お客様はヤのつくご職業

古亜

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3章

38.ヤクザさんのお母様4

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昌治さんのご両親の事情には突っ込まないでおいた方がいいかなと思って私はとりあえず頷きつつ昌治さんの方を見る。ちょっと申し訳なさそうな顔をされたあと、すっと目を逸らされる。
あの、その反応されるとむしろ恥ずかしいのですが。

「昌治が照れるなんていつ以来かしら。楓ちゃんがウチの組にきてくれてから楽しいわねぇ」

まるで私が岩峰組に所属してるみたいですけど、違いますからね。所属まではしてませんからね?

「律、楓さんが困っているだろう」

ここでずっと静かだった昌治さんのお父様、組長さんが口を開いた。そして昌治さんのお母様の下の名前、律さんだったんですね。

「だって、楓ちゃんとはずっとこうやってゆっくりお話ししたかったのよ。この前はつい見に行っちゃったけど、万引きのせいでそれどころじゃありませんでしたし」

つい見に行くって、私は珍しい生き物とかじゃないですよ?

「聞いてるわよ。あなた、一条とウチの組がやりあったとき、あの条野春斗相手に自分の首にナイフ突き立てて脅したんですって?それ聞いて私、年甲斐もなくゾクゾクしたわぁ。自分の価値がわかってて、それを差し出そうとするなんて、普通はできるものじゃないでしょう」
「お袋、その話は……」
「あら、ごめんなさいね。でも楓ちゃんはそこまで気にしてないようだけど?」

昌治さんのお母様は私の顔を伺いながらくすりと笑う。
どうやら昌治さんは私があの時の話を聞きたくないと思っているみたいだ。まあ確かにそこまで好んで聞きたくはないし思い出したくないけど、終わったことだからか不思議と嫌だとかは思わなかった。

「私は大丈夫ですから」
「そうか」

それでも昌治さんは心配そうに私を見る。安心させようとその目を見返すけど……

「ごほん」

なんだか微妙な雰囲気になってしまったなぁなんて思っていたら、昌治さんのお母様がわざとらしく咳をして、にっこりと微笑んだ。

「まあとにかく、楓ちゃんのことを認めないとか、そんなことは言わないから安心していいわ。昌治がそんなに気に入った子なら、まあ歳も歳だからよっぽどじゃない限りは認めるつもりだったの。私だって早く孫の顔が見たいし」
「ま、孫……」
「そう、孫」

語尾にハートマークでも付いていそうな口調でお母様は言った。それはそれは、今日一番の笑顔だった。

「もちろん絶対とは言わないわ。その辺りまで強要したくないもの」

そうは言われても、と思いつつ昌治さんを見上げる。

「お袋の言うことはあんまり気にするな……用事は済んだんだろ?帰るぞ、楓」
「はい」

昌治さんが手を差し出してくれたので、私はその手を取って立ち上がろうとした。でも……逆の手をお母様に掴まれて、それは叶わなかった。

「あの……」
「昌治は帰っていいわよ。ごめんなさいね、楓ちゃん。孫のことは一旦忘れてくれていいから」

結構がっちりと掴まれて、やんわりと振り解こうにも無理そうだった。

「そろそろ帰りたいんだが」
「だから昌治は帰っていいわよ。楓ちゃんとはまだ色々とお話したいの」
「十分だろ」
「何を言ってるの?自分の娘と喋り足りないなんてことはないわよ」

昌治さんのお母様はもはや私の腕をぐいぐいと引いてくる。負けじと昌治さんも引いてくるので、私の頭の中でなぜか「おおきなかぶ」のシーンが浮かんだ。

「気が早い」
「いいじゃない。ずっとこういう子が欲しかったのよ。変にギラギラしてない大人しい子が!まさか息子が連れて来てくれるとは思わなかったわ。そういう意味では好みが似てるのかしらね」

とても楽しそうにお母様は言う。とりあえず、気に入られたことを喜んでおこうかな。

「というわけで、楓ちゃんはもう私の娘ってことでいいわよね。私、娘ができたら服を仕立ててあげたかったのよ。浴衣は昌治が持ってくだけ持っていって、写真見せてくれるって約束だったじゃない」
「……忘れてた」
「まあ私の見立てがよかったのよね。絶対似合うって思ったもの!」

え、あの浴衣、昌治さんじゃなくてお母様セレクトだったの……?気付かないうちにお世話になってた……?

「そうよ。3枚とも楓ちゃんのものだから、安心して使ってね。必要だったら言うのよ」
「別に欲しいのがあるんだったら俺が買ってやるから問題ない」
「昌治ばっかりずるいわ。私だって娘を甘やかしたっていいじゃない」

そう言ってお母様はパンと手を叩く。
すると突然周りの襖が開いて、なんだか怖い顔の方々が姿を現した。
こんなに存在感のある方々なのに、これまで全く気配とか感じなかった。昌治さんが頭を抱えている。

「……親父、止めてくれよ」
「こうなったら無理だ。一昨日あたりからうるさくてな。親孝行だと思え」
「ちゃんと今日中にはそっちに送り届けるわ。楓ちゃんは明日もバイトでしょう?」

なんで私のシフトご存知なんですか。
あ、でも前に私のバイトしてるコンビニに、ちゃんと私のいる時間帯にいらしてたなぁ。今更か。

「ああ、それよりもウチに泊まっていくほうがゆっくりできるかしら?遠慮はいらないわ。我が家だと思ってくれたっていいのよ」

とてもうきうきとしているのが伝わってくる。でも、周りの怖い方々が怖いのですが。そっちが気になって仕方ないのですが!
昌治さんはわかりやすくため息をついている。
結局、私はお母様の押しに負けて、あれやこれやと着せ替え人形よろしく取っ替え引っ替え着物を着せられ、途中なぜか宮廷ドラマみたいな服を着せられたり、ドレス的なものまで着た。
私は今日だけで、何生分の晴れ着を着たのだろうか。というか昌治さんのお母様、どんだけ服持ってるんだろうか。
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