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スプレー缶が破裂した後みたいな濃淡の雲が空に蓋をしていた。そこを一匹のメタリックな光が飛んでいく。スカイフィッシュと呼ばれている観測用ドローンだ。本当の名前は何度か委員長のサエキさんから聞いたけれど誰もその名で呼んでいるのを耳にしたことはない。
今はそれがグリーンのライトを灯しているから安全なはずだ。それでも私の前を歩く誰一人として白銀色の防護スーツを脱いだりはしない。頭部はバイクに乗る時のヘルメットみたいにフルフェイスで誰がどんな髪の色でどういう髪型をしていてリボンやゴムは付けているのかとか、全然分からない。体の方も雨合羽みたいに銀色が覆っていて体型どころか男なのか女なのかすら見分けがつかない。
でも誰もそんなことを気にしない。駅に向かって歩いている。
そう。これが私たちが生まれてから目の前に存在している日常だからだ。
「午後からは濃霧注意報が出ていますので可能な限り外出は控え、屋内から出ないようにして下さい。繰り返します、本日午後から――」
別のスカイフィッシュが注意喚起のアナウンスを行っている。前を歩いていた同じ高校の生徒が二人肩を寄せ合い「それじゃ今日も学校午前だけ?」「ラッキーだね。帰りどこ寄る?」などと楽しげな声を漏らしていた。
教室は既に半分程度の席が埋まっていた。
私は「おはよう」と声に出すこともなくそのまま無言で入ると、視線を一番前の席でじっと自分の端末に見入っている生徒に投げやる。入学して以来、一度としてその素顔を見たことのない委員長のサエキヨウコは私の存在に気づくことなく後ろの席から掛けられた声に反応して振り返り、「ここ分からないんだけど」という懇願に答えて宿題の面倒を見始める。
零した小さな溜息が一瞬防護ヘルメットのアイラインを曇らせたが、それはすぐに消え、私は一番窓際の前の席へと歩いていって腰を下ろした。机の上に置いた鞄から教科書を取り出して引き出しに仕舞おうとしたところで電子音の短いメロディが響き、始業を伝えた。
担任のキタガワが入ってきてさっさと教壇に立つ。教師といっても外見は私たちと何も変わらない。白銀色の防護スーツとフルフェイスのその人物は三十名が席に座ったのを確認すると自分の端末を手に、出欠データと照合を取る。学生だけでなく校内の全ての人間や設備の管理は学内サーバで一括して行われていた。
「本日の連絡事項は各自掲示板を確認しておくように。先生からは特にありません。ああ、そうそう。イチミヤさんは後で職員室に来るように」
またか、という空気が私だけでなく教室全体に広がる。
ぼんやりと視線を先生の頭上に向けると、空気が安全であることを示す小さなライトがグリーンの光をそっと灯していた。
今はそれがグリーンのライトを灯しているから安全なはずだ。それでも私の前を歩く誰一人として白銀色の防護スーツを脱いだりはしない。頭部はバイクに乗る時のヘルメットみたいにフルフェイスで誰がどんな髪の色でどういう髪型をしていてリボンやゴムは付けているのかとか、全然分からない。体の方も雨合羽みたいに銀色が覆っていて体型どころか男なのか女なのかすら見分けがつかない。
でも誰もそんなことを気にしない。駅に向かって歩いている。
そう。これが私たちが生まれてから目の前に存在している日常だからだ。
「午後からは濃霧注意報が出ていますので可能な限り外出は控え、屋内から出ないようにして下さい。繰り返します、本日午後から――」
別のスカイフィッシュが注意喚起のアナウンスを行っている。前を歩いていた同じ高校の生徒が二人肩を寄せ合い「それじゃ今日も学校午前だけ?」「ラッキーだね。帰りどこ寄る?」などと楽しげな声を漏らしていた。
教室は既に半分程度の席が埋まっていた。
私は「おはよう」と声に出すこともなくそのまま無言で入ると、視線を一番前の席でじっと自分の端末に見入っている生徒に投げやる。入学して以来、一度としてその素顔を見たことのない委員長のサエキヨウコは私の存在に気づくことなく後ろの席から掛けられた声に反応して振り返り、「ここ分からないんだけど」という懇願に答えて宿題の面倒を見始める。
零した小さな溜息が一瞬防護ヘルメットのアイラインを曇らせたが、それはすぐに消え、私は一番窓際の前の席へと歩いていって腰を下ろした。机の上に置いた鞄から教科書を取り出して引き出しに仕舞おうとしたところで電子音の短いメロディが響き、始業を伝えた。
担任のキタガワが入ってきてさっさと教壇に立つ。教師といっても外見は私たちと何も変わらない。白銀色の防護スーツとフルフェイスのその人物は三十名が席に座ったのを確認すると自分の端末を手に、出欠データと照合を取る。学生だけでなく校内の全ての人間や設備の管理は学内サーバで一括して行われていた。
「本日の連絡事項は各自掲示板を確認しておくように。先生からは特にありません。ああ、そうそう。イチミヤさんは後で職員室に来るように」
またか、という空気が私だけでなく教室全体に広がる。
ぼんやりと視線を先生の頭上に向けると、空気が安全であることを示す小さなライトがグリーンの光をそっと灯していた。
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