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第4章 茶器と美しい姉妹 編

第37話 卯花の作戦

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紫乃と名乗る女性が東慶寺に駆け込みを行う二日前。
山村屋の前に、一人の女性が立っていた。それは紫乃の妹、卯花うつぎである。
店の人に声をかけようかと、山村屋に入ろうとする瞬間、逆に声をかけられて驚いた。

「女将さん、今までどちらにいらしてたんですか?心配しましたよ」

声の主を見ると、若い女の子である。山村屋の女中のようで、何かのお使いから帰ってきたところのように見受けられた。
卯花の事を『女将さん』と呼ぶあたり、どうやら、紫乃と勘違いしているようだ。

まぁ、それも致し方ない。
紫乃と卯花は、年子なのだが、昔から双子と間違われるほどそっくりで、地元では有名な美人姉妹だった。

「残念ながら、人違いよ」
「えっ、ごめんなさい」

女中は、自分の早とちりをすぐに謝罪した。確かに言われてみれば、目の前の女性は、いつも紫乃が着ている着物とは、様相が異なる。

「今のお話では、こちらの女将さんは、いらっしゃらないのかしら?」
「ええ。最近はお見掛けになっていません。体調が悪くて休んでいるのかとも思ったのですが、旦那さまの様子では、そうとも考えられないんですよ」

この女中の言葉に卯花は、やっぱりと納得した。
紫乃と卯花は、姉が婚姻した今でも、文通でお互いの近況を報告し合っている。

その姉からの便りが二週間ほど前で、ピタっと止まってしまった。
卯花が書いた手紙の返事もないため、心配になって山村屋を訪れたのである。

この女中の証言を信じれば、姉は山村屋にいないのだろうか?
ここはやはり、権兵衛に確認する必要があるように思われた。

ただ、卯花はこの義理の兄のことをあまり好きではない。
老舗呉服屋のであることを鼻にかけ、いつも言動が高圧的なのだ。

とはいえ、そうも言っていられないのが現実。
卯花は、話のついでに、この女中に権兵衛を呼んでもらうことにする。

「女将さんがいないのであれば、こちらのご主人はご在宅でしょうか?」
「少々、お待ちください」

返事良く、女中が店の中に入って行くのだが、ほどなくして戻ってくると、「申し訳ございません。旦那さまも、ただ今、外出中でございます。」との返答だった。

何とも間が悪いことだが、こればかりは仕方ない。
戻るまで、待たせていただこうか卯花が迷っているところ、女中の様子がおかしいことに気づいた。

「何かあったのですか?」
「あの・・・他人の空似とは思えません。失礼ですが女将さんの縁戚の方でしょうか?」

別に隠すこともないので、卯花は素直に紫乃の妹だということを告げると、女中は、「そうですよね」と、納得する。
すると、周囲を見渡した後、少し声を落とすのだった。

「実は、旦那さまと女将さんが揉めていたようで・・・思えば、その後から姿が見えなくなっているんです」
「喧嘩になるような原因があったのかしら?」
「そこまでは、分かりませんが。茶器はどこだ?とかって、旦那さまが大声を出していたそうです」

姉に茶器のことを尋ねるとしたら、それは間違いなく父親の形見、『紫白一対の茶器』のことに違いない。
権兵衛は、その茶器をどうしようとしたのだろうか?
卯月は、直感的に、今、権兵衛に会わない方がいいような気がした。

女中に礼を言うと、急いで山村屋を後にする。
何か姉の身によくないことが起こっているのでないかと、漠然とした不安が広がっていくのだった。

しかし、現状、何をどうしていいか分からない。
情報がまったく足りていないのだ。

卯花が山村屋を離れて、角を曲がったところで、不意に男に声をかけられる。
柔和な顔つきだが、何とも怪しい雰囲気を漂わせている男だった。

「驚かせて、すません。私、烏屋からすやという店で高利貸しを生業としている坂堂平次郎ばんどうへいじろうという者でございます」
高利貸しなどに用はない。卯花はますます警戒心を強めた。

「いやいや、何もあなたに危害を加えようって気はありません。ただ、紫乃さんにそっくりなお姉さんが山村屋さんから逃げるように離れて行ったもんで、ちょいとばかし気になりましてね」
「姉のことを知っているのですか?」

卯花がようやく聞く耳を持ってくれたようで、平次郎は順を追って話し始める。
紫乃のことを直接知っているわけではないが、どういった事情に巻き込まれているのかを説明するのだ。

「権兵衛さんと私の商売敵が手を組んで、さる御仁に取り入ろうとしているんですが、それが上手くいくと、私としては、あまり嬉しくないんですよ」
「それが姉と関係あるのですか?」
「ええ。何でも紫乃さんと貴方がお持ちの『紫白一対の茶器』を献上しようとしているんでございます」

これで、女中が言っていた話と一致した。また、狙いは紫乃だけではなく、卯花が持つ茶器もということになる。
だが、それでは姉は、どうしてしまったのだろうか?

まさか・・・
卯花は最悪の事態を想像するが、平次郎が否定する。

「仮に私が権兵衛さんの立場でしたら、貴方との最終交渉のために生かしておくはずです。ですから、そこは大丈夫だと思いますよ」

じゃの道はへびということか。平次郎の言うことには説得力があった。
だが、この男も自分を上手く利用して、『紫白一対の茶器』を手に入れようと企んでいる恐れが、一気に膨らむ。

「貴方を利用しようとしているのは確かですが、無体な真似はいたしませんよ。ここら辺で、女性相手にあくどいことをすれば、東慶寺さんが黙っていやせんから」
自身、それで一度、痛い目を見ていると、平次郎は正直に話した。

「東慶寺ですか」
「おおそうだ。東慶寺さんを上手いこと、巻き込みましょう。きっと、力になってくれるはずですよ」

東慶寺の噂は、卯花も聞いたことがある。弱い女性の味方をしてくれるという、幕府公認の縁切寺。
平次郎のことは、まだ、半信半疑だが東慶寺ならば、信用できると考えた。

そこで、卯花と平次郎は、どのようにして東慶寺の協力を得るか相談する。
その結果、卯花は紫乃と偽って、東慶寺に駆け込む作戦を取ることにしたのだった。
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