転生彼女の付き合い方

凪司工房

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転生1

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 人生で一度くらいなら、曲がり角で走ってきたセーラー服の少女とぶつかり、運命の出会いというものをしても構わない。
 そんな風に考えていたことを俺が後悔したのは、実に六月四日という雨の降る土曜の朝のことだった。
 眼鏡を掛け、まだ眠気の残る目を何度かまたたかせながら路地を歩いていた。朝から小雨がぱらついていて、一応折り畳み式の傘を鞄に突っ込んで家を出てきたのだけれど、もう少し雨勢が強まらないと傘の出番にはしてやりたくないな、という気持ちで、一週間ほど前にカットしてもらった髪に当たる雨粒を気にしながらの、登校だった。
 俺は路地を曲がりたくて曲がった訳じゃないし、むしろ高校の校門は歩いていた通路をまっすぐ五百メートルほど進んだところの大通りを渡った先にある。曲がる道理はどこにもない。そのはずだった。
 けれど俺は思わずそれを見てしまった。

 ――光。

 狭い路地の奥で、ちょうど一メートルほどの高さだろうか。そこに光の球体が眩しさと共に浮かんでいた。
 誰だっただろう。最初に「光あれ」などと言ったのは。
 流石に突如現れた太陽を直視し続ける馬鹿はいない。俺は当然目を瞑り、それでも目の奥がちかちかとする状態で思考した。

 ――あれは何だ?

 薄目を開け、光を遮る右腕と左腕の隙間から何度か確認しようとするが、その間にも光はその球状から長い手足を伸ばし、人の形を取ると、ゆっくりと降下し、地面に片膝を突く姿勢のシルエットを形作ると、やんわりと光が鈍くなり、やがてそれは本物の人の姿に変化した。
 肌色が多い。どうやらそれはスーツではなく裸のようだ。肩から前に金色をした髪が垂れて、項が露出しているのが分かった。筋肉は付いているが盛り上がっているというほどではなく、背中から臀部でんぶに掛けて流れる曲線が美しい。
 当然、と言うべきか、下着も身に着けていない。
 いさぎよいまでの全裸だ。
 ぷりんとした肉付きの良い臀部が桃のようにも見えたが、現代の桃太郎ならぬ桃姫として俺の前に現れたというのなら、それを拾う義務があるのかも知れない。
 ただちょっと待って欲しい。
 相手は背中から観察するに、女性だ。しかも全裸だ。今は日中どころか多くの人間が学校や会社に行くという通勤通学の時間帯で、少し歩けば人通りが驚くほど多い。その中を俺が全裸の女性を伴って移動しようというのは、それはもう犯罪者になれということと同義ではないか。まだ十七という齢。犯罪に手を染め、世間のアンダーグラウンドを斜に構えながら生きていくという選択をするには若すぎる。ここはやはり、別の誰かに彼女の世話をするという役目を押し付けるべきだろう。
 俺はきびすを返し、一歩踏み入れそうになった路地を脱出した。

 ――したかった。

 けれど俺の視界に入っているうちにも彼女は前のめりに倒れ、公衆に彼女の痴態をさらすような格好になってしまう。
 俺は危険に出来る限り関わらないように生きてきたが、かといって鬼じゃない。性善説は否定するが、人間が本来持つ善性というものはまだ失われていないはずだ。
 仕方ない、と諦め、周囲に視線を配りつつも、着ている制服のシャツを脱ぐ。彼女の体に掛けると何とか臀部の先端が見え隠れする程度のサイズだった。
 俺はほっとし、彼女の体を抱き起こす。

「大丈夫か」

 声を掛けたのは彼女の顔に見惚れたからではない。確かに目鼻立ちのはっきりとした、日本人にはなかなか見られない造形で、おまけに何だかとても良い香りがしたのだけれど、何も言わずに彼女を連れて行く訳にもいくまい。
 できれば返事をしないで欲しい、と思ったのものの、彼女の瞼が小刻みに震えると、ゆっくりと、その睫毛で重そうな瞳が開き、栗色をした瞳を俺に向け、淡いピンクの唇はこう動いた。

「やっと、会えました……マイロード」

 その言葉の意味を精査するより早く、彼女は再び目を閉じ、その意識を失ってしまう。だらりと力の抜けた体はずっしりとした感覚を俺の右腕に伝えていたが、さて、面倒なことになったな、という内なる台詞が何度も頭の中をリフレインした。
 俺はとりあえずシャツのボタンをいくつか留め、彼女の飛び出しそうになっていた二つの巨峰を収めると、諦めたように反対を向き、彼女の胸を広背筋に押し付けるようにしてその体重を確認する。
 身長から女性の平均体重を逆算し、学校と家という選択肢を思い浮かべたが、シャツ一枚しか羽織っていないほぼ全裸の女を背負っている自分を公衆の面前にさらすリスクを回避する為には、家以外の選択肢は選べなかった。
 溜息と共に彼女を持ち上げる。
 女性を、それもほぼ裸の女性を背負う経験というのは俺の短い人生経験の中ではまだ存在しない。右肩に乗る彼女の頭部から、時折れる「あぁ」なのか「うん」なのかよく分からない吐息と、背中全体で支えるどうにも形容し難い柔らかきもの。それに自分の両手が支えている張りの良い太腿の感触が、どうにも思春期男子の心を刺激して止まない。
 俺は修行僧のように心頭滅却しんとうめっきゃくし、家路を急いだ。
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