76 / 100
第八乃段
ただ会いたくて
しおりを挟む
ハウリングを起こしそうな空白だった。
爆風が駆け抜け大量の粉塵が舞い上がる。それを察知した時には既に遅く、男は、いや、かつて男だったモノは伏せる間もなく正面からそれを受け止める。顔を覆った腕の皮膚は瞬時に銀色の鱗《うろこ》となり、その幾枚かが飛び散った。
戦略兵器HK79――通称「白銀」は局地戦の為に開発された軍用アンドロイドの一種だった。
――目標を殲滅すべし。
それだけがずっと白銀の頭の中で響いている。目標とは当然命あるもの全てだ。
『大丈夫?』
それは最近よく聞こえる女の声だった。
半身がめり込んだコンクリート壁から抜け出し、白銀は自分の状態が稼働可能かどうかを診断する。システムは一時間前と同じく異常なしを伝えていた。
白銀はその結果に従い、再び銃を構え、半壊した建物に挟まれた路地を進む。かつてはこの国の三割近くの人間が暮らしてた大都市も今ではゴーストシティと化していた。戦争の主力がアンドロイド型兵器に移行し、多くが地下シェルターで暮らすようになったからだ。
『どんな世界でもちゃんとあなたのことを見てくれている人はいるから』
また女の声だ。笑みを浮かべた白いワンピースの女性の姿が映ったが、それは砂嵐に紛れ、すぐに消えた。
十八分前に取得したデータではこの一キロ圏内にあと二名、生存者がいる。
急に砂煙が晴れ、芝生が広がった。一本の大きな木の下で不思議な武器を抱えた男が大きな口を開けている。その男の隣に、彼女はいた。
――目標を殲滅。
命令に従い白銀は銃口を向ける。だが何故か引き金が引けない。
女は笑いかけ、何かを呟くと、すっと木に溶けるようにして消えてしまった。
男は大声で何か叫んでいる。
歌、と呼ばれるものだとシステムが教える。
『待ってる。ずっと、待ってるから』
白銀は銃を捨てる。ベルトに収納されたハンドナイフを取り出すと、ギターと呼ばれる弦楽器をかき鳴らす目標めがけてダッシュする。
『アイ、タイ』
内側から響く不思議な声だった。
『アイタイ』
脳内で警報が鳴り響く。
『アイタイ!』
構わず、白銀は歌い続ける男目掛けナイフを振り下ろす。
けれど刃は届かない。何度振るっても虚空を切る。
『アイタイ!』
「待ってろ、ユミ!」
それは白銀自身から出た声だった。
――解析不能な命令です。
「会いたい!」
――制御不能です。
「俺は、兵器じゃない!」
――制御不能です。
会いたい。
ただ、会いたい。
ナイフを捨てた白銀は爆弾の雨の中に走り出していた。
爆風が駆け抜け大量の粉塵が舞い上がる。それを察知した時には既に遅く、男は、いや、かつて男だったモノは伏せる間もなく正面からそれを受け止める。顔を覆った腕の皮膚は瞬時に銀色の鱗《うろこ》となり、その幾枚かが飛び散った。
戦略兵器HK79――通称「白銀」は局地戦の為に開発された軍用アンドロイドの一種だった。
――目標を殲滅すべし。
それだけがずっと白銀の頭の中で響いている。目標とは当然命あるもの全てだ。
『大丈夫?』
それは最近よく聞こえる女の声だった。
半身がめり込んだコンクリート壁から抜け出し、白銀は自分の状態が稼働可能かどうかを診断する。システムは一時間前と同じく異常なしを伝えていた。
白銀はその結果に従い、再び銃を構え、半壊した建物に挟まれた路地を進む。かつてはこの国の三割近くの人間が暮らしてた大都市も今ではゴーストシティと化していた。戦争の主力がアンドロイド型兵器に移行し、多くが地下シェルターで暮らすようになったからだ。
『どんな世界でもちゃんとあなたのことを見てくれている人はいるから』
また女の声だ。笑みを浮かべた白いワンピースの女性の姿が映ったが、それは砂嵐に紛れ、すぐに消えた。
十八分前に取得したデータではこの一キロ圏内にあと二名、生存者がいる。
急に砂煙が晴れ、芝生が広がった。一本の大きな木の下で不思議な武器を抱えた男が大きな口を開けている。その男の隣に、彼女はいた。
――目標を殲滅。
命令に従い白銀は銃口を向ける。だが何故か引き金が引けない。
女は笑いかけ、何かを呟くと、すっと木に溶けるようにして消えてしまった。
男は大声で何か叫んでいる。
歌、と呼ばれるものだとシステムが教える。
『待ってる。ずっと、待ってるから』
白銀は銃を捨てる。ベルトに収納されたハンドナイフを取り出すと、ギターと呼ばれる弦楽器をかき鳴らす目標めがけてダッシュする。
『アイ、タイ』
内側から響く不思議な声だった。
『アイタイ』
脳内で警報が鳴り響く。
『アイタイ!』
構わず、白銀は歌い続ける男目掛けナイフを振り下ろす。
けれど刃は届かない。何度振るっても虚空を切る。
『アイタイ!』
「待ってろ、ユミ!」
それは白銀自身から出た声だった。
――解析不能な命令です。
「会いたい!」
――制御不能です。
「俺は、兵器じゃない!」
――制御不能です。
会いたい。
ただ、会いたい。
ナイフを捨てた白銀は爆弾の雨の中に走り出していた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
体育座りでスカートを汚してしまったあの日々
yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。
今日の授業は保健体育
にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり)
僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。
その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。
ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。
金色の庭を越えて。
碧野葉菜
青春
大物政治家の娘、才色兼備な岸本あゆら。その輝かしい青春時代は、有名外科医の息子、帝清志郎のショッキングな場面に遭遇したことで砕け散る。
人生の岐路に立たされたあゆらに味方をしたのは、極道の息子、野間口志鬼だった。
親友の無念を晴らすため捜査に乗り出す二人だが、清志郎の背景には恐るべき闇の壁があった——。
軽薄そうに見え一途で逞しい志鬼と、気が強いが品性溢れる優しいあゆら。二人は身分の差を越え強く惹かれ合うが…
親が与える子への影響、思春期の歪み。
汚れた大人に挑む、少年少女の青春サスペンスラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる