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第9章 東慶寺への寄進 編
第111話 弥生からの依頼
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梅太郎が東慶寺に来ている。しかも、何だが怪しげな行動をとっているとのこと。
その情報を聞いた時、ある人物は困惑した。
『今さら、一体、何の用だろうか?』
頭の中には、繰り返し、この疑問が浮かび上がるのだった。
会うべきか・・・会わぬべきか。
その決断すら出来ずにいる。
とりあえず、なるようにしかならない。
今は、静観を決め込むことにするのだった。
約束の日時、梅太郎は配給された昼食を手に腰を掛けた。
場所は昨日と同じ横断幕の近くである。
東慶寺の中の様子を探っている訳でもなく、許された場所で昼飯を食べているだけであれば、何も悪いことはしていない。
理由もなく近づくのも不自然なため、天秀尼は遠くから梅太郎の様子を眺めていた。
梅太郎は、ただ、ご飯を食べているだけのように見えるが、その割には口元が動きすぎているようにも見える。
まぁ、独り言を話す人がいない訳でもない。いずれにせよ、この距離からでは、何とも言えなかった。
立入禁止区域に入ろうとする素振りがないのであれば、注意することは何もない。
とりあえず、昨日の朝礼が効いているのだろうと判断した。
ところが、真実は三年奉公中の弥生と打ち合わせを行っていたのである。但し、それを見極めるのは、人の身である天秀尼にとって、無理な話であった。
それほどに梅太郎の立ち振る舞いは自然に見えたのだ。
「『梅』」
「『鶯よ』」
合言葉の一致で、弥生が近くに来ているのが分かる。二人は、早速、昨日の話の続きを始める。
「弥生さん、あんたの願いってのは何だ?」
「あら、私の方を先に聞いてくれるの?以外に紳士ね」
「無駄話はいいから、早く頼む」
昼食の時間は限られている。弥生がどれくらい自由に動けるのか分からないが、梅太郎の方は定められた間しか動けないのだ。
ここで弥生が梅太郎に頼んだのは、実に簡単なこと。
三年奉公中、会えない一人息子の様子を見に行ってほしいということだった。
住んでいる住所も分かっているとのことで、それほど難しい話ではない。
「それだけでいいのか?会いたいとかは、思わないのか?」
叶うものなら、梅太郎の言う通り、息子に会って抱きしめたかった。
だが、出来ることと出来ないことの分別はある。
昨日の時点でも、一瞬、頭の中を過るものの、その願いはあまり現実的ではないと諦めた。
八歳の息子では、職人に扮装することも、隠してここまで連れてくることもできやしない。
「そこまで、無理は言えないわよ」
「そうか」
梅太郎は、本気で残念がっている。それだけで、十分、優しい男だということが伝わった。
「それより、あなたの方はどうする?誰に会いたいのさ」
「俺は・・・弥生さん。あんたの願いを叶えてからでいい」
その言葉に弥生は、思わず吹き出してしまう。梅太郎の性格が、まさか、ここまで真面目だとは思っていなかったのだ。
「あんた、そんなに気立てのいい男なのに、どうして、嫁さんに逃げられたのさ?」
「別に俺は、嫁さんに逃げられてねぇよ」
「そうなのかい?」
直接、目鼻立ちをはっきりと見たわけじゃないが、接した梅太郎の人柄から言えば、確かに妻から離縁をせがまれるようには思えない。
会いたいのが離縁された女房でないとすれば、梅太郎が望む相手とは、どういう女で、どういう関係なのだろうか?
興味本位でしかないが、その相手を早く知りたいと思う弥生だった。
「それじゃ、仕事の上がりが早い明日にでも、見に行ってくるよ」
「分かったわ。よろしくお願いします」
「息子さんに、何か伝えたいことでもあるかい?」
梅太郎からは見えないが、弥生は頭を振る。自分の見る目のなさで、ろくでもない亭主に捕まって、今度は離縁するために三年間、一緒にいてあげることが出来ない。
そんな母親失格ともいえる状況で、かける言葉が見つからないのだ。
「それでも、子供は母親の言葉を聞きたいと思うけどなぁ」
「・・・まったく。間違って、あなたに惚れちまうじゃないかい」
「い、いや。・・・そんなこと、簡単に言うなよ」
「冗談に決まっているだろうさ」
そう軽口の掛け合いをしている時、丁度、昼休憩の終了を告げる鐘が鳴る。
それを合図に、梅太郎と弥生は、その場を離れるのだった。
その夜、天秀尼の元に珍しく佐与がやって来た。
「どうしたの?」
「瓢太さんから、伝言を預かったので」
その内容を聞いて、天秀尼は驚くが、すぐに了解の返事をする。
「じゃあ、その旨、瓢太さんに伝えておきます」
「でも、これは、きっと沢庵禅師の差し金ね」
「そうなんですか?」
天秀尼の言葉に、佐与は納得したような、しないような。
とりあえず、沢庵にも伝えておくと言って、柏屋へと戻って行った。
佐与が知らせてくれたのは、今日の梅太郎の行動についてである。
おそらく、天秀尼も気付かなかったが、遠くで眺めていたあの時、瓢太は近くに隠れて梅太郎の挙動を探っていたのだろう。
でなければ、あの時、梅太郎が何をしていたのか分かるはずがない。
しかも、そのような事、瓢太が独断で調べる訳がないのだ。
きっと、柏屋にいた瓢太を捕まえて、沢庵が依頼したのだろうと想像する。
「明日は、忙しいわね」
天秀尼は、そう独り言を呟いた。後、気になるのは梅太郎が、誰か人を探している様子だということ。
ただ、梅太郎が、あまり無茶をする性格には見えなかった。
焦らずとも、おいおい分かってくることだろう。
それは、明日のことかもしれない。
ひとまず、天秀尼は、そう期待し休むことにするのだった。
その情報を聞いた時、ある人物は困惑した。
『今さら、一体、何の用だろうか?』
頭の中には、繰り返し、この疑問が浮かび上がるのだった。
会うべきか・・・会わぬべきか。
その決断すら出来ずにいる。
とりあえず、なるようにしかならない。
今は、静観を決め込むことにするのだった。
約束の日時、梅太郎は配給された昼食を手に腰を掛けた。
場所は昨日と同じ横断幕の近くである。
東慶寺の中の様子を探っている訳でもなく、許された場所で昼飯を食べているだけであれば、何も悪いことはしていない。
理由もなく近づくのも不自然なため、天秀尼は遠くから梅太郎の様子を眺めていた。
梅太郎は、ただ、ご飯を食べているだけのように見えるが、その割には口元が動きすぎているようにも見える。
まぁ、独り言を話す人がいない訳でもない。いずれにせよ、この距離からでは、何とも言えなかった。
立入禁止区域に入ろうとする素振りがないのであれば、注意することは何もない。
とりあえず、昨日の朝礼が効いているのだろうと判断した。
ところが、真実は三年奉公中の弥生と打ち合わせを行っていたのである。但し、それを見極めるのは、人の身である天秀尼にとって、無理な話であった。
それほどに梅太郎の立ち振る舞いは自然に見えたのだ。
「『梅』」
「『鶯よ』」
合言葉の一致で、弥生が近くに来ているのが分かる。二人は、早速、昨日の話の続きを始める。
「弥生さん、あんたの願いってのは何だ?」
「あら、私の方を先に聞いてくれるの?以外に紳士ね」
「無駄話はいいから、早く頼む」
昼食の時間は限られている。弥生がどれくらい自由に動けるのか分からないが、梅太郎の方は定められた間しか動けないのだ。
ここで弥生が梅太郎に頼んだのは、実に簡単なこと。
三年奉公中、会えない一人息子の様子を見に行ってほしいということだった。
住んでいる住所も分かっているとのことで、それほど難しい話ではない。
「それだけでいいのか?会いたいとかは、思わないのか?」
叶うものなら、梅太郎の言う通り、息子に会って抱きしめたかった。
だが、出来ることと出来ないことの分別はある。
昨日の時点でも、一瞬、頭の中を過るものの、その願いはあまり現実的ではないと諦めた。
八歳の息子では、職人に扮装することも、隠してここまで連れてくることもできやしない。
「そこまで、無理は言えないわよ」
「そうか」
梅太郎は、本気で残念がっている。それだけで、十分、優しい男だということが伝わった。
「それより、あなたの方はどうする?誰に会いたいのさ」
「俺は・・・弥生さん。あんたの願いを叶えてからでいい」
その言葉に弥生は、思わず吹き出してしまう。梅太郎の性格が、まさか、ここまで真面目だとは思っていなかったのだ。
「あんた、そんなに気立てのいい男なのに、どうして、嫁さんに逃げられたのさ?」
「別に俺は、嫁さんに逃げられてねぇよ」
「そうなのかい?」
直接、目鼻立ちをはっきりと見たわけじゃないが、接した梅太郎の人柄から言えば、確かに妻から離縁をせがまれるようには思えない。
会いたいのが離縁された女房でないとすれば、梅太郎が望む相手とは、どういう女で、どういう関係なのだろうか?
興味本位でしかないが、その相手を早く知りたいと思う弥生だった。
「それじゃ、仕事の上がりが早い明日にでも、見に行ってくるよ」
「分かったわ。よろしくお願いします」
「息子さんに、何か伝えたいことでもあるかい?」
梅太郎からは見えないが、弥生は頭を振る。自分の見る目のなさで、ろくでもない亭主に捕まって、今度は離縁するために三年間、一緒にいてあげることが出来ない。
そんな母親失格ともいえる状況で、かける言葉が見つからないのだ。
「それでも、子供は母親の言葉を聞きたいと思うけどなぁ」
「・・・まったく。間違って、あなたに惚れちまうじゃないかい」
「い、いや。・・・そんなこと、簡単に言うなよ」
「冗談に決まっているだろうさ」
そう軽口の掛け合いをしている時、丁度、昼休憩の終了を告げる鐘が鳴る。
それを合図に、梅太郎と弥生は、その場を離れるのだった。
その夜、天秀尼の元に珍しく佐与がやって来た。
「どうしたの?」
「瓢太さんから、伝言を預かったので」
その内容を聞いて、天秀尼は驚くが、すぐに了解の返事をする。
「じゃあ、その旨、瓢太さんに伝えておきます」
「でも、これは、きっと沢庵禅師の差し金ね」
「そうなんですか?」
天秀尼の言葉に、佐与は納得したような、しないような。
とりあえず、沢庵にも伝えておくと言って、柏屋へと戻って行った。
佐与が知らせてくれたのは、今日の梅太郎の行動についてである。
おそらく、天秀尼も気付かなかったが、遠くで眺めていたあの時、瓢太は近くに隠れて梅太郎の挙動を探っていたのだろう。
でなければ、あの時、梅太郎が何をしていたのか分かるはずがない。
しかも、そのような事、瓢太が独断で調べる訳がないのだ。
きっと、柏屋にいた瓢太を捕まえて、沢庵が依頼したのだろうと想像する。
「明日は、忙しいわね」
天秀尼は、そう独り言を呟いた。後、気になるのは梅太郎が、誰か人を探している様子だということ。
ただ、梅太郎が、あまり無茶をする性格には見えなかった。
焦らずとも、おいおい分かってくることだろう。
それは、明日のことかもしれない。
ひとまず、天秀尼は、そう期待し休むことにするのだった。
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