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第7章 寛永御前試合 編

第85話 謙佑が目指す道

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木村文吾郎の重い一撃で地を舐めた謙佑は、倒れながらも父を見返す。

「何をなさる?」
「今、お前は何をしているのか、わかっているのか!」

言われるまでもなく、この状況が間違っていることは、謙佑自身、理解していた。
だが、どうして、このような事態となったのか、自分でも分からない。
どこで、違えたというのか・・・

謙佑が自問自答している中、文五郎は右衛門の前までゆっくりと歩いて行った。
そして、目の前まで行くと履いていた草鞋を脱いで、平伏する。

「この通りだ。右衛門、許してくれ」

これには、この場にいる全員が驚いた。
右衛門は、慌てて文五郎を立たせようとする。

「そのようなこと、お止めください」
「いや、息子を甘やかして育てた私のけじめだけは、つけなくてはならない」
「わかりました。お父さま、もう十分でございます」

静子も右衛門に倣って父に手を差し伸べると、文五郎はようやく立ち上がった。
娘は、すかさず衣服についた土埃を払う。
その間、謙佑は終始、無言だった。

「静子が離縁を望んでいる。そんな謙佑の言葉に騙された。・・・いや、嘘だと見抜いておったが、あえて乗ってしまった」

「どうして、そのような仕儀となったのです」
「剣の道を閉ざされた息子を憐れんでのこと。・・・いや、すべては私の不徳によるものだ」

謙佑の怪我が綻びの始まり。活気あふれていた木村一門が、いつしか半端者の吹き溜まりと化した。
それを誤った愛情で黙認してきたのが、間違い。文五郎の不徳だと言う。

「では、離縁の話は?」
「お前たちが望まぬのであれば、無理強いはせぬ」

今回の目的が、これでようやく達成することができた。
昨日の段階では、右衛門の破門自体が解ける可能性があったが、それと離縁の話は別のこと。

破門が解けてから、その件を交渉材料にしようと考えていたのだが、一足飛びに願いが叶うこととなる。
となると、残りの問題は・・・

皆の視線が謙佑に集まった。

「いつからだ?よければ聞かせくれないか?」

右衛門は、自分が知りたい一番の問題を謙佑にぶつける。
恨みの対象となった理由を、どうしても知りたかったのだ。

「きっかけは些細なことさ。福さまが、お前のことを褒めていると聞いたのが、始まりだ」
謙佑は、そう言いながら、遠くを見つめるような目となる。記憶の淵を掘り起こしているようにも見えた。

「それが何か?」
「剣を失った俺と、将来の道が閉さざれたお前。同じ境遇だとばかり思っていたが、どうやら、違うということに気づいたのさ」

右衛門は努力をすれば、再び明るい未来を勝ち得る可能性があるが、この体は一生治らない。
そう思った時、どす黒い感情が謙佑を包み込んだ。

一度、そうなれば落ちて行くのは簡単。
周囲に似たような不満を持つ者が集まりだした時、右衛門に対するそねみは一気に加速していった。
それは木村一門を巻き込んで、静子との離縁騒ぎにまで発展したのである。

剣禅一如けんぜんいちにょじゃ」
これまで、家族内の揉め事と、口を挟むことを慎んできた甲斐姫が、謙佑を救う一言を放った。

「剣禅一如」
その言葉を謙佑は繰り返す。

「そうじゃ。剣の道の究極の心理は、無念無想。そこに至るのは、何も刀を振り回すだけではないぞえ」
「無念無想・・・ですか」
言葉では簡単だが、はるか遠くの頂。そこに到達した剣士が、果たして、何人いるのか・・・

「私にそこを目指せと?・・・いや、剣を持たずとも辿り着ける可能性があるのですね」
「無論、ある」

甲斐姫が力強く頷くと、謙佑は、雷に打たれたような衝撃を受けるのだった。
暗闇の中にいた謙佑に、一条の光が差したように思える。

「父上・・・」
「仏門に入るというのであれば、構わぬ。どうせ、木村一門は本日をもって解散だろう」

将軍の御前試合のさなか、このような問題を起こせば、何かしらの咎を受けるのは必定。
文吾郎の印可は取り上げられることは間違いない。下手をすれば、切腹を言い渡されてもおかしくないのだ。

だが、何故か文吾郎の顔は晴れ晴れとしている。
それは、息子の表情に久しぶりに光が戻ったことを確認できたからであった。

但し・・・
「右衛門よ。お前の破門取消しは、申し訳ない。・・・おそらく力になれないだろう」
文吾郎は再び、右衛門に謝罪する。重ねて謙佑も頭を下げるのだった。

「いえ、構いませぬ。今までと何も変わらぬということ。・・・静子がいれば、何も望みませぬ」
その言葉に静子が頬を染める。その姿に義理の父、義理の兄は揃って、笑うのだった。

「いや、待て。その件じゃが、きっと天秀が何とかしているはずじゃ。急いで会場に戻るぞえ」
「・・・しかし、この足では・・・」
右衛門は設置された罠にはまり、左足を痛めている。まともに戦うことはできないと思われた。

「確かに長期戦になれば厳しいじゃろ。じゃが、又右衛門が見せたような『後の先』を体現できれば、勝てるぞえ」
又兵衛の鋭い剣檄を見切り、必殺の一撃を返せとは、何とも難しい注文をするのだろうか?
短期間とはいえ、よくもこのような厳しい剣士に師事したものだと右衛門は思う。

しかし、不思議とできそうな気もするのだ。
右衛門は痛めた足の応急処置を済ませると、甲斐姫とともに御前試合の会場へと急ぐのだった。
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