが、古道具屋で得られた話以外は、めぼしい情報を得ることはなかった。

それより・・・
族長のロンメルをはじめ、ヘダン族の者たちがいつの間にか、レイヴンの事をカーリィの婿として扱い始めるのには閉口する。

古道具屋の婆さんから話があった出発の儀の件。今朝、正式にカーリィから依頼され、了承することは確かに了承した。
だが、あくまでも『役』なのである。これを外堀を埋めるというのか分からないが、公私混同もいい所だ。

「婿殿!」

歩くたびに、「いやいやいや」と、いちいち否定するのが煩わしいほど、声をかけられる。
昨日は、遠慮していたようだが、レイヴンが正式に婿役を承諾したという話が、もう街中に伝わっているようだ。

陽気に話しかけてくるミラージの街の人々に、どこか閉鎖的なんだかと、レイヴンは苦笑いをする。
ただ、これも部族の者たちが、カーリィの事を大切に思っている裏返しなのかと感じた。

ダネス砂漠の未来のために、その身を犠牲にする族長の娘。
そんな運命を背負ったカーリィに対して、残りの生ある期間は幸せに過ごしてほしいと考えた結果の行動なのだろう。

そう気づいたレイヴンは、歩きながら手を振る余裕まで生まれた。
『砂漠の神殿』に向かうのは、明日の事だ。残り、正味一日くらい、このバカ騒ぎに付き合ってやっても構わない。

早めに戻るよう言われていたので、レイヴンは午前中だけで調査を切上げて、族長の屋敷に戻った。
街中で被害(?)に合っている事を予想して、カーリィが出迎えてくれる。

「ごめんなさい。何か周囲が勝手に盛り上がっているみたいだわ」
「まぁ、事情を知る人たちの気持ちも分からんではないさ」

レイヴンが気にしていない様子なので、カーリィはホッとした。無理を承知でお願いした手前、あまり迷惑をかけたくないのである。
安心するのも束の間、レイヴンに真剣な表情を向けられ、一瞬、ドキッとする。

「俺は、まだ諦めていないからな」
「もちろん、私もよ」

強い意志をレイヴンが示すと、当然とばかりにカーリィも同意した。
一番大きな問題をお互い諦めていないことを確認すると、横に並んで歩きながら、拳の裏同士でハイタッチをする。

「もう、色気のないスキンシップですね」

二人が歩いているところに、メラが後ろから追いついて来る。何やら、カーリィに用事があるらしい。

「ちょっと姫さまを借りますね」
「それは、本人に聞け」

メラは、カーリィを連れて行くのだが、その際、レイヴンにも言伝するのを忘れなかった。
出発の儀を始めるので、後ほど広間に来てほしいとの事である。

「分かった」と伝えると、所在なさげに、その辺をうろついた。
屋敷の者たちは、準備のためか忙しそうに右往左往しているのだが、レイヴンにはすることがない。
クロウと明日の件について話をして、時間を潰すのだった。

メラが言っていた後からというのが、どの程度の時間を指しているのか分からなかったが、小一時間ほどすると、屋敷の者から声をかけられる。
誘導されるまま、広間に向かうのだった。

長い廊下を歩き、その先に、先日、ロンメルと挨拶を交わした広間がある。
レイヴンが、その部屋に到達すると、突然、銅鑼のような鐘の音が鳴り響いた。

何事かと思っていると、陽気な笛のメロディーが周囲を包む。
驚くレイヴンの前には、純白のドレスに身を包んだ美しい女性が立っていた。
初めは、誰か気付かない黒髪緋眼くろかみひのめの青年も、近づくにつれて誰だか分かる。

「カーリィか?」

気恥ずかしいのか、頬を染めて頷くカーリィは、ただ、広間の中央で立っていた。
戸惑うレイヴンの後ろには、いつの間にかメラが近くにおり、そっと耳打ちする。

「レイヴンさま、姫さまの所に行って、手を取って差し上げて下さい」
「お、おう。分かった」

ここまで本格的とは思っていなかったレイヴンは、ドギマギしながら、段々緊張してきた。
促されるまま、中央に歩を進めるのだが、安請け合いしてしまったとさすがに尻込みし始めるのである。

ただ、待っているカーリィの姿が目に入ると腹を決めるのだった。
彼女も恥ずかしいのか頬を赤らめているのである。いつまでも、一人で立たせておくわけにはいかないのだ。

よく周りを見ると、広間の壁際には慶事を祝うために人々が集まっている。お祝いの品を手に立ち並んでいた。
ようやく落ち着きを取り戻したレイヴンは、儀式の流れに沿って、カーリィの横に並ぶ。

「驚いたでしょ。でも、それは私もなの・・・こんな、大事になるなんて思ってもいなかったわ」
「いや、こうなったら、もう構わないが・・・何をすればいいのか分からないぜ」
「後は父の前まで行って、二人で頭を下げるだけよ」

動作は単純なものだけのようで、その点は助かった。
しかし、メラからは、カーリィの手を取ってと言われたのだが、それはいいのだろうか?

レイヴンは強引に手を握る訳にもいかないと、一応、左手を上げて見せてみるのだが、カーリィが首を振る。
それならば、いいのだろうと、そのまま二人はロンメルの前まで、一緒に歩いた。

目前に迫ったロンメルは、感動で涙を流している。
『砂漠の荒鷲』の感涙に、お祝いのための出席者ももらい泣きをしているのか、嗚咽に近い泣き声も聞こえた。
砂漠の民の熱い感情が爆発してしまったのかもしれない。

後から聞いた話では、ここで新郎と新婦は親の前で永遠の愛を誓って抱き合うそうだが、それは省略された。
レイヴンとカーリィ二人で、頭を下げた時点がフィナーレとなり、大勢の観客から拍手を受ける。

そのまま、新郎役と新婦役が退場し、出発の儀は終了した。
これで、ようやくレイヴンはお役御免となる。

「私の花嫁姿を見るのが夢だったようなの・・・私も、ちょっともらい泣きしちゃった」
「本来、親ってのは、そういうものだろう」

子を持ったことがないが、父親の娘に対する心情を考えれば致し方ないのかと思った。
レイヴンもカーリィも、まだ、諦めてはいないが、助かる保証はどこにない。
覚悟を決めて、明日、カーリィを送り出すロンメルとしては、今日の娘の姿を生涯、忘れることはないだろう。

「将来、本当の式を見せて上げるためにも、何としても生きて帰るぞ」
「えっ・・・ええ、そうね」

カーリィが頷いたところで、メラとアンナがやって来た。

「カーリィさん、とても綺麗でした。お二人は、本当にお似合いです」

完全に雰囲気にのまれたのか、アンナは目を潤ませている。感動しているところ、申しわけないが、今のは、あくまでもお芝居なのだ。

「正式なプロポーズをいただいたことですし、姫さま、何としても生きて戻りましょうね」

メラまで、おかしなことを言い出す。

「何だよ、正式ってのは?」
「今、本当の式をロンメルさまに見せようと、おっしゃったじゃありませんか?」

それは、カーリィが見せるだけで、相手が自分とは言っていない。
当然、気付いているはずと振り返ってみると、俯いてモジモジするカーリィがいた。

これは、やっちまったかとレイヴンは額に手を当てる。
このまま話を続けると、本当に予想外の方向で話がまとまりそうだ。

「さぁ、もっと大きなイベントが、明日以降、待っている。全ては、上手くいってからにしようぜ」

何とか気持ちを切り替えて、『砂漠の神殿』に挑む。まさしく、その通りであることは間違いないのだ。
レイヴンの言葉は、この場を誤魔化したものかもしれないが、真理は得ている。全員が現実に戻るとお祭り気分は、一時、封印して、精鎮の儀式に向けて気持ちを改めるのであった。
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