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第三章 「ホテルのネオンサイン」

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「今日もパートだったんだろ? そろそろ慣れた?」

 缶ビールを開けて、ジム帰りの保広やすひろのコップに注ぎ入れながら、私は首を横に振った。

「日曜だけど少ないねって話してたら、団体のお客様が入ってきて、あっという間に満席になって。まだ三日目だっていうのに、初めて珈琲豆を挽かせてもらっちゃったわ。たぶん明日になったら脚がぱんぱんになってそう」
「立ち仕事の辛みよのー、ほっほっほ」

 営業畑が長い夫は、ジム以外にも月に一回程度、整体に通っている。勧めたのは友理恵ゆりえだったと思うけれど、私もしばらく通った方がいいかも知れない。既に右の脹脛ふくらはぎに突っ張っている感覚があった。

「でも明日筋肉痛ならまだ若い方だよ。子供の運動会に出て三日くらい経ってから、ちょっと調子悪いわって言ってる奴も結構いてさ。ジム行きましょうってすぐ言うんだけど、また今度って。そういう人に限って普段から備えるってことしないんだよ」
「それ、私に言ってるの?」
「いやいや。海月みつきちゃんは今だってスタイルいいじゃない。他の連中の奥さん見てたら、自分は恵まれてるなあって思っちゃうよね」

 そう言って目を細め、ビールを半分ほど流し込む。彼の言う「いいスタイル」の基準はよく分からないのだけれど、それでもお腹周りとか二の腕とか、あご、脚なんかは日に日に衰えていくようで、最近は化粧をする時に自分の顔をまじまじと見ることすら、ちょっと怖い。
 いつまでも誰かに見られる自分でいたい。そう言っていた友理恵の気持ちが、近頃は理解できるようになった気がする。

「あれ? 何か鳴ってない?」

 キッチンのテーブルの上に出したままの、私のスマートフォンだった。着信音からすると、メールだ。すぐに鳴り止んでしまう。

「どうせまたスパムよ」
「また変なサイトとかアプリとか登録したんじゃないだろうな」
「そんなことしませんって」
「俺の職先の人がさ、この前アダルトサイトの支払い通告詐欺に遭ったって言ってて。よくよく聞いたら本人実際にそのサイト見てたんだよ。一応警察に届け出したらしいけど、なんかやましいことがあると、人間そういうのに引っかかっちゃうんだろうなって」

 保広はアルコールが回っているからか、やけに饒舌じょうぜつだった。普段からよく喋る方だけれど、ひょっとすると「やましいこと」があるのだろうか、と勘ぐってしまう。
 私はメールの確認に席を立つ。

「お? どした?」
「ううん。やっぱりただの悪戯」
「そっか。けどいつまで経ってもこの手の無くならないの、何でなんだろうな。意外と儲かんのかな」
「そうじゃないの?」

 適当な返事をして、私は背を向ける。
 スマートフォンの画面には金森烈かなもりれつという名前と、明日の午後予定が空いていないか、という文面が丁寧な言葉で書かれていた。私は体温を失くした指で「空いています」とだけ打って、返した。
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