千文字小説百物騙

凪司工房

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第九乃段

アイスクリーム

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 役に立っておいで。

 そこは最初、闇だった。狭く、それでいて温かい。
 何かの圧力を感じ、周囲に連動するようにある場所へと向かう。ふっと明かりを感じた次の瞬間には、再び闇の中に飛び込んでいた。そこは冷たい金属の容器で、周りでは乳を絞り出されることに快感の声を牛たちが上げていた。
 ミルクを詰めたステンレスの大きな容器がトラックに積まれ、次々と運ばれていく。
 運ばれた先は大きな機械がいくつも置かれた工場だった。人の姿はなく、全てロボットアームとベルトコンベアが制御している。
 巨大な鍋状の筒に流し込まれると、上から粉状のものが数種類、降り掛かってきた。自分の中に異物が混ざる不思議な感覚に驚いているうちに、金属の大きな鉤爪かぎづめが回転して中身をぐちゃぐちゃにかき混ぜていく。
 自分がどうなるのか分からない恐怖と、何かに生まれ変わるという期待感。
 しばらく冷やされ、今度は別の容器に入ると、そこから絞り出されていく。その先には円錐状の狐色をした物体が待ち構えていて、するりととぐろを巻きながらも収まった。その状態のまま再びベルトコンベアで移動し、暗い部屋で待機する。徐々に寒くなり、いつの間にか意識は遠くなった。
 次に気づいた時にはコンビニの冷凍庫の中で、梱包され、アイスとして並んでいた。それを購入したのは小さな少女と、金色の綺麗な髪を伸ばした女性だ。女神かな、と思ったけれど、レジで購入した後に自分を握ったのは、連れの少女の方だった。
 少女は「おかーさん食べていい?」と、舌足らずな声で話しかけている。けれど少女の手は思いの外温かく、また外の大気も太陽の熱も自分には強すぎて、

「あっ」

 少女が握ったコーンから、アイスだった自分が折れるようにしてぼとり、と落下した。アスファルトの熱が一気に伝わり、力を失っていく。

 役に立っておいで、という声を思い出した。
 でも結局何の役にも立てないまま、アイスとしての生涯を終えることになったようだ。ごめんなさい、と誰にともなく謝った。
 その心の声を、聞いたのだろうか。
 ぺろり、と別の温度が表面を滑った。
 気づくと彼女が連れていた犬だ。その犬の舌が何度も舐める。
 くすぐったさを感じて、思わず笑いそうになったが、犬は元気に吠え、駆け出した彼を少女は追いかけて走っていった。

 役に立っておいで。

 またその声を聞き、光の中に飛び込んだ。今度はどんな生が待っているのだろう。一瞬ちらついたのは、原稿用紙の束だった。
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