千文字小説百物騙

凪司工房

文字の大きさ
上 下
73 / 100
第八乃段

デリート

しおりを挟む
 目の前には三枚のモニタが並んでいた。そこをアルファベットと数字だけの羅列が流れていく。問題があれば赤字で、警告なら黄色で示され、必要なら確認した後にプログラムで修復やメンテナンスを行う。

「あまり根詰めてやるような仕事じゃあない。気楽に眺めてればいいよ」

 同僚の大塚が伸びをした並木を見て苦笑を浮かべる。まだ転職して間もない並木のことを何かと気にかけてくれていた。
 並木は最近よく夢を見た。それは自分が売れない小説家として人生を歩んでいるというものだ。担当編集の女性に締切を急かされ、睡眠時間を削りながら何とか仕上げた原稿に校正から沢山の赤が入り、何度も修正作業を繰り返してやっと雑誌に掲載されたと思ったら評判は何も聞こえてこない。
 そんな悪夢がずっと続いていた。

 翌週、大塚が有給を取ってハワイに旅行に出かけたと知り、作業の傍ら、スマートフォンでハワイの観光地について検索する。
 検索エンジンの調子が悪いのか、ハワイに関連付けられた記事が全く出てこない。調べてみるとアメリカの州の数が五十ではなく四十九になっていて、航空便も旅行のプランも、荷物の配送先でさえも、ハワイという場所は存在しない。
 検索してみると他にも幾つか知っている土地が姿を消していた。

 世間が謎の消失に気づき始めて一月が経ったある日、並木はパソコンに大塚からメッセージが届いていることに気づいた。日付は彼が有給を取った日になっている。

 ――トウキョウ、ガ、消エル。

 文章の大部分が歯抜けになり文字化けも酷くとても内容が読み取れるような状態ではなかったが、それでも辛うじて「東京が消える」という言葉だけは理解できた。
 並木はこれまでに消失を確認した地域とその日付をデータにし、消失の予測を立てる。

「今日だ」

 慌てて鞄を掴むと、パソコンの電源もそのままにオフィスを飛び出した。一番近くの駅に急ぐ。地下鉄で品川まで出てそこから新幹線、とにかく一秒でも早く離れなければという思いで、階段を駆け下りる。
 地下鉄のホームにはまだ人はまばらだった。
 何度も電車が来ないかと闇をのぞき込むが、一向に電車のヘッドライトが見えてこない。
 二分、三分と時間が経つうちにも東京が消えてしまうんじゃないかと思っていると、ようやく強烈な光が見え、ごうごうと音を鳴らして電車が突っ込んできた。
 だがそれがすう、と目の前で消えてしまう。まるで手品のようだと思った次の瞬間には、並木自身の体が消え――
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

【完結】ツインクロス

龍野ゆうき
青春
冬樹と夏樹はそっくりな双子の兄妹。入れ替わって遊ぶのも日常茶飯事。だが、ある日…入れ替わったまま両親と兄が事故に遭い行方不明に。夏樹は兄に代わり男として生きていくことになってしまう。家族を失い傷付き、己を責める日々の中、心を閉ざしていた『少年』の周囲が高校入学を機に動き出す。幼馴染みとの再会に友情と恋愛の狭間で揺れ動く心。そして陰ではある陰謀が渦を巻いていて?友情、恋愛、サスペンスありのお話。

青い箱

雨塔けい
現代文学
詩って難しい。

家族をまた1人失った時に......

ゆりえる
現代文学
たった1人の肉親である父が亡くなった。葬儀中、自分にとっては懐かしい女性が現れたが、祖母が暴言を投げ付けた。

処理中です...