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第1章 王城の悪徳卿 編

第20話 カーリィの正体

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王の前に現れた美しい女性。

カーリィはラゴスの前で片膝を折って、もう片足を斜め後ろの内側に引く。そのまま、背筋を伸ばして挨拶を行った。
カーテシーと呼ばれる女性が行う、相手に敬意を払った礼儀作法の一つである。

「ラゴス王、私の発言を許してもらえますでしょうか?」

カーリィの気品ある所作に見とれたラゴスは、やや遅れて許可を出した。
その許しに満面の笑みを返し、ラゴスのハートをも射抜くカーリィ。

『こいつ魔性の女だ』

レイヴンは、そんなカーリィを驚愕の目で見つめた。その魔性の女は、ここで爆弾発言を投下する。

「私はヘダン族の族長の娘です」
「何ぃ!」

ラゴスが思わず立ち上がって、大声を出すほどに驚いた。それはレイヴンも同じ。
カーリィの出自は聞いておらず、ただ、人攫いの件でダバンを糾弾してくれと頼んだだけだったのだ。

ヘダン族と言えば砂漠の民として、国際的にも自治権を認められた部族。
その族長の娘となれば、小国の王女と等しく考えて構わない。

先ほどのレイヴンの説明では、そんな彼女が攫われ、あろうことか奴隷の身分に堕とされたという。
しかもその主犯人がイグナシア王国の内務卿となれば、大きな国際問題にまで発展する可能性があった。

「ダバン、これはどういう事だ?」

ラゴスの内務卿への詰問は、当然、厳しい口調となる。それほど、この問題は深刻で、事と次第によっては、イグナシア王国の立場が危うくなるのだ。

「・・・いや、これは・・ビルメスという・・・」

カーリィはビルメスの奴隷だった。その事を言いたいのだろうが、そうなると呪いの話をぶり返されると気付いたのか、話は尻つぼみとなる。
結局、何も答えられなくなった。そして、押し黙る内務卿に、カーリィが止めを刺す。

「野盗に扮していましたが、私は直接、この男の屋敷に連れて来られています。更に一切、外に出ることなく奴隷契約を結ばされました」

この告白に反論できなければ、完全にクロだ。皆が、ダバンの動向に注目していると、何とも愚かな行動に出る。
弁明することを諦めたダバンは、その場から逃げ出そうとしたのだ。
しかし、カーリィから白い紐が伸びると、呆気なく捕まり動きを封じられる。

「人質さえ取られなければ、あなたたちに後れを取ることはなかったのに」

ダバンがどんなスキルを持っているのか知らないが、この時点で、もうどうすることもできない。
ラゴスは頭を抱えながら、衛士にダバンを捕らえるよう指示を出すのだった。
何か意味の分からない、支離滅裂な事を叫びながら、ダバンは牢獄へと連れていかれる。

「カーリィ殿、どうやら我が国は、あなたに対してとんでもない傷を負わせてしまったようだ。何とお詫びしていいか分からない」
「いえ、国というよりは、愚かな男の暴走と捉えております。」

カーリィの大人な対応にラゴスは感謝した。
ただ、カーリィと一緒に攫われたヘダン族の者が数名、奴隷に堕とされている。それらの者たちを探し出し、解放するようラゴスは約束をさせられた。

まぁ、その程度のことは、誠意として責任をもって対応するのが当然だろう。
諸国から、糾弾を受けることを考えれば、お安い御用だ。

とてつもなく大きな問題が片付いたところで、ラゴスはトーマスに目を向ける。
ダバンの処断は確定し、内務卿のポストがたった今、空いたところなのだ。
そこで、トーマスに「戻って来ないか?」と声をかける。

トーマスとしても健康を取り戻した今、いつまでも冒険者ギルドのお世話になる訳にも行かず、願ってもない話。
二つ返事で了承するのだった。

これで一件落着。何もかもが上手くいき王城を後にしようとするレイヴンをラゴスが呼び止める。
それは、正式に事件化していないが、何者かがダバンの屋敷に忍びこんだ形跡があり、器物破損の疑いが上がっているという事だった。

屋敷の中を捜査されたくないダバンが訴える訳もなく、きっと、ガンツの大きな叫び声に気づいた通行人からの通報だろう。

「誰か分からぬが、余の権限で不問とする。心配せずともよいぞ」
「誰か分からないなら、俺に言うなよ」
「いやぁ、そこは貸しにしてやってもいいぞ」

ニヤリと笑うラゴスにレイヴンは、カチンとくる。
そもそもレイヴンがカーリィを助けたからこそ、イグナシア王国は、まだ面子を保てているのだ。
貸しと言えば、自分の方がはるかに大きい。

買うパーチャス

頭にきたレイブンは、スキルである物を買い取るのだった。
その手には、イグナシア王国の宝剣『ディバイン』が乗っている。

「なっ・・・お前、それをどうした?」

玉座の後ろに掲げられているはずの宝剣をレイヴンが持っていることにラゴスは慌てた。振り返ってみると、確かになくなっているのである。

「どうしたって、買ったのさ。・・・値段何かつけるなよ」

国の宝剣ならば、確かに普通に考えれば『非売品プライスレス』のはずだ。ところが、ラゴスはある宴席で、もし『ディバイン』を譲ることがあるなら、星金貨で1億枚、支払う事ができれば譲ろうと話したことがあった。

星金貨とは白金貨の千倍の価値。
それが1億枚となれば、もはや天文学数字で、絶対に譲らない例えで話したのだが・・・
払える人物が、ここにいるのだ。

「じゃあな」
「待て、レイヴンよ。先ほどのは冗談だ。真に受けるな」

レイヴンとしても、宝剣なんかもらっても扱いに困るだけ。少し、ラゴスを困らせることが出来れば、それで十分なのだ。

「分かっているよ」

返却リターン

呪文とともに『ディバイン』を元の場所に戻す。
それで、ラゴスも一安心できるようになるのだった。


全ての件に片が付き、ようやく自分の店に戻ったレイヴン。
低利貸屋の通常営業を開始しようとする。

トーマスは王城に戻り、フリルも以前の生活に戻った。
王国警備騎士団のフランクとは、婚約者だったようで、トーマスの復帰とともに元鞘に収まりそうだという噂も聞く。

まぁ、苦労した分、幸せを掴んでほしいと思うばかりだ。
さて、ここで問題なのは、レイヴンの定位置の席を奪い、踏ん反り返っている女性についてである。

「ヘダン族の街に戻らなくていいのか?」
「部族の者の救済が完了するまでは、戻れないわ」

それは確かにもっともな理由だ。但し、レイヴンの店にいる理由にはならない。

「兄さん、いいじゃない。助けた以上、最後まで面倒をみないと」
「あら、クロウくん。お兄さんと違って、優しいのね」

二人で意気投合して、盛り上がっているのだ。
それを脇に見て、レイヴンは軽く不貞腐れる。

「勝手にしろよ」
「分かったわ。ご主人さまマイ・マスター

そう言われて、大事なことを忘れていた。奴隷解除は、さすがに専門外。
レイヴンは奴隷商人に相談しなくてはと、店を出ようとする。
すると、カーリィの白い紐に捕まって身動きが取れなくなった。

「あら、そんなに慌てなくてもいいでしょ」
「んー、んー」

口まで紐で塞がれているレイヴンは、身をくねらせながら、「分かったから、放せ」とジェスチャーをする。
スキル封じだけではなく力も抜けるため、カーリィの『無効インバルド』は喰らいたくないのだ。
解放されたレイヴンが、目を白黒させる。

「おい、主人マスターにも攻撃可能なのか?」
「今のは攻撃じゃないわ。ただのスキンシップよ。・・・但し、あなたに買い取られた時、ビルメスが設定していた制限はリセットされたみたいね」
「あ、そう」

レイヴンは溜息をつくと、大変な女を預かってしまったと嘆くのだった。


イグナシア王国の謁見の間。

「これでよし」

ラゴスが満足して見上げた先には、宝剣『ディバイン』に『非売品プライスレス』という札が掲げられていた。
トーマスから外聞が悪いと指摘を受けるのだが、ラゴスは気にしない。

「レイヴンの奴に取られるよりは、ましだ」

この日以降、ラゴスと謁見する者は、あまり上を見ないようにするというのが習慣化された。
何故なら、『非売品プライスレス』の札が目に入ると、つい笑ってしまう危険があるから・・・

そうとは気付かないラゴスは、謁見の度に、だいぶ気をよくするようになるのだ。
自分に対して、深々と頭を下げる者が、急に増えだしたためである。

「面を上げよ」

今日もご満悦に声をかけるラゴスの頭の上には、例の札がはためいているのだった。
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