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第3章 家光の元服 編
第30話 高利貸での談判
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美代の案内で、辿り着いた高利貸屋は、東慶寺からそれほど離れていない場所にあった。
正面の屋根には『烏屋』の看板が掲げられているのだが、いかにも怪しい佇まいである。
甲斐姫を先頭に天秀たちが、この高利貸屋の前に立つと、中から店主らしき男が揉み手をしながらやって来た。
その後ろには、いかにも用心棒という厳つい男たちがついて来ている。
「これは、美代さん。お待ちしておりましたよ」
「待たせてすまなんだが、早速、由吉を出してもらおうかのう。」
この店主が雇う用心棒など眼中にない甲斐姫が、当たり前のように自分の要求を言い放った。あまりにも舐めた態度に、腕っぷしを自負する男たちが色めき立つ。
それを店主が冷静になだめるのだった。
「血の気が多い連中ばかりですので、あまり刺激しないで下さいよ。私は、ここの店主を務めている坂堂平次郎という者です」
「そなたの名など、どうでもいいのじゃ。こちらは、由吉に用事がある」
強気に押し通す甲斐姫の態度に、平次郎はため息をついた。
懐の中から、美代の借金の証文を取り出して、前に突き出す。負けじと強気に出るのだった。
「こちらは、返すものさえ返してくれれば、文句はないんですよ。筋を通してもらえませんかねぇ」
「悪徳高利貸しが筋を通せとは、片腹痛いのう」
傍で聞いている天秀や美代が、ハラハラするほど、甲斐姫の態度は一貫している。
平次郎の顔に、やや苛立ちの色が見え始めた。
「悪徳とおっしゃいますが、手前ども、一応、ご公儀の方にもごひいきをいただいております。本日も同心、岡林武疋さまがお見えになっているところでごさいます。ちょいとばかり、失礼じゃございませんかね?」
甲斐姫の情報を掴んでいる上で、平次郎が強気に出ていた理由は、これだった。
いくら強いといっても、役人を相手に無茶はできない。
その計算から、この同心とやらを賄賂で抱き込んだのだろう。
紹介された岡林武疋は胸を反らしながら、前に出て来た。
「いかにも、拙者、岡林・・・」
「いや、いい。そなたの名など、覚える気などないわ」
ところが、武疋の口上を甲斐姫が途中で遮るのである。これには、武疋の面目は丸潰れ、顔を真っ赤にして怒り出した。
「お、女ぁ。無礼討ちにするぞ」
「妾を木っ端役人が討つというのかえ?面白いのう」
挑発された武疋だったが、いざ構えようとすると甲斐姫が放つ殺気に当てられ、刀を抜くことができなくなる。
甲斐姫を相手にするには、少々、格が足りないようだ。
「ちっ」
舌打ちを一つ打った平次郎は、御上の威光が通用しない相手だと見切り、正攻法に戻すことにする。
「まあ、こちらには証文があり期限が過ぎている以上、借金返済の代わりになるものは、しっかりといただきますよ」
「その借金のカタとは、何じゃ?」
すると、美代を舐め回すように見つめた平次郎は、下卑た笑いを浮かべた。
「いやぁ、実は美代さんを囲いたいという方がいらっしゃいましてね。その方の妾になっていただければ、問題ございません」
そう言いながら、高笑いを続ける。そんな計画があることなど、初耳だった美代は、気持ちが悪くなり、青ざめた。
身震いする姿を天秀が気遣って、「大丈夫です」と、美代の肩に手を当てる。安心させるように笑顔を向けるのだった。
それで美代は、何とか気持ちを強く保つことができたのである。
「まぁ、下衆い男どもが考えそうなことじゃのう。その証文とやらを見せてもらえるかえ?」
不正がない自信があるのだろう。平次郎は、ためらいもなく証文を甲斐姫に渡した。
それを眺めた甲斐姫が唸る。
「暴利、暴利と騒ぎますが、手前どもの金利は二十両一分※1。良心的な金利でございますよ」
「確かにそうじゃのう」
甲斐姫が確認するも確かにおかしなところはなかった。これでは、高利貸の言い分の方が正しいことになる。
「そ、そんな。生活を切り詰めて、毎月一貫文※2ずつ返していたのに、借金は一向に減っていないって・・・」
「いくら借りて、期限は何年じゃ?」
「確か、五両です。返済は三年でした」
美代から、返済の詳しい話を聞いた時、甲斐姫の中である疑問が生まれた。
「それって、もしかして・・・」
同じく天秀も気付いたようである。甲斐姫は、天秀の頭を撫でた。
「天秀よ、よう勉強しておるのう。さすがは我が弟子じゃ」
武芸以外のことは、瓊山尼から習っていたのだが、天秀は上機嫌の甲斐姫には黙っていることにする。その甲斐姫は、武疋の方ににじり寄って行った。
「岡野某殿。そなたご公儀の役人で間違いないのう?」
「岡林武疋だ。勘定奉行の同心で間違いない」
「でかしたぞ、岡田某。お主がこの場にいることこそ、僥倖じゃ」
何か勝ち誇った顔をしている甲斐姫のことを、平次郎は最大限に警戒する。
しくじった覚えがまったくないだけに、不気味で仕方ない。
甲斐姫が、平次郎に向きなった時、蛇に睨まれた蛙のように動けなくなってしまった。
急に悪寒に見舞われ、冷や汗が止まらなくなるのだった。
※1 二十両一分:年利15%(二十両借りて月一分の返済)
一分は一両の1/4
※2 一貫文:銅銭千文
正面の屋根には『烏屋』の看板が掲げられているのだが、いかにも怪しい佇まいである。
甲斐姫を先頭に天秀たちが、この高利貸屋の前に立つと、中から店主らしき男が揉み手をしながらやって来た。
その後ろには、いかにも用心棒という厳つい男たちがついて来ている。
「これは、美代さん。お待ちしておりましたよ」
「待たせてすまなんだが、早速、由吉を出してもらおうかのう。」
この店主が雇う用心棒など眼中にない甲斐姫が、当たり前のように自分の要求を言い放った。あまりにも舐めた態度に、腕っぷしを自負する男たちが色めき立つ。
それを店主が冷静になだめるのだった。
「血の気が多い連中ばかりですので、あまり刺激しないで下さいよ。私は、ここの店主を務めている坂堂平次郎という者です」
「そなたの名など、どうでもいいのじゃ。こちらは、由吉に用事がある」
強気に押し通す甲斐姫の態度に、平次郎はため息をついた。
懐の中から、美代の借金の証文を取り出して、前に突き出す。負けじと強気に出るのだった。
「こちらは、返すものさえ返してくれれば、文句はないんですよ。筋を通してもらえませんかねぇ」
「悪徳高利貸しが筋を通せとは、片腹痛いのう」
傍で聞いている天秀や美代が、ハラハラするほど、甲斐姫の態度は一貫している。
平次郎の顔に、やや苛立ちの色が見え始めた。
「悪徳とおっしゃいますが、手前ども、一応、ご公儀の方にもごひいきをいただいております。本日も同心、岡林武疋さまがお見えになっているところでごさいます。ちょいとばかり、失礼じゃございませんかね?」
甲斐姫の情報を掴んでいる上で、平次郎が強気に出ていた理由は、これだった。
いくら強いといっても、役人を相手に無茶はできない。
その計算から、この同心とやらを賄賂で抱き込んだのだろう。
紹介された岡林武疋は胸を反らしながら、前に出て来た。
「いかにも、拙者、岡林・・・」
「いや、いい。そなたの名など、覚える気などないわ」
ところが、武疋の口上を甲斐姫が途中で遮るのである。これには、武疋の面目は丸潰れ、顔を真っ赤にして怒り出した。
「お、女ぁ。無礼討ちにするぞ」
「妾を木っ端役人が討つというのかえ?面白いのう」
挑発された武疋だったが、いざ構えようとすると甲斐姫が放つ殺気に当てられ、刀を抜くことができなくなる。
甲斐姫を相手にするには、少々、格が足りないようだ。
「ちっ」
舌打ちを一つ打った平次郎は、御上の威光が通用しない相手だと見切り、正攻法に戻すことにする。
「まあ、こちらには証文があり期限が過ぎている以上、借金返済の代わりになるものは、しっかりといただきますよ」
「その借金のカタとは、何じゃ?」
すると、美代を舐め回すように見つめた平次郎は、下卑た笑いを浮かべた。
「いやぁ、実は美代さんを囲いたいという方がいらっしゃいましてね。その方の妾になっていただければ、問題ございません」
そう言いながら、高笑いを続ける。そんな計画があることなど、初耳だった美代は、気持ちが悪くなり、青ざめた。
身震いする姿を天秀が気遣って、「大丈夫です」と、美代の肩に手を当てる。安心させるように笑顔を向けるのだった。
それで美代は、何とか気持ちを強く保つことができたのである。
「まぁ、下衆い男どもが考えそうなことじゃのう。その証文とやらを見せてもらえるかえ?」
不正がない自信があるのだろう。平次郎は、ためらいもなく証文を甲斐姫に渡した。
それを眺めた甲斐姫が唸る。
「暴利、暴利と騒ぎますが、手前どもの金利は二十両一分※1。良心的な金利でございますよ」
「確かにそうじゃのう」
甲斐姫が確認するも確かにおかしなところはなかった。これでは、高利貸の言い分の方が正しいことになる。
「そ、そんな。生活を切り詰めて、毎月一貫文※2ずつ返していたのに、借金は一向に減っていないって・・・」
「いくら借りて、期限は何年じゃ?」
「確か、五両です。返済は三年でした」
美代から、返済の詳しい話を聞いた時、甲斐姫の中である疑問が生まれた。
「それって、もしかして・・・」
同じく天秀も気付いたようである。甲斐姫は、天秀の頭を撫でた。
「天秀よ、よう勉強しておるのう。さすがは我が弟子じゃ」
武芸以外のことは、瓊山尼から習っていたのだが、天秀は上機嫌の甲斐姫には黙っていることにする。その甲斐姫は、武疋の方ににじり寄って行った。
「岡野某殿。そなたご公儀の役人で間違いないのう?」
「岡林武疋だ。勘定奉行の同心で間違いない」
「でかしたぞ、岡田某。お主がこの場にいることこそ、僥倖じゃ」
何か勝ち誇った顔をしている甲斐姫のことを、平次郎は最大限に警戒する。
しくじった覚えがまったくないだけに、不気味で仕方ない。
甲斐姫が、平次郎に向きなった時、蛇に睨まれた蛙のように動けなくなってしまった。
急に悪寒に見舞われ、冷や汗が止まらなくなるのだった。
※1 二十両一分:年利15%(二十両借りて月一分の返済)
一分は一両の1/4
※2 一貫文:銅銭千文
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