黒猫館の黒電話

凪司工房

文字の大きさ
上 下
11 / 31
第二章 「十年ぶりの再会」

2

しおりを挟む
「久しぶりだな」

 という声が黒井良樹の感情を一気に十年前に引き戻す。生駒友作はサングラスを掛け、キャップを被り、タンクトップにハーフパンツという、やけに軽装で現れた。夏休みの大学生を気取っている訳ではないだろうが、キャンパスのベンチで座っていてもそれほど違和感がないかも知れない。

「なんか変わらないね、あんたら」

 続いて現れたのは太田加奈おおたかなだった。いや、今は藤森加奈だったか。去年結婚したと葉書が届いていたことを思い出す。髪の色も黒いし、化粧も薄め、ジーンズにだぼっとした上着というのは学生時代の加奈とは印象が大きく違っている。大人びたというより、やはり結婚して落ち着いたと言った方がいい。

「こんにちは」

 五分ほど遅れてやってきたのは美雪だった。先日のパンツルックとは異なり、今日は学生時代を思い起こさせるような白を基調としたロングのワンピース姿だ。良樹は不意を突かれたような表情になってしまったのか、友作に脇を肘で小突かれる。

「何だよ」
「いやあ、相変わらず深川さんはお綺麗ですなあ」
「何言ってるのよ、生駒君。もう三十でしょ? そういう格好、そろそろ卒業した方がいいんじゃない?」
「わざとだよ、わざと。オレだって今じゃ立派なサラリーマンやってるよ」

 友作は去年また転職して、今は中小企業向けの保険の営業をして回っていると聞いている。

「今度の仕事は落ち着くといいね」
「オレもそう願ってるよ。それより、あのおっさんは?」
「ああ、紹介するよ。桐生さん」

 大学の文化部棟にカメラを向けていた迷彩柄のジャケットを着た男性に声を掛ける。逞しい髭面ひげづらは良樹には見慣れたものだったが、初対面の人間にはやや威圧感があるらしい。

「どうも。フリーライターの桐生です。時々奇恐倶楽部でこいつにこき使われてます」
「何言ってるんですか、桐生さん。世話になってるのは僕の方ですよ」
「あの日のメンツだけじゃないのか」

 友作の言いたいことは理解できた。実際、深川美雪から提案されたことはあの肝試しをやり直すことだったからだ。

「桐生さんを安斉君の代役にしようという訳じゃないよ。今回は雑誌の取材ということで、現在の黒猫館の保有者である天堂コーポレーションから見学の許可を貰っていて、桐生さんが記事を担当してくれることになっている。それに僕よりもずっと、あの黒猫館に対する知識があるし、色々と修羅場を経験されているので、もし何かあった時に助けてもらえる。実際、何度か命を救われたことがあるんだよ」
「そんなに頼ってもらっちゃ困るぜ。ちょっとお前らより長く生きてて、そこらの連中よりは危険な橋の渡り方に習熟してるってだけだ」
「いいじゃないの。みんないい歳なんだから学生気分って訳にもいかないでしょ」

 学生時代なら誠一郎に場の決定権があった。彼がいない時には友作が何となく方向を決めていたように思う。もしくは良樹が仕方なく意見を口にした。
 けれど十年という月日は男子の顔色を伺いがちだった女性たちがちゃんと自分の意見を通し、バランスを取るように変えていた。

「ま、俺はお前らの邪魔をしないよう、目立たないでいるように努めるよ」

 桐生はそう言うと良樹にウインクをしてから、再びカメラを大学の建物へと向け、距離を取ってしまった。

「あとは足立さんだけなんだけど」

 約束は十時だった。良樹はスマートフォンを取り出し、メッセージが着ていないか確認する。既に十分過ぎてしまっているが、彼女からの連絡はない。

「どうする?」
「先に行ってようぜ。後から来るだろ」

 分からない場所という訳ではないし、あまり長居をしている訳にもいかない。

「それじゃあ」

 良樹は先に出発していることを足立里沙あだちりさにメッセージしておいて、館に向けて歩き始めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

千文字小説百物騙

凪司工房
現代文学
ある作家は企画で百物語になぞらえてショートストーリーを百話集めた短編集を製作することになった。しかし作品を書き始めると彼の周辺で奇妙な出来事が起こり始める。 本作は一編一編は千文字の独立した物語となっているが、それぞれの登場人物の人生が様々な形で交錯し、あるいはすれ違い、一つの大きな群像劇を織りなす構造となった、不思議な物語である。

小さな鏡

覧都
ホラー
とある廃村の廃墟検証の映像配信者の映像から始まる恐怖のお話です。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

最終死発電車

真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。 直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。 外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。 生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。 「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!

リモート刑事 笹本翔

雨垂 一滴
ミステリー
 『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。  主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。  それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。  物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。  翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?  翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!

宮廷の九訳士と後宮の生華

狭間夕
キャラ文芸
宮廷の通訳士である英明(インミン)は、文字を扱う仕事をしていることから「暗号の解読」を頼まれることもある。ある日、後宮入りした若い妃に充てられてた手紙が謎の文字で書かれていたことから、これは恋文ではないかと噂になった。真相は単純で、兄が妹に充てただけの悪意のない内容だったが、これをきっかけに静月(ジンユェ)という若い妃のことを知る。通訳士と、後宮の妃。立場は違えど、後宮に生きる華として、二人は陰謀の渦に巻き込まれることになって――

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...