上 下
31 / 134
第3章 家光の元服 編

第30話 高利貸での談判

しおりを挟む
美代の案内で、辿り着いた高利貸屋は、東慶寺からそれほど離れていない場所にあった。
正面の屋根には『烏屋からすや』の看板が掲げられているのだが、いかにも怪しいたたずまいである。

甲斐姫を先頭に天秀たちが、この高利貸屋の前に立つと、中から店主らしき男が揉み手をしながらやって来た。
その後ろには、いかにも用心棒という厳つい男たちがついて来ている。

「これは、美代さん。お待ちしておりましたよ」
「待たせてすまなんだが、早速、由吉を出してもらおうかのう。」

この店主が雇う用心棒など眼中にない甲斐姫が、当たり前のように自分の要求を言い放った。あまりにも舐めた態度に、腕っぷしを自負する男たちが色めき立つ。

それを店主が冷静になだめるのだった。

「血の気が多い連中ばかりですので、あまり刺激しないで下さいよ。私は、ここの店主を務めている坂堂平次郎ばんどうへいじろうという者です」
「そなたの名など、どうでもいいのじゃ。こちらは、由吉に用事がある」

強気に押し通す甲斐姫の態度に、平次郎はため息をついた。
懐の中から、美代の借金の証文を取り出して、前に突き出す。負けじと強気に出るのだった。

「こちらは、返すものさえ返してくれれば、文句はないんですよ。筋を通してもらえませんかねぇ」
「悪徳高利貸しが筋を通せとは、片腹痛いのう」

傍で聞いている天秀や美代が、ハラハラするほど、甲斐姫の態度は一貫している。
平次郎の顔に、やや苛立ちの色が見え始めた。

「悪徳とおっしゃいますが、手前ども、一応、ご公儀の方にもごひいきをいただいております。本日も同心、岡林武疋おかばやしたけひきさまがお見えになっているところでごさいます。ちょいとばかり、失礼じゃございませんかね?」

甲斐姫の情報を掴んでいる上で、平次郎が強気に出ていた理由は、これだった。
いくら強いといっても、役人を相手に無茶はできない。

その計算から、この同心とやらを賄賂で抱き込んだのだろう。
紹介された岡林武疋は胸を反らしながら、前に出て来た。

「いかにも、拙者、岡林・・・」
「いや、いい。そなたの名など、覚える気などないわ」

ところが、武疋の口上を甲斐姫が途中で遮るのである。これには、武疋の面目は丸潰れ、顔を真っ赤にして怒り出した。

「お、女ぁ。無礼討ちにするぞ」
「妾を木っ端役人が討つというのかえ?面白いのう」

挑発された武疋だったが、いざ構えようとすると甲斐姫が放つ殺気に当てられ、刀を抜くことができなくなる。
甲斐姫を相手にするには、少々、格が足りないようだ。

「ちっ」
舌打ちを一つ打った平次郎は、御上の威光が通用しない相手だと見切り、正攻法に戻すことにする。

「まあ、こちらには証文があり期限が過ぎている以上、借金返済の代わりになるものは、しっかりといただきますよ」
「その借金のカタとは、何じゃ?」

すると、美代を舐め回すように見つめた平次郎は、下卑た笑いを浮かべた。

「いやぁ、実は美代さんを囲いたいという方がいらっしゃいましてね。その方のめかけになっていただければ、問題ございません」

そう言いながら、高笑いを続ける。そんな計画があることなど、初耳だった美代は、気持ちが悪くなり、青ざめた。

身震いする姿を天秀が気遣って、「大丈夫です」と、美代の肩に手を当てる。安心させるように笑顔を向けるのだった。
それで美代は、何とか気持ちを強く保つことができたのである。

「まぁ、下衆い男どもが考えそうなことじゃのう。その証文とやらを見せてもらえるかえ?」
不正がない自信があるのだろう。平次郎は、ためらいもなく証文を甲斐姫に渡した。
それを眺めた甲斐姫が唸る。

「暴利、暴利と騒ぎますが、手前どもの金利は二十両一分※1。良心的な金利でございますよ」
「確かにそうじゃのう」

甲斐姫が確認するも確かにおかしなところはなかった。これでは、高利貸の言い分の方が正しいことになる。

「そ、そんな。生活を切り詰めて、毎月一貫文※2ずつ返していたのに、借金は一向に減っていないって・・・」
「いくら借りて、期限は何年じゃ?」
「確か、五両です。返済は三年でした」

美代から、返済の詳しい話を聞いた時、甲斐姫の中である疑問が生まれた。
「それって、もしかして・・・」

同じく天秀も気付いたようである。甲斐姫は、天秀の頭を撫でた。
「天秀よ、よう勉強しておるのう。さすがは我が弟子じゃ」

武芸以外のことは、瓊山尼から習っていたのだが、天秀は上機嫌の甲斐姫には黙っていることにする。その甲斐姫は、武疋の方ににじり寄って行った。

岡野某おかのなにがし殿。そなたご公儀の役人で間違いないのう?」
だ。勘定奉行の同心で間違いない」
「でかしたぞ、岡田某おかだなにがし。お主がこの場にいることこそ、僥倖ぎょうこうじゃ」

何か勝ち誇った顔をしている甲斐姫のことを、平次郎は最大限に警戒する。
しくじった覚えがまったくないだけに、不気味で仕方ない。

甲斐姫が、平次郎に向きなった時、蛇に睨まれた蛙のように動けなくなってしまった。
急に悪寒に見舞われ、冷や汗が止まらなくなるのだった。

※1 二十両一分:年利15%(二十両借りて月一分の返済)
         一分は一両の1/4
※2 一貫文:銅銭千文
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲

俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。 今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。 「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」 その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。 当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!? 姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。 共に 第8回歴史時代小説参加しました!

剣客居酒屋 草間の陰

松 勇
歴史・時代
酒と肴と剣と闇 江戸情緒を添えて 江戸は本所にある居酒屋『草間』。 美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。 自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。 多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。 その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。 店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

戦国の華と徒花

三田村優希(または南雲天音)
歴史・時代
武田信玄の命令によって、織田信長の妹であるお市の侍女として潜入した忍びの於小夜(おさよ)。 付き従う内にお市に心酔し、武田家を裏切る形となってしまう。 そんな彼女は人並みに恋をし、同じ武田の忍びである小十郎と夫婦になる。 二人を裏切り者と見做し、刺客が送られてくる。小十郎も柴田勝家の足軽頭となっており、刺客に怯えつつも何とか女児を出産し於奈津(おなつ)と命名する。 しかし頭領であり於小夜の叔父でもある新井庄助の命令で、於奈津は母親から引き離され忍びとしての英才教育を受けるために真田家へと送られてしまう。 悲嘆に暮れる於小夜だが、お市と共に悲運へと呑まれていく。 ※拙作「異郷の残菊」と繋がりがありますが、単独で読んでも問題がございません 【他サイト掲載:NOVEL DAYS】

札束艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 生まれついての勝負師。  あるいは、根っからのギャンブラー。  札田場敏太(さつたば・びんた)はそんな自身の本能に引きずられるようにして魑魅魍魎が跋扈する、世界のマーケットにその身を投じる。  時は流れ、世界はその混沌の度を増していく。  そのような中、敏太は将来の日米関係に危惧を抱くようになる。  亡国を回避すべく、彼は金の力で帝国海軍の強化に乗り出す。  戦艦の高速化、ついでに出来の悪い四姉妹は四一センチ砲搭載戦艦に改装。  マル三計画で「翔鶴」型空母三番艦それに四番艦の追加建造。  マル四計画では戦時急造型空母を三隻新造。  高オクタン価ガソリン製造プラントもまるごと買い取り。  科学技術の低さもそれに工業力の貧弱さも、金さえあればどうにか出来る!

転娘忍法帖

あきらつかさ
歴史・時代
時は江戸、四代将軍家綱の頃。 小国に仕える忍の息子・巽丸(たつみまる)はある時、侵入した曲者を追った先で、老忍者に謎の秘術を受ける。 どうにか生還したものの、目覚めた時には女の体になっていた。 国に渦巻く陰謀と、師となった忍に預けられた書を狙う者との戦いに翻弄される、ひとりの若忍者の運命は――――

渡世人飛脚旅(小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品で)

牛馬走
歴史・時代
(小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品で)水呑百姓の平太は、体の不自由な祖母を養いながら、未来に希望を持てずに生きていた。平太は、賭場で無宿(浪人)を鮮やかに斃す。その折、親分に渡世人飛脚に誘われる。渡世人飛脚とは、あちこちを歩き回る渡世人を利用した闇の運送業のことを云う――

処理中です...