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第4章 茶器と美しい姉妹 編

第40話 紫乃の正体ばらし

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「ごめん下さいまし」
東慶寺、御用宿の柏屋の戸を朝一番に叩く者がいた。

昨夜の騒動のおかげで、宿の者は皆、起きている。
普段なら、まだ、宿の入り口を開ける前の時間だが、すぐに女中がやって来て、来客を迎え入れた。

但し、やって来た人物に対して、皆、一様に怪訝な表情を見せる。

「そんな嫌な顔をしないで下さいよ。私と東慶寺さんの仲じゃございませんか」

どんな仲か分からないが、やって来たのは、坂堂平次郎だった。
平次郎は、以前、駆け込んできた女性の金銭問題で、天秀がやり込めた高利貸『烏屋』の店主。

そんな男が、朝早くからやって来れば、皆、平次郎が言うような顔になっても仕方がないというもの。
一体、何の目的で柏屋にやって来たのだろうか?

「もしや、昨夜の賊は、お主の手引きではないであろうな?」
「何のことでございます?」

甲斐姫が真っ先に疑ったが、どうやら違うようである。但し、事情を説明すると、意外と納得しているようなので、何かを知っているのかもしれなかった。

「大変、面白い話ですが、角度的には別の事で・・・実は、こちらにご厄介になっている紫乃さんのことで、ちょいとご相談がありまして」

名指しされた紫乃は、神妙な顔をしている。紫乃まで、借金をこさえているのかと思っていると、どうやら事情が違うらしい。
紫乃が平次郎の隣に座ると、揃って頭を下げるのである。

「実は紫乃という名前は、姉の名でございます。私の本当の名は卯花と申します」

寝不足のため、頭が回っていないせいかもしれないが、一瞬、ポカンと間が空く。
青天の霹靂へきれきと言えば、少し大袈裟のようだが、これは誰も予想していない展開だった。

「なっ、何でまた、そんなややこしい事をなさったんですか?」

お多江が聞き返すように、何か事情がなければしないことだろう。
風魔の一件もあるので、全てを包み隠さず話してもらう必要があった。

「そもそもは、姉の紫乃が音信不通になったことから、始まりました」

そう卯花が語りだすと、おおよその全貌を柏屋の連中も知ることになる。結局、平次郎の入れ知恵で、東慶寺は巻き込まれたようだ。

話の全てを聞くと、お多江が急に怒り出した。

「その紫乃さんのことは心配ですけど、おかげで天秀ちゃんは怪我を負ったんですよ。まかり間違えば、大怪我になっていたかもしれないの」
と、ものすごい剣幕である。

「私が修行不足なだけです。大丈夫ですから」
天秀がなだめて、やっと落ち着くが、危なく平次郎を叩きだして、塩でも巻く勢いだった。

少し動きがぎこちなかった天秀に、何かあったのかと思っていれば、話を聞いて平次郎は、得心する。
誠心誠意の謝罪をした。

「この度は、手前の浅はかな考えで、天秀さんが怪我を負うことになり、大変、申しわけございません。治療費はこちらで出させていただきます。・・・ですが、この紫乃さんについても、憐れと思って助けてやってくださいませんか?」

「お主の利もかかっておるしのう」
「それは、商売人の性。別の話でございます」

平次郎に頼まれるまでもなく、当然、放っておくことはできないが、今回も瓊山尼の許可が必要となる。
卯花は権兵衛と婚姻関係にあるわけでもなく、縁切寺法の外の話になるからだ。
佐与が東慶寺に伺いに行くと、ほどなくして直接、瓊山尼がやって来る。

「朝っぱらから、一体、何事ですか」

開口一番、お叱りを受けるのだが、事情の全てを知ると、「お助けしなさい」と、即断するのだった。
天秀は、師匠の器の大きさに、改めて敬服する。

それでは、紫乃が、まだ生きていると仮定して、どうやって助け出すか、皆で作戦を練った。
ところが、なかなか、いい考えが出てこない。

良案が浮かばない中、不意に天秀が肩の痛みを感じると、それと同時に、あることを思いつくのだった。
縄目にある盗賊の前に立ち、一瞬、頬を染めた後で、膝をつく。

「あなたなら、山村屋さんに忍びこんで、紫乃さんを助けることができますか?」

何と昨夜、忍びこんできた風魔の忍びを利用しようというのだ。あまりにも突拍子もないことだが、両師匠が揃って、「面白い」と太鼓判を押す。

「もし、可能でしたら、この通りお願いいたします」

天秀は、自分を怪我させた相手に手をつき、深々と頭を下げた。
この様子に、『風』は驚く。今まで、黙秘を続けていた口が、ようやく開いたのだ。

「お前は、どうして赤の他人のために、そこまでできるんだよ?」

一番の疑問を最初に投げかけると、天秀は迷うことなく話し始める。
それは、心の中に常にある考えだったからだ。

「私は豊臣の滅亡とともに本来は殺される運命でした。ところが、たくさんの人の助けがあって、今、こうして柏屋におります。だから、今度は私が、たくさんの人々を助ける番だと思って、一日一日を生きています」

天秀の言葉に、『風』も実は思うところがあった。幕府による盗賊狩りで風魔一族のほとんどが捕縛されたのだが、その網を逃れた僅かな生き残りに拾われて、『風』は育てられたのである。

『風』自身も困難な状態に陥った人に助けられて、今があるのだった。
ただ・・・「お前は、幕府が、徳川が憎くないのか?」と自分の中にある、わだかまりを天秀にぶつけた。

「私の兄は、これは豊臣が戦に敗れた結果だと受け入れました。私もそう思います。及ばなかった豊臣に非があったのでしょう」

元を正せば、風魔一族も乱世の終結とともに、盗賊を生業として生き延びたがため、徳川に狙われたのである。
討たれる理由を自分たちで作っていたと言われれば、それまで・・・

しかし、もう、この生き方しかできない。
『風』は、まだ、自分の中の答えを、はっきりとは出せないが、天秀の申し出に対して真剣に答えることにした。

「山村屋と言ったって、ただの商家だろ。忍びこんで、人を助けるだけなら簡単なことさ」
その言葉を聞いて、天秀の顔がパっと明るくなる。再び、その頭を下げた。

「では、どうか、ご助力をお願いいたします」
天秀の頭のつむじを見つめた後、『風』は横を向きながら、「分かったよ」と、承知するのだった。
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