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第4段階

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うーん、あんな別れ方しちゃったからかまだちょっとモヤモヤしてる。
深田さんのアカウントは見られるからブロックはされてなさそうだけど、動きがないのが不安だ。前まではたまーに他の絵師さんや私の投稿に「いいね」が押されたりしてたから。
まあ逆カプ地雷問題は誰もが一度は通る道。これを乗り越えるか防衛していかないとこの世界ではやっていけない。
それに、これでもし深田さんの目が覚めたんだとしたら、まあ悪いことではない、はず。ちょっと寂しいけど。
というわけで気を取り直して明日のイベント準備しないと。
メインの新刊はもう会場で受け取るだけ。あとは設営にあたっての準備だけど、ちょっと忘れていたものが……
目の前にある段ボールの箱。
作業の塊だ。
当日ブースに来てくれた人に渡すコピー本に仕上げなくてはならない紙の束。
私が所属しているサークル「にゃの輪」には、社会人の方が多い。
作業自体は分担して行っていて、大体公平になるようにしてるんだけど、今回に限っては大学生で時間もあるからと安請負してしまったのだ。
まさか今日のバイトの子が風邪をひいてしまい、急遽バイトを入れられるとも知らず。
さらに言い訳をすると、本当はこの段ボール自体印刷所から私の家に届く際にうっかり不在にして、こうして手元に届いたのは今日の午前中。
これを今から折り曲げて表紙と合わせて冊子にしていくのだけど……時間、足りるかな?
明日は朝から移動や設営に追われる。ブースはそんな広くないから作業はできないし、来てくれた人の対応とか他のサークル回ったりしたい。

「終わる……とは思うけど、寝る時間あるかな……」

ののかに助けを求めるのも一瞬考えたけど、あの子今日は彼氏とデートとか言ってた。リア充を召喚するのはまずい。
私はとりあえず気合を入れるために両手で頬を叩いた。うん、我ながらいい音がした。
とにかくやるしかない。
段ボールを開けて中身を表紙と中身に分けていく。
まずはこれらを丁寧に半分に折っていく作業。
ずれないように定規で微調整しつつ、一枚一枚折って、順番を確認して表紙で綴じ込む。
とりあえず試しに1冊完成。無料配布だからそこまで綺麗にやらなくてもいいよと言われてはいるけど、せっかくなら上手くできたのを貰ってほしい。
いや、それなら早く作業始めとけよって話なんですが。
1冊作るのに5分かかるとしたらこのコピー本40部は……3時間くらい。1時間でも仮眠できればいい方だな。
まあ終わりは見える。2冊目に取り掛かろう……と表紙を折り曲げていた時だった。スマホの通知音が鳴る。イベントが明日に迫ってるから、その連絡かなと思って内容を確認すると……ん?

『画家スト本編について先生の意見を伺いたい』

おっと、深田さんの目はまだ覚めていないらしい。ってか本編って、月刊誌定期購読まで始めたんですか深田さん。私単行本派なんですけど。
しかし……この時の私は人手に飢えていた。

『今作業中でして、手伝っていただけるならお伺いします』

今回のイベ本、画家ストじゃなくて滅鬼の槍のアンソロだから手伝っていただくのに若干の申し訳なさがあるけど、それより人出がほしい。
指先では作業を進めつつ、深田さんの返信を待つ。
しかし3冊ほど作成が終わっても連絡はなかった。
まあいきなりこんな時間に作業手伝ってと依頼するのはどうかと思ってる。ヤクザの組長相手に。
お手伝いという見返りを求めちゃったから、呆れられたかな……と思いながら4冊目の作業に入ろうとした時だった。
インターホンが鳴って、誰かが訪ねてきた。
私は慌てて玄関に向かって、扉を開ける。

「深田さん、よかったぁ……」
「こっちもいきなりだったのは悪かったが、なんだ手伝いって」
「大丈夫です紙を折ったりパチパチするだけです」

ちょっと困った顔の深田さんを部屋に押し込んで、作業中の机の前に座っていただく。

「実演しますね。簡単ですよ。紙を2つに折って、順番を確認して並べて、表紙でパチンです!これがあと30冊くらいあります」
「……これを俺にやれと?」
「はい!」

間に合わせるためならなりふり構っていられません。さあ、楽しく作業しましょう!
本当はアニメのOPとかを流しながら作業したいところだけど、つい歌ったり脳内でOP流して手が止まる場合があるので今日はやめておこう。

「お話なら作業中でもできますから!」

作業が進んで深田さんの話も聞ける。素晴らしいアイデアだと思うのですが。
深田さんは呆れた顔で私を見つつ、ため息をついて机の上の表紙の折り曲げ作業を開始した。

「ありがとうございます!」
「いつまでにやるんだ?」
「明日のイベントに持って行くので、今夜中です。深田さんが来てくださって助かりました……!」
「もっと早く言ってくれ。時間あったら早いうちから手伝ったぞ」
「そうなんですか……?てっきりゴホとゴーの上下でダメージを受けていたものだと」
「俺をなんだと思ってるんだ」
「左右固定過激派ですかね」
「……なんだその呪文みたいな派閥」

そんなお話をしながら作業は進む進む。何より深田さんが器用。半分に折るとき全然ズレてないのに早い。
途中から深田さんが折り曲げた紙を私がページ確認して表紙で綴じていくという流れに落ち着いた。
作業が完了して時計を見ると、夜中の2時。想定よりは早かったけど、それでも遅い時間であることに変わりはない。

「なぁ先生。今作ったこれは何なんだ?」
「ああ、それはコピー本って言って、イベントで売ったり、この本の場合はうちのサークルの過去絵集なので、欲しい人に渡すんです」
「無料で?」
「うちは無料です」

そう言うと、深田さんは完成した中から一冊取り出してパラパラと捲り始める。

「これが?」
「前に出した本の扉絵のまとめで、既にある絵を印刷してこうして本にするだけですから。サークルによっては200円とかもあるみたいですけど、ウチのはページ数も多くないので」

深田さんは興味津々といった様子でコピー本を読んでいる。

「よければお礼に差し上げますよ。1冊くらい失敗する想定はしてますから」
「……本当にいいのか?先生だけじゃなく林檎先生になべしき先生、show先生の絵も入ってるだろ」

いつの間にか私のサークルの方々の作品も漁っていたらしい。逆カプの件で目を覚ますどころか、ますますヒートアップしてる気がする。

「とりあえずそれは受け取ってください。大抵何部か余るので。あと来ていただいて申し訳ないんですけど、もう一件作業が」
「なんだ?」
「メッセージカードです。新刊を買ってくださった人に渡すんです」

新刊を買った人に気になる先生を聞いてそのカードを渡す。これはうちのサークルはなぜか手書きが推奨されている。名刺みたいな物だから、作るのはわりと面白い。
でもこれ、直筆でメッセージを書く仕様になっていても、文章より大抵ミニキャラとか描いた方が喜ばれるので、私のそうしている。
そのメッセージカードが半分ほど残っていた。

「……早くやれよ」
「ごもっともです」

私は棚から描きかけのカードたちを取り出す。
描くのは作品に登場するミニキャラ。私がサクサクかけるキャラはこれが限界。
机に向かれカリカリと作業を始める私と、作業がなくなって手持ち無沙汰っぽい深田さん。
とりあえずコピー本の箱詰めをお願いしたけど、すぐに終わらせてしまった……ので。
私は深田さんにスケッチブックと鉛筆、画家ストの2巻を渡した。

「暇潰しにお絵描きでもいかがですか?それか本棚の本、お好きなの読んでてください」
「ああ、それなら少しやってみるか……」

深田さんはスケッチブックを広げて鉛筆を持った。
そしてしばらく私の部屋の中では文房具が紙に線を刻むカリカリという音だけが響く。
やがて……

「終わった」
「飽きた」

とりあえず私の方は無事、メッセージカードへの記入が完了した。そして深田さんの方は……ええと?これは……ゾウ?この乾涸びた魚みたいなの、何?

「深田さん、これは画家スト2巻の表紙を現代アートか何かに昇華させたんですか?」

たぶん表紙の模写をされたと思うんだけど、これは……一周回って近代芸術とかとして飾られてそう。

「このゾウは……」
「狐型の異能生命体だろ」
「このお魚?みたいなのは……」
「倒れてるゴーキン」

あ、これ以上深入りしないでおこう。
他にも気になるよ?枠のつもりなのかなぜか葡萄のお化けみたいなのが四隅にあったり、なんの表現なのか、渦巻きが至る所に配置されてたり。深掘りはしないけど。

「なかなかいい感じだろ」
「は、はい……!」

え……自身ありげですが……もしや深田さん、画家スト2巻の表紙がこういう風に見えてる……のか?
うん、突っ込むのはやめておこう。誰も幸せにならない。

「おかげでイベントには間に合いそうです。あとは持っていく荷物をまとめるだけですから」
「そうか。それなら……って、俺がわざわざここに来た理由は?」

そうだった。手伝ってもらって解決!だと勝手に思ってた。

「でもすみません、私は単行本派なので、本誌の方は追えていないんですよ」
「そうなのか?じゃあ3話くらい先生は遅れてるのか?」
「そうです。続きは気になってるんですけど、定期購読は厳しくて」

最終的に単行本は買うから続きは読めるんだけど、深田さんみたいに本誌を追ってる人との情報格差が生まれている。
むしろ本誌まで追いかけるのがファンなのかもしれない……が、それが難しい単行本派ファンはひたすらネタバレを回避しながら生きるのみだ。

「……読むか?」
「いや、でも間飛んでますし」
これタブレットで読んでるから過去のもあるぞ」
「神ですか!?」

え、読んでいいの?私先取りしちゃっていいの?

「どうせ単行本は買うんだろ?それなら変わらねぇよ。それより今は最新話の展開について先生と話がしたい」

そう言って深田さんはご自身のタブレットを貸してくれた。本棚の画面に掲載誌がずらっと並んでいる。結構買ってるな。それに他の本棚には原リバ全巻とか画家ストとかまで揃ってる。

「うぉぉ……この先の展開気になってたんですよ……!」

まさか読めるとは思っておらず、私は夢中で読んだ。それはそれは熱心に何度もページ戻って心情を確認したりしながら、作品を堪能した。
そしてその後は、今回も活躍していたゴホとゴーキンについて、深田さん的視点による論争、他キャラの組み合わせについて……などなどを楽しくお話してしまった。
気付けば外は明るく、お風呂にも入れていないから会場に向かう準備も色々山積み。

「ああああ!」

私はまだ話し足りなそうにしている深田さんを追い出して、慌てて準備に取り掛かる。
結局、徹夜した。
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