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第7段階③

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「引っ込み思案って言うのか、あんまり外に出たり誰かと関わりたがらなくてね。たまに無理矢理連れ出しても気付いたらいなくなってて」

一度それで迷子になって、組員総出の大捜索が行われたらしい。以降は連れ出すのは控えて、代わりに自身が通っていた厳しめの空手の道場に引きずっていったとか。
ちょっと(だいぶ)当時の深田さんに同情する。

「とりあえず筋肉付ければ自信も付くかと思ったんだけどな」

新さんは自分の二の腕を注視する。スーツ越しにも伝わってくる存在感。筋肉のせいで若干身体のライン出てるもん。
……というか、新さんの筋肉に対する美意識はその頃からあったのか。

「あとはほら、あいつ顔はいいから書類だけオーディションに送ってみたりもしたな。面接の通知見せたら破られたけど」

破ったんだ。それ以前に書類選考通ったんだ……まあ深田さん顔もいいし。表情柔らかくして威圧感無くしたら相当いい線いくのでは。
私も深田さんが弟だったら書類送ってたかもしれない。

「あとは……いや、これが1番デカいかもな。俺が今の会社立ち上げて、荊棘野組の将来を全部慎に押し付けた。あいつ俺より頭良かったし、その頃には今みたいに堂々としてたから、周りも慎に任せる気でいた」

新さんはベットの柵に手を乗せた。

「俺自身は後悔してないんだけど、慎はどう思ったんだろうな。その2年後に親父が死んで、いきなり後継いだようなもんだから苦労はかけたし、恨んでるだろうね」
「……いや、恨んではいないと思いますよ」

思わずそんな言葉が口を突く。新さんは意外そうに目を見開いた。

「どうしてわかるの?」
「恨んでいたら経営の邪魔したりすると思いますよ」

深田さんは思い立ったら即行動するタイプの人だ。
ネットストーカーみたいな手口で私のアカウント特定してきたり、(止めたけど)絵師さんに逆カプを描いてと依頼しようとしたり、イベント限定本のために会場に来たり。

「ああ、確かにそうかもね。本気で気に入らなかったら立ち上げの段階で妨害してくるはずだ。慎にはそれができただろうし」

私には単に、当時の苦手意識が消えていないだけのような気がする。陽の者とどう接していいのかよくわからないまま、でも兄弟という元々近い位置にいる存在だから合わせるという手間はかけない。

「……と、まあ私の意見ですけど」

他人同士が関係を持ちたければ、片方が合わせるかお互い歩み寄るなりする。けどこのお二人は既に兄と弟という関係にあるから、そういうことをしない。

「関わる気がないっていうのは兄として少し寂しいけど、仕方ないか」

新さんがやれやれとため息をつく。その表情はちょっと深田さんに似ていた。

「でも、ヨカゼさんには興味があるみたいですよ」
「……じゃあ、そのうち会話できるかな」

病室に沈黙が訪れる。
心音を示す機械音だけが規則的に鼓膜を揺らしていた。

「……そういえば、燃やしてほしいものって何なんだろうね。」
「会場頒布限定のコピー本とかですかね?」
「それ、燃やすには惜しくない?」
「ですよね。でも、こんな時に頼んでくるほどですし……」
「それかめちゃくちゃ際どいやつ、先生の知らないところでこっそり買ってるんじゃないの?」

そういえば榎木さんが病室に入る前に鍵を渡してくれたんだけど、それが2本だったんだよね。金庫増設するって言ってたけど、本当に増やしたんだ。
際どいやつ、か。R指定される薄い本?イベントで買った本なら宝の山だよ。燃やすなんて勿体無い。

「深田さん、本当に燃やしちゃっていいんですか」

苦しそうに目を閉じている深田さんに声をかけてみるけど、やっぱり反応はない。

「……そろそろ1時間か。これはもう少しかかるかもね」

新さんの声に僅かに諦めが混じる。
しばらくして、榎木さんが病室に戻ってきた。なんでもさらに上の団体のお偉いさんが見舞いに来るそうなので、一旦病室を出てほしいと。

「仕方ない。ああ、先生は俺が送るから、榎木さんはそのお偉方の相手よろしく」

そう言って新さんは私の手を取った。半ば引っ張られるようにして病室を出ようとした直前、背後から声がかかる。

「新さん、組長に万一のことがあれば……」
「悪いけどそれは無理だ。俺じゃ慎の代わりは務まらない」

新さんの口調は固い。つられて私の身も強張った。

「俺にできるのは弟が死なないよう祈ることだけだ。見舞いなら、時間を見つけてまた来る」
「新さんはこの後もいていただいて構わないんですよ」
「俺は先生を送り届ける義務があるんだ。オッさんのお守りをしてる場合じゃない」

そう言って新さんは私の服を引っ張った。
何か言いたそうにこちらを見ている榎木さんの姿が遠くなる。

「あの、よかったんですか?」

新さんは組を出ているとはいえ、先代組長の息子で現組長の兄だから、少なからず影響力があるんだろう。

「今は先生を送り届ける方が重要だ。慎に頼まれてるんだろ?」

その言葉に、私はポケットにしまった金庫の鍵を握り締める。

「燃やすかどうかはさておき、回収はしておいた方がいいよ。万が一このまま目を覚さなかったら回収が難しくなる……というか、こじ開けられる可能性がある」
「急ぎましょう」

前にちらっと中身見せてもらったけど、あれを知人に見られるのは自分でもちょっと居た堪れない。しかも金庫を2箱に増やしたということはさらにグレードアップしているんだろう。
……あれ?そんな量を一度に怪しまれずに回収できるのか?
新さんも同じことを思ったらしい。

「……とりあえず、状態だけ確認しようか」
「はい」
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