転生彼女の付き合い方

凪司工房

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転生3

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「問題しかないわよ! 全く! 信永も信永で何考えてんのよ!」

 公衆の門前を気にしない未央の大声が、俺の背後五メートルで響いている。

「まあまあ。同棲するよりはデートをする方を選んだ信永を褒めてやろうぜ。どっちにしても羨ましいことだが」

 その隣で猛田が必死に唸る獣と化している十七歳をなだめているが、一向にその殺気は衰える様子がない。
 それだけでも充分に目立つ集団であるのに、俺の隣にはあの蘇芳エルザがいた。楚々とした歩き方をするだけで彼女の周囲の空気が浄化されていくかのような清廉さがあり、気品と優雅が黙っていても溢れ出ている。その上、ちらりと左を見やればつんと上向いた彼女の二つのそれが白いシャツを押し上げ、特別な加工などしていないのに立派な主張をしている。ごくり、と思わず生唾を呑み込んでしまいたくなるほどだが、そんな劣情を抱くことを申し訳なく感じるほど、純粋な笑顔だ。
 美しいとか美人とか、美少女とか。そういった形容を簡単に用いるものではないと思うが、控え目に言って彼女は美しかった。
 それは俺の好みがどうとか、そういう個別の価値観について問題にする必要はないくらいに、誰もにとって「美」と認識するほどの造形だ。夢で見た時にはそこまでのものとは思わなかったのに、実在として現れた彼女は夢の彼女を十倍くらい高貴にしていた。彼女の纏う空気だろうか、ちょっとした表情だろうか、ともかくこちらが彼女の為に何かをしなければ、という気になってしまう。
 カリスマ性という言葉では足りない。そういうものを、蘇芳エルザは備えていた。
 だからこそ俺の脳内警報はずっと鳴り響いている。

「距離が近い!」

 いつの間にか、彼女の左肩が触れそうなほどの場所に迫っていた。高校を出て大通りを渡り、そこから住宅街を抜けてショッピングモールに向かっているのだが、車が脇を通り抜ける度に彼女が異様に気にしているのを感じていた。それが気がつくと二人の距離を小さくしてしまっていたのかも知れない。
 一度だけ未央の方を振り返り、苦笑を見せると、それから再度、蘇芳エルザの横顔を眺める。
 長い睫毛も金色だった。彼女の涼し気な目元は綺麗な二重で、栗色の瞳はきらきらと反射して見えた。

「なあ」
「何でしょうか、信永さま」
「そろそろ説明してくれてもいいかな、と思って」
「何を、でしょう」
「転校生が転校初日に初対面の人間をデートに誘う、ということの不自然さは、どう考えても受け入れられない。何か目的があってのの、デートの誘いなんだろう?」

 裏がない、ということはないだろう。一目惚れというものをしたことがない俺が言うのも何だが、仮に純粋な恋心を抱いたとして、段階を全く踏むことなく即デートに誘うという選択はしないだろう。また俺自身そう申し出をされてすぐ受けるような単純な人間でもないし、アニメや漫画なら最初から好感度とやらがマックス状態で始まる物語もあるだろうが、流石に現実離れしすぎていて、実際に初対面の、それがたとえどんなに好みの女性だったとしても、デートをするという選択は難しい。

「信永さまは今までにデートの経験はおありですか?」
「な、何を……その」

 ――ない。

 何とも情けないモスキートビートのような声だ。

「大丈夫です。わたしも、同じですから」
「それなら何故デートから?」
「その、ですね」

 今まで即答ないし、何かしらの反応を返してきた彼女にしては珍しく言い淀み、頬に人差し指を当てて考え込んだ。何度もその愛らしい唇が動き、言葉にしようとするが、うまく見つからないのか、喉から先には出てこない。

「日本の男女というものはまず互いを知るためにデートというものをする、と伺っていたので」
「その間違った文化を教えた奴の耳に入れておいてやって欲しいんだが、いきなりデートから始めようというのはそういう目的で出会った二人か、俗に云うナンパと呼ばれるものか、どこかの頭のネジが緩んでいる奴がやるもので、大抵は何かしら関係性が生まれてから段階を踏んでデートというものになるんだ」

 おうおうデート未経験者が語ってますよ、という猛田の冷やかしを聞き流し、俺は続ける。

「それでデートに至るまでに形成する必要がある関係性の構築を必要とする訳だが、とりあえず俺と蘇芳さんは今日が初対面な訳だから、簡単な自己紹介と、俺たちに付き合って買い物でもしつつ、少し話そうか」
「それが、関係性の構築ですか?」
「まあ、そういうことになるかな」
「お喋りをすれば宜しいのでしょうか?」
「シンプルに言えばそういうことになる」

 くすくすと猛田と未央が笑いを堪えている。

「分かりました。では、お手柔らかに宜しくお願いします」

 しかし蘇芳エルザは笑うことなく一旦立ち止まると、俺に向き直り、両手を股の上あたりで重ねてから、深々とお辞儀をした。

「あ、いや、こちらこそ。よろしくお願いします」

 お喋りをしないか、という、何とも恥ずかしい誘いをした俺は、それだけでも赤面ものだったのに、偉そうなことを言っておいていざ丁寧に返されてしまうと何ともバツが悪く、頭を何度も下げながらそう答えた。
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