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転生2
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「信永!」
俺の名前が呼ばれている。それも耳馴染みのある声で、だ。
ゆっくりと目蓋を持ち上げると、そこには幼馴染の桂木未央がいた。くりくりとしたまんまるな目で唇をきゅっと尖らせ、腰に手をやって俺を睨んでいる。まるで寝癖かと思うほど癖の強いショートヘアも彼女の性格を表現していると考えれば、実にお似合いだ。
「のーぶーなーがー!」
「何だよ」
「知ってるか?」
「だから何をだよ」
桂木未央は主語目的語、時には述語という概念を喪失していることが多い。
「三丁目の小山内さんの前で、轢き逃げ事件」
三丁目といえば俺の家から五百メートルほどのところだ。ただ小山内という家に心当たりはない。
轢き逃げというのだから大通りの方かと思ったが、どうも通学路になっている別の路地らしい。
「で、犯人は捕まったのか?」
他にも同じ制服姿が増えてきた。未央は普段からパーソナルスペースが狭い。他人との距離が近い。それを同級生の奴らは人懐こいというのだが、小さい頃から見てきた俺に云わせると対人距離のセンサーがバカになっているとしか思えない。
「んー、知らない」
「それじゃあ被害者は? 軽症か、重症か。それとも」
「亡くなったって。若い女性だとか。可哀想に」
その可哀想は亡くなったことに対してなのか、それとも若いという部分に対してなのか。未央でなければ揚げ足取りもしたくなるが、彼女がそこまで深く考えての発言ではないことはよく理解しているので、俺はいつも「そうだな」と適当な相槌を返して終わらせる。
大通りに出ると、通勤時間宜しく、車の交通量が多い。バスの中にはUFOキャッチャーのケースみたいに人が詰まっていて、誰もが見たい訳ではないのにこちらを向いていた。その中に黒い頭巾にマスクという珍しいコスプレをした人間がいたが、周囲の誰もそれに対して違和感を持っていないようだ。
――ひょっとするといつもの幻覚だろうか。
最近、妙なものが見えたり、聞こえたり、する。あるいは知らない間に頬や腕に傷ができていたり、打ち身があったり、酷い場合には血が垂れたままになっていてシャツが赤く染まってしまっていたこともあった。
かまいたちという現象があることは知っている。ただあれも多くは勘違いだ。気づかないうちに紙や鋭利な部分で切ってしまっているだけで、そもそも人間には神経というものがあり、その中でも末梢神経と呼ばれる神経線維の末端に感覚を探知するセンサーがある。それを刺激しないと脳が痛いと判断しない。何らかの、例えば薬などを用い、そのセンサーを阻害すればどんなに痛めつけたところで痛みを感じないし、そもそもセンサーまで届かないものなら感知できない。
それで全ては説明できないものの、大部分が超常現象などではないことは確かだ。
しかし流石に今回俺が経験している出来事はそういったものでは説明できない。
脳に障害があるという可能性も考え、一度診てもらったが、医師からは「勘違い。気にしすぎ。君は神経質な傾向がある」と言われ、抗鬱剤を処方された。
それじゃあ鬱病なのかと問われれば、それもまた違うだろう。
「ねえ」
妙なことと言えば、昨日の夢の話だ。
「なあ未央。例えばUFOのような光の球が目の前に現れて、そこから裸の女性が落ちてきたりするようなことって、あると思うか?」
右隣を見たら拳を握り締めて表情を歪めた彼女がいた。
「いや、そういう夢を見て、現実に起こったとしたら普通の人間はどんな反応すべきなんだろうなと思って」
「それをわたしに訊く意味!」
「俺にとって未央は一般常識のバロメーターみたいなもんだから」
「だから、わたしに訊く意味!」
もう、と殴る真似をしたが、そこから本気で殴りかかってくることはない。
「ったく、朝っぱらからイチャコラしやがってさあ」
「おう、猛田」
同じクラスで二年になってから急に話すようになった、猛田信春だ。シャツのボタンをほとんど留めておらず、風を孕んで大きく風船のように背中側が膨らんでいる。
「イチャコラたぁ何だ、イチャコラたぁ」
「イチャイチャとコラコラだよ」
「コラコラ?」
未央は猛田にそう答えながらも俺の傍から離れようとはしない。
「そんなことより見たかよ、これ」
左隣に寄ってきた猛田は手にしたスマートフォンの画面を俺の目の前に向け、こう囁いた。
「学校爆破予告だとさ」
それは辻ヶ崎高校のHPによく似たページを撮影した、動画だった。淡いピーチカラーの校舎がカウントダウンの後、爆炎と共に粉々になっている。
「学校にこれが送りつけられたのか?」
「いや。朝、HPが改変されてたらしい。今はもう直ってるって」
「じゃあただの悪戯だろう」
「分かってないなあ。悪戯かどうかは問題じゃなく、学校が休みになるかどうかを問題にすべきなんだって」
「今日午前中体育なんだよね。土曜日に体育はほんと最低な選択だよ」
未央は小さな溜息をつきながら言う。最近肉が付いてきたからダイエットをしなきゃと言っていた割には、運動は嫌いだ。
「でもまだ学校LINE回ってきてないよ? あ、亜沙美だ。うーん、何これ」
交差点が近づき、横断歩道が見えてくる。そこを渡り、五百メートルほど進んだところが校門だ。校舎がビルの向こう側に少し見えるが煙が上がっている様子はない。
「ねえねえ、信永。これ何だと思う?」
「なあ、信永。今日休みになったら映画付き合ってくれねえか。来週までのがあるんだよ」
「ほら見てよ、信永」
「信永、お前ってアクション映画好きだったよなあ。頼むよ、なあ」
左右から別の話題を話しかけられて、俺は聖徳太子にならなければならないのかと嘆息した次の瞬間だった。
左側の交差点から四トントラックが、ブレーキも掛けず、まるでゲームでも遊んでいるかのように急カーブで突っ込んでくるのが見えた。
俺の名前が呼ばれている。それも耳馴染みのある声で、だ。
ゆっくりと目蓋を持ち上げると、そこには幼馴染の桂木未央がいた。くりくりとしたまんまるな目で唇をきゅっと尖らせ、腰に手をやって俺を睨んでいる。まるで寝癖かと思うほど癖の強いショートヘアも彼女の性格を表現していると考えれば、実にお似合いだ。
「のーぶーなーがー!」
「何だよ」
「知ってるか?」
「だから何をだよ」
桂木未央は主語目的語、時には述語という概念を喪失していることが多い。
「三丁目の小山内さんの前で、轢き逃げ事件」
三丁目といえば俺の家から五百メートルほどのところだ。ただ小山内という家に心当たりはない。
轢き逃げというのだから大通りの方かと思ったが、どうも通学路になっている別の路地らしい。
「で、犯人は捕まったのか?」
他にも同じ制服姿が増えてきた。未央は普段からパーソナルスペースが狭い。他人との距離が近い。それを同級生の奴らは人懐こいというのだが、小さい頃から見てきた俺に云わせると対人距離のセンサーがバカになっているとしか思えない。
「んー、知らない」
「それじゃあ被害者は? 軽症か、重症か。それとも」
「亡くなったって。若い女性だとか。可哀想に」
その可哀想は亡くなったことに対してなのか、それとも若いという部分に対してなのか。未央でなければ揚げ足取りもしたくなるが、彼女がそこまで深く考えての発言ではないことはよく理解しているので、俺はいつも「そうだな」と適当な相槌を返して終わらせる。
大通りに出ると、通勤時間宜しく、車の交通量が多い。バスの中にはUFOキャッチャーのケースみたいに人が詰まっていて、誰もが見たい訳ではないのにこちらを向いていた。その中に黒い頭巾にマスクという珍しいコスプレをした人間がいたが、周囲の誰もそれに対して違和感を持っていないようだ。
――ひょっとするといつもの幻覚だろうか。
最近、妙なものが見えたり、聞こえたり、する。あるいは知らない間に頬や腕に傷ができていたり、打ち身があったり、酷い場合には血が垂れたままになっていてシャツが赤く染まってしまっていたこともあった。
かまいたちという現象があることは知っている。ただあれも多くは勘違いだ。気づかないうちに紙や鋭利な部分で切ってしまっているだけで、そもそも人間には神経というものがあり、その中でも末梢神経と呼ばれる神経線維の末端に感覚を探知するセンサーがある。それを刺激しないと脳が痛いと判断しない。何らかの、例えば薬などを用い、そのセンサーを阻害すればどんなに痛めつけたところで痛みを感じないし、そもそもセンサーまで届かないものなら感知できない。
それで全ては説明できないものの、大部分が超常現象などではないことは確かだ。
しかし流石に今回俺が経験している出来事はそういったものでは説明できない。
脳に障害があるという可能性も考え、一度診てもらったが、医師からは「勘違い。気にしすぎ。君は神経質な傾向がある」と言われ、抗鬱剤を処方された。
それじゃあ鬱病なのかと問われれば、それもまた違うだろう。
「ねえ」
妙なことと言えば、昨日の夢の話だ。
「なあ未央。例えばUFOのような光の球が目の前に現れて、そこから裸の女性が落ちてきたりするようなことって、あると思うか?」
右隣を見たら拳を握り締めて表情を歪めた彼女がいた。
「いや、そういう夢を見て、現実に起こったとしたら普通の人間はどんな反応すべきなんだろうなと思って」
「それをわたしに訊く意味!」
「俺にとって未央は一般常識のバロメーターみたいなもんだから」
「だから、わたしに訊く意味!」
もう、と殴る真似をしたが、そこから本気で殴りかかってくることはない。
「ったく、朝っぱらからイチャコラしやがってさあ」
「おう、猛田」
同じクラスで二年になってから急に話すようになった、猛田信春だ。シャツのボタンをほとんど留めておらず、風を孕んで大きく風船のように背中側が膨らんでいる。
「イチャコラたぁ何だ、イチャコラたぁ」
「イチャイチャとコラコラだよ」
「コラコラ?」
未央は猛田にそう答えながらも俺の傍から離れようとはしない。
「そんなことより見たかよ、これ」
左隣に寄ってきた猛田は手にしたスマートフォンの画面を俺の目の前に向け、こう囁いた。
「学校爆破予告だとさ」
それは辻ヶ崎高校のHPによく似たページを撮影した、動画だった。淡いピーチカラーの校舎がカウントダウンの後、爆炎と共に粉々になっている。
「学校にこれが送りつけられたのか?」
「いや。朝、HPが改変されてたらしい。今はもう直ってるって」
「じゃあただの悪戯だろう」
「分かってないなあ。悪戯かどうかは問題じゃなく、学校が休みになるかどうかを問題にすべきなんだって」
「今日午前中体育なんだよね。土曜日に体育はほんと最低な選択だよ」
未央は小さな溜息をつきながら言う。最近肉が付いてきたからダイエットをしなきゃと言っていた割には、運動は嫌いだ。
「でもまだ学校LINE回ってきてないよ? あ、亜沙美だ。うーん、何これ」
交差点が近づき、横断歩道が見えてくる。そこを渡り、五百メートルほど進んだところが校門だ。校舎がビルの向こう側に少し見えるが煙が上がっている様子はない。
「ねえねえ、信永。これ何だと思う?」
「なあ、信永。今日休みになったら映画付き合ってくれねえか。来週までのがあるんだよ」
「ほら見てよ、信永」
「信永、お前ってアクション映画好きだったよなあ。頼むよ、なあ」
左右から別の話題を話しかけられて、俺は聖徳太子にならなければならないのかと嘆息した次の瞬間だった。
左側の交差点から四トントラックが、ブレーキも掛けず、まるでゲームでも遊んでいるかのように急カーブで突っ込んでくるのが見えた。
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