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第7章 寛永御前試合 編
第80話 親友との再会
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かつての師匠と弟子。義理の親子という関係でもあり、本来、和やかな光景が見られるはずなのだが・・・
離縁の話で、揉めているということを知っている天秀は、固唾を飲んで二人の挨拶を見守った。
遠くからでも右衛門の緊張が手に取るように分かる。
しかし、立場上、右衛門の方から挨拶をしなければ、大いに礼を欠くことになるのだ。
右衛門は、文吾郎の前に立ち、深々と頭を下げる。
「ご無沙汰しております。新年のご挨拶にも伺わず、大変、申し訳ございません」
「なに、お互い忙しい身だ。気にすることはない」
離縁の話しが持ち上がったのは、昨年の年末から。
これは、社交辞令ではなく本当にお互い、忙しかったのだ。
ただ、言葉の節々から感じ取れる雰囲気は、それほど険悪な関係とは思えない。
「こんな公の場で、怒鳴り散らす失態はおかさないわよ」
一緒にいるところを見られるのは、あまり上手くないと思ったのか、静子は天秀尼の陰に隠れていた。
その静子の耳打ちに、天秀尼は、そういうものなのかと納得する。
上辺だけを見ても分からないものである。
まぁ、とりあえず挨拶は無事終了したようなので、一先ずは安心した。
「静子、元気そうだね」
右衛門の戻りを待っていると、不意に声をかけられる。
声の主を見る前に、静子の様子がおかしい方に天秀尼は気を取られた。
名前を呼び捨てで呼ぶほど、親しい相手だと思うのだが・・・
「お兄さま。・・・お加減はいかがでしょうか?」
静子の返答を聞いて、この人が右衛門と同期の木村謙佑だと知る。
剣を握れなくなったらしいが、確かに杖をついて歩いていた。
「まぁ、そう変わらんよ、良くも悪くもないという感じかな」
「どうか、ご自愛ください」
兄を気遣う妹の姿のように見えるが、静子の言い方はどこかぎこちないように映る。
聞いている話では、右衛門とは親友で、二人の婚姻を応援してくれている立場だったはずだ。
そこに右衛門が文吾郎との挨拶を終えて、戻って来る。
「謙佑、久しぶりだな」
笑顔の右衛門とは対照的に、冷めた目を向ける謙佑。
その口から出た言葉は予想外のものであった。
「ふん。離縁する妹を連れまわすとは、どういう神経をしているんだ?」
突然、親友から飛び出した言葉は、右衛門の笑顔を凍りつかせる。
一瞬、思考が止まり、質問に対する答えを発することができなかった。
言葉に詰まる右衛門を慮って、静子が二人の間に立つ。代わって、答えるのだった。
「右衛門さまが私を連れまわしているのではありません。私が勝手について来ているだけです」
兄と夫。諍いになるのを止めるための判断だったが、謙佑の顔に不信の色が浮かぶ。
「静子、お前はこの男との離縁に同意していたのではないのか?なぜ、庇い立てする?」
「それは・・・」
静子が東慶寺の保護を受けることを決めたのは、黙っていれば実家の主導で、無理矢理にでも右衛門と離縁させられるため。
三年奉公で時間を稼ぐのが目的だった。
その際、方便だったが右衛門が離縁に応じず、困り当てた上での手段だと伝えていたのである。
「まさか、お前たち。・・・何か企んでいるのではあるまいな?」
「・・・企むなど・・・私は右衛門さまの名誉が回復されることを願っているだけです」
静子の言葉に、一瞬、間が出来た。その後、謙佑が高笑いを始める。
「ちょっと、待て。名誉回復?・・・まさか今回の御前試合で、どうにかなると思っているのか?ましてや、この男が良い成果を残せるとでも?」
謙佑は、傑作の落とし噺を聞いたかのように、笑い続ける。
あまりにも右衛門を侮辱する態度に、天秀尼が黙っていられなくなった。
我慢の限界を越え、前に出ようとする彼女を右衛門が止める。
「謙佑、実績も何もない私が、今、何を言っても笑われるだけだろう。私は剣士だ。剣で語り剣で証明する」
「まぁ、せいぜい頑張るんだな。元同門として、恥ずかしい試合だけはするなよ」
そう言うと、謙佑は去って行った。後ろ姿を見送る右衛門の袖を静子が引く。
「地元の友人から、兄の変わりようは聞いていました。まさかと思い右衛門さまに、お知らせしなかったことが裏目に出ました」
「いや、事前に知っていようがいまいが、関係ないよ。何があいつを変えてしまったのだろうか・・・」
親友の変わりようを嘆くよりも心配する右衛門だった。
ただ、言っていることは、間違いとも言い切れない。
各流派の師範級の猛者たちが目白押しの中、果たして右衛門はどこまで戦い抜けるのか。
おそらく武芸者としての格は、この中で一番下だろう。
「なに、心配はいらんぞぇ。妾が実力を認め、稽古をつけてやったのじゃ。聞いたこともない流派など、相手にならん」
甲斐姫がそう言い切った。確かに甲斐姫の元で修業した一カ月は、濃密で自信の裏付けにはなる。
修行を始める前と後では、自分が生まれ変わったと感じるほどだった。
しかし・・・
「甲斐姫さま、声が大きいです」
「いくら周りから睨まれようと、相手にするのは一度に一人じゃ。気にするな」
悪目立ちにより、周囲の反感を買ったことは間違いない。
そこで、右衛門の名が呼ばれた。
対戦相手が決まったようである。
相手の名は、磯端伴蔵。磯端流の開祖らしい。
「一体、誰じゃ?」
甲斐姫の声が響き渡り、再び、視線が集まる。当然、伴蔵にも聞こえる声だった。
天秀尼たちは、身を縮める思いをするが、甲斐姫はどこ吹く風。
何ともを波乱を予感する幕開けとなった。
離縁の話で、揉めているということを知っている天秀は、固唾を飲んで二人の挨拶を見守った。
遠くからでも右衛門の緊張が手に取るように分かる。
しかし、立場上、右衛門の方から挨拶をしなければ、大いに礼を欠くことになるのだ。
右衛門は、文吾郎の前に立ち、深々と頭を下げる。
「ご無沙汰しております。新年のご挨拶にも伺わず、大変、申し訳ございません」
「なに、お互い忙しい身だ。気にすることはない」
離縁の話しが持ち上がったのは、昨年の年末から。
これは、社交辞令ではなく本当にお互い、忙しかったのだ。
ただ、言葉の節々から感じ取れる雰囲気は、それほど険悪な関係とは思えない。
「こんな公の場で、怒鳴り散らす失態はおかさないわよ」
一緒にいるところを見られるのは、あまり上手くないと思ったのか、静子は天秀尼の陰に隠れていた。
その静子の耳打ちに、天秀尼は、そういうものなのかと納得する。
上辺だけを見ても分からないものである。
まぁ、とりあえず挨拶は無事終了したようなので、一先ずは安心した。
「静子、元気そうだね」
右衛門の戻りを待っていると、不意に声をかけられる。
声の主を見る前に、静子の様子がおかしい方に天秀尼は気を取られた。
名前を呼び捨てで呼ぶほど、親しい相手だと思うのだが・・・
「お兄さま。・・・お加減はいかがでしょうか?」
静子の返答を聞いて、この人が右衛門と同期の木村謙佑だと知る。
剣を握れなくなったらしいが、確かに杖をついて歩いていた。
「まぁ、そう変わらんよ、良くも悪くもないという感じかな」
「どうか、ご自愛ください」
兄を気遣う妹の姿のように見えるが、静子の言い方はどこかぎこちないように映る。
聞いている話では、右衛門とは親友で、二人の婚姻を応援してくれている立場だったはずだ。
そこに右衛門が文吾郎との挨拶を終えて、戻って来る。
「謙佑、久しぶりだな」
笑顔の右衛門とは対照的に、冷めた目を向ける謙佑。
その口から出た言葉は予想外のものであった。
「ふん。離縁する妹を連れまわすとは、どういう神経をしているんだ?」
突然、親友から飛び出した言葉は、右衛門の笑顔を凍りつかせる。
一瞬、思考が止まり、質問に対する答えを発することができなかった。
言葉に詰まる右衛門を慮って、静子が二人の間に立つ。代わって、答えるのだった。
「右衛門さまが私を連れまわしているのではありません。私が勝手について来ているだけです」
兄と夫。諍いになるのを止めるための判断だったが、謙佑の顔に不信の色が浮かぶ。
「静子、お前はこの男との離縁に同意していたのではないのか?なぜ、庇い立てする?」
「それは・・・」
静子が東慶寺の保護を受けることを決めたのは、黙っていれば実家の主導で、無理矢理にでも右衛門と離縁させられるため。
三年奉公で時間を稼ぐのが目的だった。
その際、方便だったが右衛門が離縁に応じず、困り当てた上での手段だと伝えていたのである。
「まさか、お前たち。・・・何か企んでいるのではあるまいな?」
「・・・企むなど・・・私は右衛門さまの名誉が回復されることを願っているだけです」
静子の言葉に、一瞬、間が出来た。その後、謙佑が高笑いを始める。
「ちょっと、待て。名誉回復?・・・まさか今回の御前試合で、どうにかなると思っているのか?ましてや、この男が良い成果を残せるとでも?」
謙佑は、傑作の落とし噺を聞いたかのように、笑い続ける。
あまりにも右衛門を侮辱する態度に、天秀尼が黙っていられなくなった。
我慢の限界を越え、前に出ようとする彼女を右衛門が止める。
「謙佑、実績も何もない私が、今、何を言っても笑われるだけだろう。私は剣士だ。剣で語り剣で証明する」
「まぁ、せいぜい頑張るんだな。元同門として、恥ずかしい試合だけはするなよ」
そう言うと、謙佑は去って行った。後ろ姿を見送る右衛門の袖を静子が引く。
「地元の友人から、兄の変わりようは聞いていました。まさかと思い右衛門さまに、お知らせしなかったことが裏目に出ました」
「いや、事前に知っていようがいまいが、関係ないよ。何があいつを変えてしまったのだろうか・・・」
親友の変わりようを嘆くよりも心配する右衛門だった。
ただ、言っていることは、間違いとも言い切れない。
各流派の師範級の猛者たちが目白押しの中、果たして右衛門はどこまで戦い抜けるのか。
おそらく武芸者としての格は、この中で一番下だろう。
「なに、心配はいらんぞぇ。妾が実力を認め、稽古をつけてやったのじゃ。聞いたこともない流派など、相手にならん」
甲斐姫がそう言い切った。確かに甲斐姫の元で修業した一カ月は、濃密で自信の裏付けにはなる。
修行を始める前と後では、自分が生まれ変わったと感じるほどだった。
しかし・・・
「甲斐姫さま、声が大きいです」
「いくら周りから睨まれようと、相手にするのは一度に一人じゃ。気にするな」
悪目立ちにより、周囲の反感を買ったことは間違いない。
そこで、右衛門の名が呼ばれた。
対戦相手が決まったようである。
相手の名は、磯端伴蔵。磯端流の開祖らしい。
「一体、誰じゃ?」
甲斐姫の声が響き渡り、再び、視線が集まる。当然、伴蔵にも聞こえる声だった。
天秀尼たちは、身を縮める思いをするが、甲斐姫はどこ吹く風。
何ともを波乱を予感する幕開けとなった。
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