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第2章 炎の砂漠 編

第34話 古い物語

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砂漠の街ミラージ。初めて訪れたこの街の中、クロウを肩に乗せて、レイヴンは闊歩する。
光の道ライトロード』から外れているため、あまり旅人が訪れることがなく、ともすると人々は閉鎖的だと聞いていた。

ところが、カーリィへの信頼が高いせいか、よそ者という立場のレイヴンに対して、街行く人が、なぜか好意的なのである。
手を振られたり、知らない人から丁寧な挨拶まで受けた。

ただ気になるのは、そんなレイヴンに対するヘダン族の視線である。
見られている事に気がつき、そちらに顔を向けると不自然なほどに、目線を外された
警戒されているのとは、また、少し違う。何やらまとわりつくような、目で見られているのだ。

「クロウ、どう思う?」
「うーん、悪意は感じないから、気にしない方がいいよ」

レイヴンも弟の意見には、概ね賛同するのだが、どうも落ち着かない。
今、ミラージの街中を探索しているのは、『炎の宝石フレイムルビー』についての情報を集め、カーリィを儀式の犠牲から救う手がかりを探すためだ。

さすがに簡単に見つかるとは思ってはいない。そもそも、無駄骨に終わる可能性の方が高いのだ。
それでも、ミラージの街は、その『炎の宝石フレイムルビー』が祀られている『砂漠の神殿』のお膝元。

儀式とは直接つながらない話であっても、そこにヒントが隠されている場合がある。
とにかく些細な情報でもいいから、何かきっかけを掴みたいのだ。

しかし、レイヴンは街中の歴史ある建造物など、何件か足を運んだものの、それらしき情報は得られなかった。
行くあてもなくなり、最後にダメ元で街外れの古道具屋を訪れる。店の中に入ると、人の良さそうな婆さんが出迎えてくれた。

「もしや、あんたかい?姫さまのお婿さん役ってのは?」
「はぁっ?」

訳が分からない質問をされて、思わず素っ頓狂な声を発してしまう。だが、レイヴンにとって、それくらい寝耳に水な問いかけなのだ。
それに『役』っていうのが、ますます意味が分からない。

「婆さん、一体、何の話をしているんだ?」
「何のって、出発の儀の事だよ」

ここで、また新しい単語を耳にした。出発の儀とは、何のことなのか?
もうレイヴンは、とことん、この婆さんに質問をすることにした。

すると、おおよその話が見える。
精鎮の儀式に向かう女性は、出発前に結婚式の真似事をしなければならないらしい。

これは、命を落とす巫女に対して、せめて好きな男性との思い出を最後に作る機会を与えるという名目があるそうだ。

仮に巫女に想い人がいない場合は、代役を立てるとの事だが、その役にレイヴンが抜擢されると、ミラージの民は考えているとの事。

これで、街中の人々がレイヴンに注目していた理由がわかった。
でも・・・

「そんな話、俺は聞いていないぜ」
「そうなのかい?お付きのメラの話だから、間違いないと思うんだけど・・・」

婆さんの話で、噂の情報源が分かった。戻ったら、メラを問い詰めてやろうと考える。
そんなレイヴンの心情に気づいたのか、この件に関して、婆さんはやんわりとした話し方で、懐柔してくる。

「まぁ、あんたにとっては、迷惑な話だろうけど、姫さまの事を悪く思っていないのなら、儀式に付き合ってあげておくれよ」

「まだ、正式に頼まれたわけじゃないから、何も言えないさ。・・・それにどうしても、やらないと駄目なのか?」
「女が覚悟を決める。それも生涯を賭けてね。・・・ここを通過しなきゃ、精鎮の儀式を行う覚悟も生まれないよ」

この説明で、分かるような分からないような・・・
とにかく、レイヴンは正式にオファーが来たら、受けるとだけ、この婆さんに伝えた。

「ただ覚悟を決めるのは勝手だが、俺は儀式の後、カーリィの命を助けるつもりだぜ」
「あんた、儀式の事を詳しく知ってて、言っているのかい?」

レイヴンは頷くと、そのために情報を集めているのだと説明する。
と言っても、雲を掴むような話。どんな情報があればいいのかすら分からないのだ。

「とりあえず、この店にある古い物を見せてくれ」
「うーん。でも、この店にある一番、古いのは私だよ」

この人が千年も生きているとは思えない。この店も空振りに終わったかと思っていると、婆さんが突然、手を叩いた。

「そう言えば、一冊だけ、もの凄く古い本があるよ。作者不明の物語だけどね」
「それでいい。試しに見せてくれ」

レイヴンの頼みを聞いて、婆さんは店の奥へと、その本を取りに行った。
歴史書ではなく、物語というのではあれば、あまり、期待できないかもしれない。
それでも、作られた年代によってはと、淡い期待を寄せた。

「これだよ」

戻って来た婆さんに渡されたのは、『旅の男と悲劇の娘』というタイトルの本。
レイヴンは、手に取るとパラパラとめくり、内容を確認した。

一度、速読してみて既視感を覚える。タイトルは聞いたことがないが、内容はどこかで読んだことがあるような気がするのだ。
再度、じっくり読み直してみると、その理由が分かる。

人物設定などがまったく異なるのだが、これは『勇敢な王と悪賢い魔女』の内容に類似しているのだ。
街中で見知らぬ男女が恋に落ちて、永久とこしえの愛を誓い合うまでは一緒。ただ、その後は不当な言いがかりを男性から告げられ、女性は一方的に捨てられてしまう。

しかも、ただ捨てられるのではなく、部屋の中に閉じ込めて軟禁させられるのだ。
女は悲しみのあまり、涙を止めることができず、いつしか女の涙で部屋の中が一杯となる。
その中で、最後まで自分の無実と男への愛情を訴えて、女は溺れ死ぬというものだった。

物語としては、ただただ悲しい結末。
故に、似たような話でも『勇敢な王と悪賢い魔女』のように流行らなかったのだろうか?

「どうだい、参考になったかい?」
「いや、・・・正直、何とも・・・」

この物語では『炎の宝石フレイムルビー』もサラマンドラの『サの字』も出てこない。
婆さんは、明らかにがっかりとした表情をするが、嘘をついても仕方ないのだ。

「・・・しかし、涙で部屋の中が一杯になるって、どんな部屋何だろうな」
「それは、おそらくテトラジェイルさね」

レイヴンが初めて聞く名だったので、詳しく聞いてみると正四面体の人、一人がやっと入れる大きさの檻らしい。
涙で一杯になるのは、話としては大袈裟だが、罪人に対して反省を促すために、そういった狭い牢獄に入れる風習が、昔、ダネス砂漠にはあったという事だった。

「ふぅん」

知識を得ることは出来たが、結局、有益な情報は得られない。
レイヴンは、一応、礼だけは告げて、立ち去ろうとした時、婆さんは独り言を呟いた。

「ウチの家系でも精鎮の巫女が出たことがあるって聞いてたものだから、姫さまの役に立ちたかったんだけどねぇ」

この話が本当なら、『無効インバルド』のスキルは族長の家系にだけ、発現するスキルではないようだ。
次は、族長の家を重点的に探そうと思っていたのだが、レイヴンは行動を見直さなければならないと考える。

「さっきの物語。まさか精鎮の巫女の持ち物だったとか言わないよな?」
「それは分からないよ。私が子供の頃から、家にあったけど、誰も教えてくれなかったからねぇ」

レイヴンは、物は試しに先ほどの『旅の男と悲劇の娘』を、もう一度、手に取ってみた。
そして、スキル『目利きカナサー』を使用してみる。

目利きカナサー』とは、レイヴンの派生スキルで、物の適正価格を知る能力。基本的に人など生き物には使用できないが、物に対しては一般的な鑑定スキルと、ほぼ同等の力を発揮した。

「えっ?」

すると、この古本。千二百年前の代物だと知る。
単純に数えると、四代前の精鎮の巫女がいた時代と重なった。
単なる偶然かもしれないが、レイヴンはやけに気になる。

「悪いが、婆さん、もう一度、読ませてくれ」

レイヴンは、そう言うと一度だけでは収まらず、何度も確認することになった。
引っかかりを覚えるのだが、その何かを突き止めたい。
結局、この古道具屋を後にしたのは、とっくに陽が沈み、深夜と呼ばれる時間に差し掛かる頃になるのだった。
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